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2011年7月31日 (日)

信念なき政治家、菅首相

 政府は29日、復興基本方針を発表した。10年間の復旧・復興対策の規模は国・地方合わせて少なくとも23兆円程度、最初の5年間の「集中復興期間」に実施が見込まれる事業は少なくとも19兆円程度という。原発事故による損害賠償などは含めないで、これだけの費用がかかると見込んでいるのである。

 これらの金額を日本の人口で割ると、国民1人あたり10年間で少なくとも19万円弱、最初の5年間で少なくとも15万円弱になる。生まれたばかりの赤ちゃんから寝たきりの高齢者までの全ての人がそれだけのおカネを負担しなければならない計算だ。「少なくとも」というのは最低限それだけかかるという意味だから、実際、復旧・復興のツケがどこまで膨らむかは想像もつかない。

 では、実際に、そのカネをどこから調達するのか。復興基本方針には具体的な記述は一切ない。日本経済新聞の30日付け朝刊によれば、「次の世代に負担を先送りすることなく、今を生きる世代全体で連帯し、負担を分かち合うことを基本とする」という。5年間の「集中復興期間」の財源は、歳出削減、国有財産売却、特別会計などや時限的な税制措置により13兆円程度を確保するとしているが、「税制措置は基幹税などを多角的に検討する」とあるだけ。増税という言葉を避けている。また、つなぎ的な復興債に関しても、償還期間は今後検討するというにとどまっている。

 そして8月以降に税制調査会において税目、年度ごとの規模を組み合わせた税制措置の選択肢をつくって復興対策本部に報告したうえで、「政府・与党において改めて検討し、同本部で決定する」としている。それに、「与野党間の協議をよびかけ、合意をめざす」というのだから、復旧・復興に関する財源の確保策が決まるのは、一体、いつのことかと言いたくなる。

 すでに繰り返し報道されたように、政府は復興基本方針に10兆円の増税を明記しようとしていた。だが、民主党内の増税反対論が非常に強いため、29日に決定された復興基本方針は10兆円の増税を明記しなかった。したがって、民主党が政権を握っているうちは増税は党内の反対が強くて、まず行なわれない可能性が大きい。

 3.11からまもなく5ヵ月になる。復旧・復興を推し進めるためには、国・地方が一体となって具体策を取りまとめるとともに、その実現を裏付ける財源を確保することが不可欠であるが、それらがいまもって中途半端である。復旧・復興を政策課題の第一に挙げる菅総理大臣なら、民主党内の異論を排して、威風堂々「我ゆかん」と10兆円の増税を国民に訴えて当然だろう。それが信念のある政治家のすることである。

 菅首相は自らの進退に関して、辞めると言った覚えはない、と言って居座っている。それと同じで、復興基本方針には「10兆円増税」と明記されていないのだから、民主党内の増税反対派は勢いを増すに違いない。それでは、財政健全化と両立する復旧・復興対策は実現できないだろう。信念のないままに、首相の座にしがみついている菅氏のもとでは、震災からの復旧・復興すら難しいのではないかと憂う。 

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2011年7月28日 (木)

三洋電機と中国家電最大手ハイアール

 2005年8月、中国山東省を旅行した。青島を振り出しに、主要な都市や観光地を見て回ったが、そのとき、青島にある家電最大手ハイアールの本社・工場に立ち寄った。本社にある展示館を同社の案内で見て回るとともに、高いところから敷地にある工場群を見ただけだが、いまだに強く印象に残っていることがある。

 1つは、工場の建物群がとほうもなく大きいことだった。日本で随分、家電の工場を見てきたが、あれほど工場の建物がたくさん集まっているのは見たことがない。生産量がケタはずれに多いだろうと容易に想像できた。

 2つには、展示された製品を見たとき、「この品質で、日本より安いのなら、日本のメーカーは負けるだろうな」と思った。洗濯機など白物家電を得意とし、中国ナンバーワンのハイアール社は、すでにその当時、世界の各地に製品を輸出していて、日の出の勢いがうかがえた。技術的には、洗濯機では三洋電機のほうがまだ上だったが‥‥。

