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2011年10月28日 (金)

釈然としないこと

●宮城県の人事委員会が今年度の県職員の年間給与を0.29%引き下げるよう、知事に勧告した。また、岩手県の人事委員会も0.37%引き下げるよう知事に勧告した(28日付け朝日新聞朝刊)。大震災のため、民間給与実態調査ができなかったので、国家公務員を対象に行われる人事院勧告に準ずる内容にしたという。

 しかし、これはちょっとおかしいのではないか。地方公務員の給与や退職金・年金が民間の平均をはるかに上回っている実態は、先に週刊ダイヤモンド誌が詳しく報じた通りだ。大震災で多くの住民が家を失ったり、収入が減ったり、仕事がなくなって困っている。しかし、地方公務員は失業することなく、給与なども震災前と変わらない。一方で、復旧・復興に多額の資金が必要である。民間企業なら、こういうとき、賃金カットなどの収支改善策をとるのが当たり前だ。宮城県や岩手県の人事委員会は平時の発想で知事に勧告しているとしか思えない。

 国家公務員の給与なども民間よりかなり高い。このため、民主党の2年前のマニフェストは国家公務員の総人件費を20%削減すると約束していた。野田首相はその3分の1に過ぎないとはいえ、8%弱の削減を28日の所信表明演説で唱えている。民間との給与格差が1%にも満たないという調査結果をもとに出された人事院勧告がいかにいい加減なものかが改めて浮き彫りになった。人事院の存在価値が疑われても仕方あるまい。

●ギリシャ支援をめぐる欧州連合(EU)の債務危機対策がまとまったという。ギリシャ国債を保有する銀行は元本(額面)の50%の損失を受け入れた。市場価格は額面を下回っているから、現在価値だと実質60~70%の損失になるかもしれない。さらに、銀行は中核的自己資本比率を現在の5%から9%に引き上げるよう求められることになった。EUの銀行は、株価が下落している中で自己資本の増強や総資産圧縮などに努めなければならない。

 仮定の話だが、ギリシャがデフォルト(債務不履行)になったら、ギリシャ国債を沢山抱える金融機関は経営が危うくなる。金融機関は皆、似たり寄ったりの経営だから、軒並み、そうした銀行は取り付け騒ぎになるだろう。だが、大銀行が経営破綻するようなことは信用不安につながるから、政府や中央銀行は規模の大きい銀行をつぶさないようにする。公的資金を注入することもありえよう。したがって、大きな銀行は結果的に生き延びてしまう。メーカーなどと違って、トコトン合理化することはおそらくない。国が税金で救済した金融機関の経営者や従業員のほうがはるかに高い給与をもらっているなどという異常な事態も是正されないだろう。

 そうしたモラルハザードは、今回も変わるまい。債権カットで経営が危うくなる銀行は国が救済することになる。too big  to  fail である。大銀行には国という大スポンサーが付いているようなものだ。そんなことが繰り返されてはたまらない。

 銀行業務はもともとの預貸などから投資・運用などに広がるにつれて、リスクが大きくなってきた。金融自由化による業務多角化、グローバル化、ネット化などはそれに拍車をかけている。そうしたリスクの増大を放置するのは好ましくない。銀行、証券などの垣根をもう一度設けるとか、国境を超える金融取引に課税するとか、を真面目に考える必要がある。金融およびそれに携わる企業に対する常識、通念を、これを機に考え直したい。

 

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2011年10月26日 (水)

TPPと農業問題

 TPP交渉に参加すべきか、否かが大きな政治的争点になってきた。この問題をどう考えたらいいのか。たまたま読んだ川島博之著『「作りすぎ」が日本の農業をダメにする』(2011年8月刊)は、なかなか説得力のある内容であった。

 「全ての農民が、貿易の自由化に反対しているわけではありません。大規模に畜産や野菜生産を展開している、いわゆるアントレプレナー型の農民は、貿易自由化に賛成しています」。「強く反対しているのは農協とその周辺の人々」だという。

 農協は20万人の職員を抱え、483万人の正組合員とほぼ同数の467万人の准組合員(農業を行っていない)を有している。農協はいまや「地方で金融や信用事業を行っている団体に変質して」いる。その金融事業の建て前は営農を補助することにあるが、もしも貿易自由化が行われ、多くの兼業農家が農業をやめると、農協は存在の大義名分を失う。だから、農協も、また、権限縮小につながる農林水産省も、現状を維持したいのである。そして、「農地の保有と転売益を優先する兼業農家の利害」も現状維持を求める。

