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2011年9月11日 (日)

9.11と3.11は「なぜ起きたのか?」

 10年前の9.11は、世界貿易センタービルが崩壊するさまをテレビで見る我々にも大きな衝撃を与えた。また、半年前の3.11では、M9.0の激震もさることながら、巨大な津波が襲いかかり、物も人も手当たりしだい飲み込んで破壊するエネルギーが、テレビを見る我々をもおそれおののかせた。そして、いずれも、ものすごい数の犠牲者を生んだ。

 きょう9月11日、日米のそれぞれで、亡くなった人たちを追悼する集会があった。そうした催しに参加しないが、個人的に、自宅で、あるいは現場で手を合わせた人も少なくないだろう。家族や親戚、友人などに幸い、犠牲者がいない人でも、決して他人事とは思えないだろうから、2つの出来事の犠牲者たちに深い哀悼の意を表してほしいと思う。

 どちらの出来事も、歴史に深く刻み込まれる類いのものである。しかし、専門家でもなんでもない一個人として気になるのは、2つの出来事について、「なぜ起きたのか?」の追求が足りないように思えることである。「なぜ起きたのか?」の反省が徹底してこそ、改善や進歩があるのではないか。

 9.11では、米国は犯人の追及と報復に全精力を注いだようにみえる。そのために多数の軍隊を派遣した。過去10年、兵士6千人もの戦死と巨額の軍事費による財政悪化を招いたうえ、いまなお、軍をすべて引き揚げることができない。なぜ、犯人と目されるオサマ・ビン・ラーデンらが貿易センタービルを破壊しようとしたのか、米国には反省すべき点があるのではないか、そうした問いはほぼ封印されている。

 3.11にしても、過去に同様な巨大地震と大津波があり、多数の犠牲者が出たという歴史の教訓をなぜ、生かせなかったのか。地域の市町村や県は何をしていたのか。予算配分などの過程で、役所の意思決定のありかたに問題はなかったのか等々。

 専門家の中には、近い将来、巨大な地震・津波が襲う可能性があることを学界などで報告したという人もいる。そうした予測を、なぜ、学界の有力者や専門家たちが無視したのか。政府の防災会議などでも、そうした学者の見解をなぜまともに取り上げなかったのか。そうした反省を経てこそ教訓が得られる。

 同様なことが福島第一原発の事故についても言える。どうして、東京電力は最悪の事態が起きないとたかをくくっていたのか。政府も同様だ。組織を適正に運営するためには、第三者的な目で見て、当事者にいやがられることをもきちんと指摘し、改めさせる仕組みが必要である。残念ながら、日本の組織には、ばれなければ、違法行為をしてもかまわないという意識がまだ残っている。

 9月11日、東京電力は西沢俊夫社長のお詫びの談話を発表した。この重要な節目に、なぜ、社長が直接、会見して、お詫びしなかったのか。もしも病気なら、No.2が会見すればいい。なのに、そうしなかった。これ1つとっても、東電はまともな判断をする組織ではないのではと思ってしまう。

 フクシマの収束はまだまだ先になりそうな気配だ。決して楽観は許されない。したがって、東電にとっては、「なぜ起きたのか?」を問う以前の段階かもしれないが、「なぜ‥‥」はほかの原発の再開・停廃止に即、関わる問題である。東電はどこに問題があったのか、自らにメスをきちんと入れて公表すべきだろう。

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» 公式の9/11説明を信じているのは、公式の9/11説明を知らないせいだ [マスコミに載らない海外記事]
Jesse Richard 2011年9月2日 TvNewsLIES.org (リンク先は、ほとんどが英語ページであることをお断りしておく。) 9/11の公式説明を知っているからこそ、私は9/11の公式説明を信じない! この主題について調べた後で、2001/9/11の出来事について疑問を呈する立場から、出来事についての... [続きを読む]

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