 3つには、街中に「ハイアール通り」があったこと。人通りの多い繁華街のストリートを対象に、青島市は企業からお金をとって企業のブランド名をつけていたのである。市場経済の日本の自治体以上に、柔軟な発想をする自治体が中国にはあると驚いた。

 パナソニックは完全子会社である三洋電機の洗濯機・冷蔵庫部門を、このハイアールに売却することになった。日本の企業が米国の家電やエレクトロニクスなどのメーカーに追いつき追い越した歴史を、今度は中国の企業が日本企業を相手に繰り返している。

 思い出すのは、高度成長期の三洋電機に関する取材の断片である。1968年に家電分野を担当し、井植歳男社長に初めて会い、次の井植薫社長にもちょくちょく会った。あのころが同社の絶頂期だった。井植薫社長は「管理職は24時間、会社のことを考えよ」と号令をかけていた。

 だが、当時も、その後も、三洋電機は家電の分野では二流にとどまった。だから、会社の浮き沈みに関わる面で、幹部や役員の苦労も多かった。同族経営の色彩が強く、苦い思いで会社を去った人も少なくない。

 そうはいえ、新エネルギー関連での三洋電機の力は強い。パナソニックが三洋を子会社にしたというのも、その実力に惚れたからに相違ない。創業者の井植歳男氏が考えもしなかった事業分野において、三洋電機の命は行き永らえるわけである。

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2011年7月24日 (日)

復旧・復興といえども財政再建と両にらみで

 政府が7月22日に発表した「2011年度の年次経済財政報告」は、「震災復興の財政対応は中期的な健全化と整合的に」を求めている。「財政健全化は喫緊の課題で、震災の復旧・復興対応と中期的な健全化のフレームは両立させる必要がある」とも言っている。

 その記事が載った7月22日の日本経済新聞夕刊1面のトップは、EUのユーロ圏17ヵ国首脳会議で、財政危機に陥ったギリシャに第2次金融支援として総額1600億ユーロ(18兆円)程度を供与することで合意したという記事である。といっても、それでユーロが抱える本質的な問題点の解決になるわけではない。アイルランド、ポルトガル、イタリアなども借金財政のつけがユーロを揺さぶるものとみられる。

 また、米国では、連邦政府の債務上限引き上げをめぐる民主党と共和党の協議が難航して、オバマ政権はデフォルト(債務不履行)や国債の格付け引き下げ懸念に直面している。

 このように、自由主義経済圏の主要メンバーである米・EU・日本の3者いずれもが、形は違えども、国家の借金累積がもたらす危機にあえいでいる。個人がローンで消費の先食いをしているのと似たように、国家もまた経済の安定や社会保障の充実などの歳出を優先し、国債などの公的債務を積み上げてきた。世界はリーマンショックが発端となった世界経済危機の真っただ中にある。

 そうした厳しい認識を民主党政権は持っているのだろうか。日本政府が21日にまとめた大震災の復興基本方針骨子は事業規模を10年間で23兆円とした。当初の5年間を集中復興期間とし、全体の8割に相当する19兆円を投入するという。政府が23兆円を打ち出したのは阪神淡路大震災(11.6兆円)の約2倍という大ざっぱな計算による。しかし、先頃、このブログで原田泰氏の意見を紹介したように、阪神淡路大震災は公費の投入が多過ぎた。無駄遣いが多かった。

 そうした指摘を無視して、大盤振る舞いをするのは許されることではない。復旧・復興のいずれも、将来の望ましい姿からみて、どうするか、を考え、実行することが求められる。

 「東洋経済」7月23日号で、里見進東北大学病院長は東日本大震災の経験から、次のような提言をしている。第1に、ITによる遠隔診療システムを導入すること。第2に、沿岸部の診療所には医師を常駐させること。そのために、医師の巡回型派遣システムをつくり、半年程度ごとに交代する。第3に、被災した病院の病床の多くは慢性期の患者が占めていたのを踏まえ、復興は主として介護施設や老人保健施設をつくること。そのほうが地域のニーズに合う。医療等の集約化を進めると、救急搬送が課題になる。これは、交通網整備による搬送スピードの上昇に期待する、と。