 このように、「農協や兼業農家が貿易の自由化に強硬に反対することが、農業とは離れた利害にあることは否めない事実でしょう」。しかし、ここで、著者は「地方の悲しみ」とも呼べる感情が色濃く存在しているような気がしてなりません」、「真の(自由化)反対理由は、経済にあると考えるより、疲弊が止まらない地方の悲しみにあると考えるほうがよい」と述べる。「貿易自由化は、苦しんでいる地方により多くの犠牲を強いながら、豊かな暮らしをしている都市の人々がより豊かになるためのものに見えるのです」と。

 そこで、著者はコメを例外にして貿易自由化を行うこと、TPPもそうすることで参加可能だと主張している。興味深い主張である。

 ただし、一点、川島氏の認識に疑問がある。地方と東京などの大都市とを対比し、大都市が豊かな暮らしをしている、という認識が地方に根深く浸透していることは確かだが、本当に大都市の住民のほうが地方の住民より豊かだと言えるだろうか。非正規労働者が増え、失業者も多い大都市のほうが厳しい労働環境にあり、住宅事情などを含め、生活の質は地方よりも劣っているように思える。地方では、高度成長時代の格差観をいまだにひきずっているのではないか。そういう格差論を唱えるほうが、地方にとっては何かと都合がいいという事情もあるだろうが。

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2011年10月22日 (土)

松下政経塾をのぞく

 松下政経塾の名は、第1回生の野田佳彦氏が卒塾者として初めて総理大臣に就任したことで一段と知られるようになった。1980年に開塾した頃から近年まで、私個人はほとんど関心を抱かなかったが、民主党が政権をとり、幹部の何人もが同塾の卒業者なので、いまは同塾について知りたいと思う。そんなことで、最近、ちょっと同塾(神奈川県茅ヶ崎市)をのぞいてきた。

 塾名の「政経」は横文字では「Government and Management」という。創立者、松下幸之助氏がわが国の国家経営のありかたに大きな懸念を抱いていたからなのだろう。

 「経済面においては、円高をはじめ、食糧やエネルギーの長期安定確保の問題など国際的視野をもって解決すべき幾多の難問に直面し、また、社会生活面においては、青少年の非行の増加をはじめ、潤いのある人間関係や生きがいの喪失、思想や道義道徳の混迷など、物的繁栄の裏側では、かえって国民の精神は混乱に陥りつつあるのではないかとの指摘もなされている。これらの原因は個々にはいろいろあるが、帰するところ、国家の未来を拓く長期的展望にいささか欠けるものがあるのではなかろうか」。このように、設立趣意書(1979年)には、現代でも通用する問題意識が書かれている。

 そして、「国家国民の物心一如の真の繁栄をめざす基本理念を探求していくことが何よりも大切」、「そのような立派な基本理念が確立されても、それを力強く具現していく為政者をはじめ各界の指導者に人を得なければ、これはなきにひとしい」、「この研修によって正しい社会良識と必要な理念、ならびに経営の要諦を体得した青年が、将来、為政者として、あるいは企業経営者など各界の指導者として、日本を背負っていくとき、そこに真の繁栄、平和、幸福への力強い道がひらけてくる‥‥」と、塾設立の意義を述べている。

 同塾は全寮制だが、常勤の講師たちはゼロ。幸之助氏が「自ら問題を提起して、自分で答えるという自修自得こそが塾の最大の眼目」と述べたというように、基礎課程(2年間)は用意されたメニュー中心に「心身の鍛練」、「人間観の探求」、「基本理念の探求」、「素志の確立」の4つの研修にはげみ、後半の実践課程(2年間)では国内外で実践活動を行なうとともに、卒塾後に歩む道を定める。

 卒業した人たちは248人(2010年4月現在)。政治分野に112名(うち、国会議員38名)、経済分野68名、教育・研究・マスコミ分野36名、その他32名である。

 入塾志望者は創立当時は約900名で、40名採用になった。1~8期生が入塾したときは幸之助氏が存命中だった。なかでも1~5期生は氏の謦咳に接したという。近年は志望者数が減り、試験をパスして入塾する人の数も少ない。ことしの採用試験には志願者が115名で、最終的な入塾者は5~6人にとどまりそうだという。

