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2011年7月 9日 (土)

“迷惑施設”化した原発

 5月31日のブログ「ドイツ以上に速い? 日本の脱原発」で、日本の原発は来年に全部停止するかもしれないと指摘した。どうやら、それが現実になりそうな情勢だ。

 3.11以前は、ごく一部の専門家が原発の危険性を指摘するだけで、菅総理大臣以下、国民のほとんどは原発に疑問や不安を抱くこともなかった。原発のある地元でも、不安を感じる人もいたが、地域経済や雇用に役立っている原発に正面切って反対を唱える声は極端に少なかった。

 だが、福島第一原発の事故を機に、全国のあらゆる原発が完全にNIMBY(not  in  my  backyard)、即ち迷惑施設と化してしまったようにみえる。廃棄物の処理・処分場は私たちの暮らしや経済が成り立っていくうえで欠かせないが、人々は自分の家の近くにつくられるのには絶対反対と言う。それと同じように、近所にある原発に、にわかに強い不安や危険を感じるようになった。NIMBYの出現である。 

 菅総理は突然、浜岡原発の停止を中部電力に呑ませたとき、他の原発の操業には問題がない、と言っていた。それなのに、最近、海江田経済産業相に対し、操業再開にはストレステストを優先するようにと指示した。国民の安全、安心を優先するという理由からである。

 しかし、安全、安心と言えばもっともらしいが、安心というのは心の持ちようで、客観的な物差しがない。一人でも安心できないといえば、安心は成立しない。それに、安全についても、絶対に安全、つまりリスク・ゼロということはありえない。リスクをどこまで最小化するか、できるかというのが科学技術(システム)の腕のみせどころである。また、それを国民に提示して、これでいきます、と説得し、納得してもらうのが政治のリーダーシップである。

 ドイツは古いタイプの原発から順次、10年ぐらいかけて廃止する。原発を一度に廃止すれば、電力供給に不安が生じる。そのため、原発に代わる再生可能エネルギーなど別の発電施設が整備されるまでの時間を考慮したからだ。

 日本でも、そういった段階的な縮小を図るのが望ましい。原発を1年経つか経たないうちにすべて停止するような極端なやりかたをとる場合には、その根拠をきちんと説明し、社会的・経済的な混乱を極力回避するための措置を合わせて明示すべきである。菅総理の意図が、原発にとって代わる新エネルギーの必要性を国民に実感させるため、などというものだとしたら、国民をもてあそぶ危険な発想である。

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