 さまざまな分野で、このように、歳出のムダを抑え、かつ未来を見据えた復興構想が提示され、現実化することを切に望む。

 財政危機が深刻化しているので、政府・民主党は復旧・復興費用および社会保障費用を増税で賄うしかない。にもかかわらず、具体的な増税プランをはっきりと国民に伝えるのに及び腰だ。また、エコノミスト(?)の多くは、増税の景気に及ぼすマイナス面を強調している。しかし、大震災の復興や社会保障の持続には増税が必要なことを、国民の多くが理解している。国民はバカではない。政治家は国民をバカ扱いしないで、苦い良薬である将来ビジョンを明示すべきだろう。

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2011年7月23日 (土)

地デジ移行でテレビの不法投棄が急増

 7月24日にテレビ放送はアナログ放送から地上波デジタル放送に完全に移行する(東北の被災3県を除く)。アナログ放送は停止されるから、地デジを視聴できないテレビは無用の長物になる。したがって、アナログ放送しか受信できないテレビは普通に考えれば、捨てるしかない。 

 家電リサイクル法により、テレビを廃棄するときは、リサイクル料金を払う決まりになっている。16型以上なら、リサイクル料2835円+収集運搬料525円かかる。15型以下だと1785円+525円である。 

 視聴者は、アナログ放送しか見られないテレビとはいえ、製品の寿命が尽きていないのに買い替えをよぎなくされる。何万円かの出費である。しかも廃棄のため、リサイクル料金をも負担する。テレビを買い替えずに、チューナーを買ってデジタル放送をアナログに変換して見るという視聴者もいる。いずれにせよ、視聴者の費用負担はかなりなものだ。そうした費用負担までして、視聴者の得るメリットは何なのだろうか。

 最近、テレビの不法投棄が各地で急増しているという。誰が捨てたのか不明だが、地デジ移行による一方的な費用負担を不満に思う視聴者が捨てた可能性がかなりあるのではないか。不法投棄は環境を破壊し、自治体は後始末にカネがかかる。他方、テレビのメーカーや販売店は政府による地デジ化でテレビ販売が増え、一方的にもうけた。これを、景気を押し上げるので結構結構と言うのも釈然としない。 

 アナログ放送からデジタル放送に切り替えることによって、電波の空きができる。それをほかに有効活用しようというのが政府の考えであり、全体的にみれば、その方向は正しい。だが、その費用を誰が負担し、そして誰が受益するのかなどについて、政府は予め考えたとは思えない。空いた電波を入札にかけ、その結果、得る収入を視聴者の買い替え・リサイクルに振り向けるというのが関係者の利益の均衡にふさわしかったように思う。 

 政府の強引なやりくちに唯々諾々と従う国民にも、もちろん問題がある。政治のひどさにはあきれるが、国民が監視したり、注文をつけたりしないと、とんでもないことになる。今回もだ。

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2011年7月20日 (水)

東京穀物取引所の心変わり

 コメの先物取り引きが8月8日に始まる。農林水産省から試験上場の認可を得たためである。それに伴い、東京穀物商品取引所はすでに決まっていた東京工業品取引所への農産物市場の移管を取り止めることとし、19日に両取引所がその旨を発表した。 

 東穀取は農林水産省関連の商品先物取引を行なってきたが、取引の縮小で経営が悪化する一方。そこで経済産業省関連の商品先物取引を担っている東工取に“救済合併”されることになっていた。ところが、永年、東京穀取の願望だったコメの先物取引が試験上場(2年)の形で認可されたので、東穀取は単独で農産物市場を運営することにし、“救済合併”の話を白紙撤回するよう東工取に申し入れたというわけだ。

 東工取の江崎格社長が19日の記者会見で「非常に遺憾」と表明していたように、東穀取の態度急変には違和感がある。

 コメの上場は、東穀取が繰り返し農水省に要請してきたが、同省は現物の取引に悪影響を及ぼすという観点で認めなかった。それが、いまごろになって認めたという根拠は何なのか、はっきりしない。