 幸之助氏の寄付金で運営されているが、低金利時代で運用収益は少ない。結果として、ファンドを食いつぶしつつある。経費節減のため、管理部門の縮小も図ってきた。だからといって、入塾者を抑えているわけではない。いい人がいれば、たくさん採るという。

 では、そもそも松下政経塾に入りたいという志望者が減っているのはなぜか。若い世代の政治に対する関心が低下しているせいか、指導者として国を引っ張ってゆこうという意欲を持つ若者が少なくなったのか。松下政経塾の出身者たちの言動を見て、幻滅したのだろうか。そのあたりは気になるところだ。あるいは、塾生は月に20万円の給付(給料みたいなもの)を受けるだけなので、既婚者などにはそもそもハードルが高いのかな、とも思う。

 日本の政治家が内外で活躍し、国民に尊敬されるには、教養、学識、信念、理想などにおいて秀でていなければならない。そのためには、諸外国と同じように、エリートを育成する仕組みが必要である。松下政経塾は、日本に欠けているこのエリート育成の場をめざしたものとも言える。だが、卒塾生の政治家たちを見ると、残念ながら尊敬に値するとは言いにくいような気がする。人物の深み、大きさが感じられないのである。そこに、松下政経塾の限界を感じる。さらに言えば、日本における教育、人材育成の仕組みが平等の重視に偏りすぎている弊害を感じる。

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2011年10月21日 (金)

同族経営、大王製紙の「事件」

 大王製紙の元社長、井川意高氏が何社ものグループ企業から全部で100億円を超すカネをきちんとした契約もなしに借りていたという「事件」が大きく報道されている。そのカネを何に使ったのか、さだかではないが、この出来事から思い出すことがいくつかある。

 大王製紙はパルプから製紙までの一貫メーカーで、わが国では王子製紙、日本製紙グループに次ぐ第3位の大手である。第2次世界大戦後、日本の製紙業界は需要が拡大しながらも、設備拡張競争による低収益に悩まされてきた。このため、王子製紙と本州製紙が合併、十条製紙は山陽国策パルプと合併(日本製紙となる)し、抄紙機の設備拡張抑制によって価格支配力を高めようとした。しかし、それに従わず、設備の拡張を進める“アウトサイダー”がいた。大昭和製紙と大王製紙である。

 これら後発2社は業界の協調には加わらず、独自の路線をとった。だが、大昭和は斎藤一族の同族経営で、同社および関係会社を公私混同で経営したため、ピンチに陥り、日本製紙の傘下に。そして、今度は、大王製紙が同族経営の欠陥をさらけだした。経営者が会社や関係会社から勝手にカネを引き出すことは法律で禁止されているのに、同社の関係会社は、井川氏に言われるままにカネを渡していた。井川氏が親会社のトップであり、創業家の出身であるということで、法を無視したのである。上場会社なのに、ガバナンスが機能しなかった。

 かつて、石油業界では、出光興産が業界の協調体制に加わらず、アウトサイダーの立場を利用してどんどん、ガソリンスタンドや設備の拡張を行ない、大手の一角に立った。また、鉄鋼業界では、新日本製鐵などの高炉大手のカルテル体制に加わらず、東京製鐵が製鋼設備を拡張して独自の地位を確立した。

 このように、大手メーカー中心の既成秩序に挑戦して成功した企業は、創業者の事業理念を受け継ぎ、チャレンジを続けた企業である。だが、創業者の苦労を知らず、ちやほやされて育った後継者たちは、「売り家と唐様で書く三代目」になりがちだ。井川意高氏はその典型のように思われる。今回の「事件」はもちろん本人に大きな責任があるが、家族や会社の幹部にも重い責任がある。コーポレートガバナンスなどと言う前に、当たり前のことがきっちり行なわれる企業風土に変えていかねばならない。

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2011年10月19日 (水)

オリンパスの企業買収手数料は異常

 オリンパスのマイケル・ウッドフォード前社長解任問題で、同社が2008年に英国の医療機器メーカー、ジャイラス社を買収したときの手数料が高過ぎたか、否かが大きな争点となってきた。真相は今後明らかになっていくだろう。

 しかし、日本経済新聞によると、菊川剛会長兼社長が、フィナンシャルアドバイザーに同社が支払った手数料について「実際に払った額は約300億円で適正額だ」と語った(19日に同社は240億円と発表)が、どう見てもおかしい。約2000億円の企業買収で、手数料が買収額の10%を超えるというのは異常な高さである。

