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2011年6月26日 (日)

映画って楽しいが、同時に難しい

 映画は子供のころから好きだった。勧善懲悪の類いの時代劇やアクションものは筋も単純でわかりやすく楽しい。けれども、抽象的な映像表現だと、お手上げ。こちらの理解力のなさがもろに響き、不満足感が残る。年をとり、感覚が鈍ってきているため、鑑賞力が着実に落ちているせいでもある。できれば、そのまま座って、気になったところだけ、もう一回見たいと思っても、映画館は一回ごとに総入れ替えする。

 老人の愚痴めいてきたが、最近、試写会で見た「ツリー・オブ・ライフ」は、宇宙や生命を想像させるような抽象的な映像が長く、「2001年宇宙の旅」を連想した。「2001年宇宙の旅」は何回も見たが、それでも、わかったようなわからないような気持ちになったままだ。「ツリー・オブ・ライフ」は、家族の物語としてみれば、さほど驚くようなものではない。それなのに、カンヌ国際映画祭のパルムドール[最高賞]を受賞したというのは、抽象的な映像の部分が評価されたということか。感性の鈍い私としては、今後繰り返し鑑賞してみないと、作品のすばらしさがわからないということだろうか。

 日韓合作ドキュメンタリー映画「海峡をつなぐ光~玉虫と少女と日韓歴史ロマン~」を見た。3年前だったか、同じ監督によるドキュメンタリー映画「蘇る玉虫厨子」を見て、日本の職人の技に感動した。そして、復刻された玉虫厨子と、現代の職人技を込めた平成の玉虫厨子とを上野の国立科学博物館で見ることができた。今回の映画は、韓国にも、やはり千数百年前に作られた玉虫馬具を近年復刻した職人がいたこと、そして、玉虫で明らかになった日韓のつながりを文化交流の促進に役立てたいという趣旨の作品だ。

 藤枝市に住む方が玉虫を飼育していて、韓国の玉虫馬具の復刻のために玉虫を寄贈した話が印象に残った。前作「蘇る玉虫厨子」のように、韓国の職人技をもっと突っ込んでいけば、映画に深みが出てきたのではないかとも思う。

 ちょっと前に見た「100000年後の安全」は福島原発の危機で、にわかに注目を浴びた映画である。フィンランドのオルキルオト島の地下約500メートルのところに、核廃棄物の貯蔵施設が建設中。その現場を映すとともに、10万年のちまで、未来の人々がそこに近づいて放射能を浴びることがないようにするにはどうしたらよいか、を問う。

 人類が文明を生んでから数千年にしかならない。10万年という途方もなく遠い将来の人類まで拘束するような核廃棄物を生む現代の核利用をどう考えたらいいのか。核廃棄物の処理などは科学技術の進歩でいずれ解決する、との意見もあるが、いまでも福島県では放射能汚染で、住むところから遠くに離れなければならない悲劇が起きている。総論ではすまされない事態もある。

 この映画も、一回見ただけでわかったとは思えなかった。単調なカメラワークのためか、観客としては集中力が途切れることもあった。

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