 商品先物取引の世界は、日本では農林水産省と経済産業省とが共同で所管してきた。法律は1つだが、実際は2つに分かれていて、農産物の商品は東穀取が扱い、農水省が東穀取を所管してきた。同様に、鉱物の商品は東工取が扱い、経産省が東工取を所管してきた。理事長などの主要ポストは両省の天下りで占めてきた。いまもだ。 

 全くの想像だが、農水省は東穀取が東工取に事実上、吸収合併されると、天下りポストを失うから、東穀取の生き残り策として、コメの試験上場を認可したのではないか。そうとしか思えないのである。もっとも、コメ上場で東穀取が生き残れるのか、どうか。官の発想から完全に自由でないと難しいだろう。

 商品先物取引の世界は、世界各地の商品先物取引所との激しい競争の中にある。そういう現実を踏まえて競争力を強化しないと、アジアの中でも劣後してしまう。金融・証券の分野も全く同じ問題を抱えているのだが。

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2011年7月15日 (金)

復興費用はなぜ巨額?

 原田泰氏の時事経済分析はデータに即していて、しばしば目からうろこが落ちるような思いがする。最近、読んだ『中央公論』8月号の「震災復興も人口減少も「効率化」で解決せよ」と題する論文は、復興費用はなぜ巨額なのか、を追究し、とても勉強になった。

 原発関係を除いた東日本大震災の被害額は、同論文によると、公的部門が3.2兆円、民間が2.5兆円だという。公的部門は財政で元通りにするのが当たり前だが、民間部門を全部、財政で面倒みる必要はない。仮に5分の3を財政が負担するとしたら、3.2兆円+1.5兆円で計4.7兆円となる。それだけのカネを公費で出せば復興できるのではないかという。ただし、原田氏は珍しく(?)謙虚に、「この試算が間違っているかもしれない」として、2倍の9.4兆円にしたら足りるだろうと書いている。

 ところで、復興予算の総額は20兆円程度になるといわれている。原田氏の分析からすると、明らかに多過ぎる。これは興味深い問題提起ではないか。

 同論文によれば、この約20兆円を被災者約50万人で割ると、1人あたり約4千万円になる。ところで、東北3県の物的資産は57兆円で、人口が571万人だから、1人あたり1千万円の物的資産しかない計算になる。平均1人1千万円しか持っていなかった物的資産が失われたからといって、公的な資金4千万円をつぎ込んで復興するというのは「何かおかしいのではないだろうか」と原田氏は疑問を呈する。

 実は阪神淡路大震災のときも、被災者1人あたり約4千万円を国などの財政資金で負担したという。日本人1人あたりの物的資産はほぼ1千万円である。だから、阪神淡路大震災のときも、復興どころか、元の物的資産の何倍もの投資が行なわれたということがわかる。シャッター商店街、たくさんの空きビルなどが神戸などに多いのは、復興と称して、やたら箱モノなどに投資し、それがゴーストタウン化したのだという。

 同論文で、原田氏は日本の原発がここまで増えたのは、原発は多大な経費がかかるため、より人が群がること、要するに巨大な利権であるという視点を提示している。大震災の復興も同様に巨大な利権と化すから、東日本の場合も、損害の4倍にもあたる財政資金が注ぎ込まれるおそれがある。

 したがって、震災復興予算の本番ともいうべき第3次補正予算案の作成、審議にあたっては、政府も国会も、財政危機をも踏まえ、効率的な復興を目指すべきである。

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2011年7月14日 (木)

精神鑑定が必要な菅首相

 14日に菅総理大臣が行なった会見。日本経済新聞の報道(要旨)によると、「計画的、段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくてもきちんとやってゆける社会を実現していく。これが我が国が目指すべき方向だ」と冒頭発言の中で述べている。一国の首相がそういう政治目標を掲げるのはかまわない。しかし、「浜岡原発の停止要請やストレステストの導入は一貫した考え方に基づいて行なってきた」と語ったのには首をかしげた。首相個人の考えだけで各論にまで立ち入り、担当閣僚、閣内、与党内、地方自治体などに混乱と不信を巻き起こしたのを何ら反省していない。