 企業買収のフィナンシャルアドバイザーは、買収資金の面倒をみるなど、金融業務を兼ねている。とはいえ、顧客の企業買収にうまく乗っかってとてつもない利益を得るのはまともな商行為ではない。また、企業買収の主役のオリンパスは、フィナンシャルアドバイザーがあくどく何百億円ももうけるのを黙認していた。それ自体、責任を問われるのではないだろうか。

 ジャイラス社買収については、素人からみると、手数料が1ケタ少ない30億円(ないし24億円)だとしてもおかしくはない。それなのに、菊川氏は300億円を適正額だと言う。菊川氏の経営者としての良識、判断力を疑う。それとも、企業買収のビジネスに関われば、それぐらい払うのは当たり前だと思っているのだろうか。

 ウッドフォード氏はジャイラス買収で払った手数料が約700億円という多過ぎる金額だった、と主張しているという。それが事実だったら、もっと大きな問題となる。

 また、菊川氏ら同社の幹部は外部の第三者意見を得ており、適正だと言っている。しかし、これほど巨額の手数料(率)を妥当と判定する第三者とは一体、どこの誰なんだろう。今回の企業買収に関する内紛を見ると、世間知らずの箱入り娘が、百戦錬磨のインベストメントバンクにいいようにもてあそばれたという印象を抱く。

 少なくとも、外国人を社長に迎えたおかげで、過去の企業買収に関する問題点が公けになったのは評価できよう。

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2011年10月15日 (土)

フランスと日本、思いつくまま

 フランスに約2週間行っていたから、まだ、時々、旅行の体験を思い出す。パリでまず参ったのはメトロ(地下鉄)の切符の買い方だった。一回券は一律1.7ユーロだが、日本のようにお金を入れれば、すぐ切符とお釣りが出てくるようになっていない。まず、グルグル回るグリップみたいなものを回して切符の一覧表が画面に出るようにしなければならない。次に、それを見て一回券、回数券などのうち、どれを買うか決めてボタンを押す。そして、画面が変わってからお金を入れる。そうすると、切符とお釣りが出てくる。それが、パリに来たばかりの我々にはわからなかった。

 駅員がいたので、切符購入を求めると、販売機で買えと指でさす。わけがわからないから、買う人のやっているのをじっくり見て、どうやらこういうことらしい、と試行錯誤して、やっと買うことができた。どうして、もっとお客が扱いやすい販売機にしないのか、疑問を抱いた。それと、駅員のサービス精神の欠如には驚いた。

 ローカルのバスにも随分乗った。乗るときに運転手(しかいない)に料金を払う。領収証をくれる。それには乗車時刻が印刷されている。だが、次は何という停留所か、バス内に表示されない。また、バス停には次の停留所名が表示されていない(鉄道も同じだった)。次に降りたい人はボタンを押して知らせる。そうすると停まる。地元民にはそれでいいが、初めて行く我々は、停まるたび、地図に記載されている停留所名と照らし合わせて、目的地は次の次だなどと確かめていた。運転手は親切だったが、我々は気が抜けなかった。

 ローカル・バスの運転手といえば、しばしば女性の運転手だった。皆、中年の方だった。バスの大きなハンドルをぐるぐる回すのは結構、体力が要ると思うが、身体を大きく動かして運転していた。

 日本人と比べ、フランスの女性は概して大きいし、膨らんでいる。胸は迫力がある。毎日、それを見ていたから、日本に帰ったら、女性がいささかかすんで見える。小さいうえに、膨らみに乏しい。それに、日本の女性にはやせすぎの人が多く、あまり健康には見えない。ほっそりしているのが美人の条件と思い込んでいるのだろうか。コマーシャルに踊らされてはいないか、心配だ。

 南仏のアヴィニヨン、アルル、エクサンプロヴァンスなどの旧市街はまっすぐに歩けば10分か15分で突き抜けてしまうくらいにこじんまりしている。夜も9時前にほとんどの店が閉まる。それ以上に遅くまで開いているのは、バーのようなところ、一部のレストランなど、限られた店だけだ。コンビニみたいな店も9時以降開いているところは少ない。ところで、日本では牛丼チェーンを深夜、強盗が襲う事件が相次いでいるという。24時間営業しているものの、従業員が1人になっていて、客がいない時に襲われるようだ。開業するか否かは企業の判断だが、従業員が社員ではなく、パートなど非正規雇用だとすれば、問題をはらんでいるように思う。失業者が増え、犯罪が増える傾向にあるとき、賃金が安いパートなどを危険な状況に置くのは企業の姿勢として許されないのではないか。