 質疑のところで、首相は、脱原発について「国民生活や日本経済に大きな悪影響を及ぼさないために何をやるべきなのか、まずは計画を立てたい。いま具体的なことを言うのは早すぎる」と答えている。また、「エネルギー政策は社会のあり方そのものを決める極めて大きな政策だ」、「最終的には国民が選択すべき政策課題、政治課題だ」という言い方もしている。 

 ところが、停止中の原発は安全性を確認すれば再稼働するのかとの質問には「(政府の)統一見解に基づいた判断がなされて妥当であり大丈夫ということであれば、私を含めた4人で合意をし、再稼働を認めることは十分ありうる」と答えている。

 これもおかしな言い方である。首相、官房長官、経済産業相、原発事故担当相の4人が「合意する」というのは、1人でも反対すれば再稼働を認めないということか。しかも、認める、認めないの基準が何なのかはっきりしない。「統一見解に基づいた判断がなされて妥当であり大丈夫だという」のに、再稼働を認めないとしたら、それこそ恣意的であり、法治国家の閣僚らしからぬ振る舞いである。

 それに、「計画的、段階的に原発依存度を下げ」とか、「最終的には国民が選択すべき課題」と言っていながら、いまの菅内閣が実際にやっていることは、すべての国内原発を1年以内に停止させるというものである。

 どうみても、会見記事を読むと、菅首相の発言は支離滅裂である。これでは一国の首相の精神鑑定が必要である。

 総選挙の洗礼も受けておらず、世論調査で、極端に支持率が低下している菅内閣。これは、国民が権力主義者、菅首相の本性を知ってしまったからだろう。

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2011年7月 9日 (土)

“迷惑施設”化した原発

 5月31日のブログ「ドイツ以上に速い? 日本の脱原発」で、日本の原発は来年に全部停止するかもしれないと指摘した。どうやら、それが現実になりそうな情勢だ。

 3.11以前は、ごく一部の専門家が原発の危険性を指摘するだけで、菅総理大臣以下、国民のほとんどは原発に疑問や不安を抱くこともなかった。原発のある地元でも、不安を感じる人もいたが、地域経済や雇用に役立っている原発に正面切って反対を唱える声は極端に少なかった。

 だが、福島第一原発の事故を機に、全国のあらゆる原発が完全にNIMBY(not  in  my  backyard)、即ち迷惑施設と化してしまったようにみえる。廃棄物の処理・処分場は私たちの暮らしや経済が成り立っていくうえで欠かせないが、人々は自分の家の近くにつくられるのには絶対反対と言う。それと同じように、近所にある原発に、にわかに強い不安や危険を感じるようになった。NIMBYの出現である。 

 菅総理は突然、浜岡原発の停止を中部電力に呑ませたとき、他の原発の操業には問題がない、と言っていた。それなのに、最近、海江田経済産業相に対し、操業再開にはストレステストを優先するようにと指示した。国民の安全、安心を優先するという理由からである。

 しかし、安全、安心と言えばもっともらしいが、安心というのは心の持ちようで、客観的な物差しがない。一人でも安心できないといえば、安心は成立しない。それに、安全についても、絶対に安全、つまりリスク・ゼロということはありえない。リスクをどこまで最小化するか、できるかというのが科学技術(システム)の腕のみせどころである。また、それを国民に提示して、これでいきます、と説得し、納得してもらうのが政治のリーダーシップである。

 ドイツは古いタイプの原発から順次、10年ぐらいかけて廃止する。原発を一度に廃止すれば、電力供給に不安が生じる。そのため、原発に代わる再生可能エネルギーなど別の発電施設が整備されるまでの時間を考慮したからだ。

 日本でも、そういった段階的な縮小を図るのが望ましい。原発を1年経つか経たないうちにすべて停止するような極端なやりかたをとる場合には、その根拠をきちんと説明し、社会的・経済的な混乱を極力回避するための措置を合わせて明示すべきである。菅総理の意図が、原発にとって代わる新エネルギーの必要性を国民に実感させるため、などというものだとしたら、国民をもてあそぶ危険な発想である。

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2011年7月 7日 (木)

一民主党若手議員の視点

 最近の民主党は、これが政党かと疑うような惨状を呈しているが、知名度の乏しい若手の中になかなかすぐれた議員がいるのだなと思った。梅村聡参議院議員がJFN系列「ON  THE  WAY ジャーナル」で言論NPOの工藤泰志代表と対談した内容をNPOのホームページで読んだ印象だ。

 同議員の話を私なりに要約すると――

・政治家は自分で課題を見つけ、自分の力でまずぶつかる。そこで、行政の壁に穴を開けないといけないとか、法律を変えなければいけないとかが分かった時点で党に持っていく。そこで、政党がパワーを発揮する。政治家と政党とは対等だと思う。

・いまの新人議員は、自分が民主党株式会社の社員だと思っている。そして党内で何とか上に行こうという意識だ。菅さんの権力争いと、いまの党内のメンタリティとはそんなに変わりがない。

・現在、与党は全体として言えば暇。民主党株式会社の人事で大騒ぎしている。はっきり言うとそれだけだ。

・政治の世界は、一番どっぷり浸かってはいけない分野だが、例外なくそうなっている。自分はまず個人でやるのだという意識がないと、すぐに飲み込まれる。そうした政治家の覚悟を持たずに政治の世界に足を踏み入れてきている人が非常に多いのではないか。

・民主党には政権交代までは大きな目標があった。しかし、目標を達成したあとは発展途上にならないといけない。社会保障なのか、安全保障なのか、そうした軸をつくる作業が絶対に必要だが、過去2年間発展しないままできた。この2年間の政治の停滞は、民主党が政党としての体をなさなかったことに原因がある。

・いまの党幹部は私の親と似た年齢。彼らは運動の世代で、統治の概念が非常に薄い。政治とは全精力の8割ぐらいをルールづくりに使う。運動は残りの2割でいい。日本は税と社会保障の議論もそうだが、ルールづくりに全然、力を入れていない。最終的に誰がまとめるのかがない、統治機能がなくなっている。

・小選挙区制を導入したとき、それを支えるため、政党の人材育成機能が必要だった。政党助成金は人材育成に充てるべきだ。

・政治家は生き残ることしか考えていない。大きな政府か、小さな政府か、などの軸づくりは政治家ではなく、国民がやるべきことだ。

・国民の知る情報はほとんどマスコミを通じてだ。しかし、マスコミは政局を追うほうが楽。勉強しなくていいし、要人のあとを追いかけ、現象を記事にすればいいだけだから。そういう意味で、大手マスコミの劣化をすごく感じる。そうしたマスコミを通じてしか情報が手に入らない国民はもっと不幸だ。

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2011年7月 5日 (火)

松本復興相辞任、民主党政権の終わりへ

 政治家は言葉が命だ。松本龍復興担当相が3日に東日本被災地の知事らに会ったときの言葉はテレビ・新聞報道ですぐ国民に伝わった。相手を見下すぞんざいな言葉づかいから、日頃、どんなに威張っているかがわかった。そして被災者の苦悩への思いやりも謙虚さのかけらもなかった。いまどきの「‥‥させていただきます」ばかり連発する政治家と全く異なっているのはいいとして、閣僚としての適性には欠けていた。5日に辞任したのは当然である。

 どうして、よりによって、こんな人物を大臣に任命したのか。当然、菅総理大臣の責任が問われる。3.11からの復旧・復興は容易なことではない。被災地の経済を立て直すために、政府の責任者として、リーダーシップを発揮できるのは誰か、その重要なポストにふさわしい人物を見出し、任命できなかった総理大臣は、引責辞任に値するのではないか。

 3.11で打撃を受けたサプライチェーンがそのまま元通りになることはありえない。顧客がリスク分散のため、国内の他地域や海外にも供給源を求めるからだ。福島原発の事故による電力供給不安も、そうした傾向に拍車をかけよう。そうしたグローバル経済の動向や少子高齢化などを踏まえて、東日本被災地の再生を図るヴィジョンを持ち、それを現実化するのが復興相の役割であり、内閣の責務だろう。

 だが、いまの菅内閣および民主党は政局なるものにとらわれ、3.11以降、ずっと永田町内部で足を引っ張ったりしている。政治の責任をどこかに棚上げしたままだ。菅総理は復興相の後任に平野達男副大臣を充てることにしたが、民主党幹部への相談もしないで決めたようで、党幹部の不信を買った。総理に対する党幹部の怒りも徐々に臨界に近付いているようにみえる。野党の“反菅”も強まる一方だ。したがって、国会を延長したはいいが、復興対策を含め、猛暑の夏をむだに過ごすだけに終わりかねない気配だ。

 菅総理が地位にしがみつき、それを民主党が許容している事態は、政治の空白そのものである。国際的にも、日本の地位をおとしめている。しかも、何の打開策も国民には見えてこない。これほど政治が無能だった時はない。

 もう、日本の直面している主要課題を整理し、どう解決するか、を国民にきちんと提示して、よりすぐれた提案をする政党に政権をゆだねる時期に来ている。国民は解散・総選挙の実施を求めて、デモなど何らかの意思表示を始めようではないか。

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2011年7月 3日 (日)

読んでもよくわからない介護保険事業報告

 厚生労働省が6月末に「平成21年度介護保険事業状況報告(年報)」を発表した。報告書の概要に目を通したが、よくわからないことばかり、それに疑問が次々に出てきた。専門家しか読まないと思い込んでいるのか、専門家にわかればいいというつもりなのか。記述はそっけない。しかし、関わりがある高齢者の1人として、報告書や制度の仕組みについて知りたい。以下は発表資料や解説本などでわかったことである。

 一般に言う保険というのは、偶発的な事故に備えて、皆で予め一定の掛け金(保険料)を積み立て、事故が起きたとき、事故に遭った人に一定の金額(保険金)を払うという制度と理解する。ところが、介護保険では、個人の掛け金、つまり積み立ての合計は介護サービスという給付(保険金に相当する)の45%程度。国、都道府県、市町村が合計でやはり45%程度拠出している。

 掛け金(保険料)は、65歳以上の高齢者の多くが年金から天引きされ、市町村に納められる。40歳以上65歳未満は、会社負担(2分の1)と一緒に医療保険の保険料に上乗せして社会保険診療報酬支払基金に納付。そこから保険者である市町村ごとの介護保険勘定に交付される。

 そして、高齢者が介護サービスという給付を受ける事態になったとき、サービス料金の10%を個人が負担する。

 以上のように、一般に言う保険と違い、国・地方自治体が深く関わっているので、保険料と保険金との対応が判然としない。第1号保険者(65歳以上)と第2号保険者(40歳~64歳)とを合わせると約7000万人。そのうち、要介護(要支援)認定者は2009年度末で485万人。給付費6兆8800億円を認定者1人あたりにすると、約142万円となる。給付単価が小さい要支援1、要支援2合わせて認定者の26%だから、要介護(1~5)認定者だけだと、平均1人あたりの給付は年間200万円を相当超えるのではないか。認定者であっても、介護サービスを受けていない人もいるから、現実には、もう少し額が多いかもしれない。

 一方、利用者の10%自己負担の合計が多いとき、一定額以上は払わないでもいい仕組み(高額介護サービス費など)もある。高額介護サービス費の制度では、一般世帯の支払いは月に3.72万円までの負担である。

 介護保険法は、もっぱら給付のほうをズラズラ書いていて、保険料の話はやっと129条になってから。しかも保険料の収納額は1兆3800億円と、直接、市町村に納められた分だけを取り上げている。本来、保険制度を考えれば、サラリーマンが医療保険料に上乗せして納めたはずの介護保険料を合算すべきだが、そうしていない。

 介護保険特別会計経理状況(保険事業勘定・全国計)では、歳入として、保険料、国庫支出金、(社会保険診療報酬)支払基金交付金、都道府県支出金、繰入金などが主なものとしてある。歳出の主なものは保険給付費である。こうした決算書をいくら見ていても、介護保険の実態が明らかにならない。

 説明責任という言葉が一時はやったが、介護保険なるものの実態を厚生労働省はわかりやすく説明する努力を怠っている。

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