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フクシマ:「首都圏3千万人避難の可能性があった」

 内閣官房参与だった田坂広志多摩大学大学院教授が14日、日本記者クラブの会見で、「福島原発が開けたパンドラの箱」と題してスピーチをした。福島原発については、冷温停止を年内に達成したため、楽観的な空気が出てきているが、同氏は、現在の最大のリスクは根拠のない楽観的空気であると指摘。真の解決は原子力行政の徹底的な改革だと語った。

 原子力政策に対する信頼をどうしたら回復できるか。それについて同氏は7つの疑問を挙げた。第1に、安全性への疑問、第2に、使用済み核燃料の長期保管への疑問、第3に、放射性廃棄物最終処分への疑問、第4に、環境中の放射能の長期的影響‥‥。

 第1の疑問に関連して、「世界で最高度の安全性を実現する」と言われるが、それは技術的な安全性だけでなく、人的、組織的、文化的な安全性を指すと述べた。事故の大半は、技術的安全性以外のところで起きている、という。また、経済優先の発想こそが事故を起こしたのではないか、と指摘した。

 さらに、3月末時点で、首都圏3千万人が避難しなければならなくなる現実的な可能性があった、と語った。そして、国民の生命と安全の問題がいま問われているのだ、として、原発再稼働を求める人々はこのことを認識すべきだと強調した。また、浜岡原発の停止要請をしたのは「万一のときの被害は想像を絶する。福島と同じ事故なら、日本という国家の機能の停止にいたる」との判断からだった、という。

 田坂氏の話で教わったのは、「原発=原子炉+使用済み核燃料プール」で、最悪のとき、一番危険なのは使用済み核燃料プールだということ。原子炉は放射性物質が容器の中にあるが、使用済み核燃料はむき出しの炉心で、ノーガードだから。

 福島第一原発4号炉は3.11当時、運転停止中だったが、この4号炉のプールが一番危険だったという。田坂氏は4号炉の「冷却機能喪失とメルトダウンが起きたら、手の付けようがなかった」と言い切った。その後、4号炉使用済み核燃料プールの耐震強化措置がとられたが、「再度、同規模の地震と津波が来ることをおそれる。持ちこたえるかどうかわからないから」と懸念する。

 10月になって、企業が節電解除に踏み切るなど、3.11に対する国民の関心は薄れつつある。しかし、福島第一原発は大量の高濃度放射性廃棄物をどのように安全に始末するか、の難問解決のほんの入口に立っているにすぎない。田坂氏が事態を憂慮するのはもっともだと思う。

 原発はトイレなきマンションと言われてきたように、放射性廃棄物の絶対安全な最終処分方法がない。深刻な問題である。それに、原発がテロに遭ったら、おそろしい事態に至るおそれがある。同氏はそれらについても指摘した。

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2011年10月12日 (水)

「おいしい公務員」

 「週刊ダイヤモンド」の10月15日号は特集「おいしい公務員 増税論議の裏で温存される“甘い体質”」を掲載している。全国47都道府県、809市区職員「給料ランキング」はじめ、公務員天国の実態を示すデータや事例はとても参考になる。

 地方公務員の「給料ランキング」のデータはいろいろな読み方ができる。第1に、全国的にみて、都道府県・市区ごとの平均年収は民間よりはるかに高い。地域の民間労働者の平均所得とはほとんど関係なく、国家公務員にほぼ右ならえしているからだろう。人事院勧告が民間準拠などと言うのは嘘っぱちである。

 第2に、地方自治体の自主財源(地方税など、自治体が自らの権限で手にする収入)に対する人件費比率は都道府県のほとんどが50%を超えていて、鹿児島、沖縄両県は100%超、高知、奈良、鳥取県は90%台である。これらの県は、自前の税収などをまるまる人件費に充てているのである。

 市の場合は、つがる市133%、竹田市115%、対馬市114%、垂水市108%、宮古島市105%、五島市103%、豊後大野市101%、と100%を超えている市が7つもある。50%超~100%未満も相当な数にのぼる。ただ、首都圏や愛知県ではほとんどの市が20%台か30%台である。

 このように、地方自治体は自前の歳入に関係なく、歳出を決めていることがわかる。国から来る地方交付税交付金や補助金などに依存する財政のありかたが当たり前になっている。これで、地方自治だとか、地域主権とかを声高に言うのはいかがなものか、と思う。

 また、この特集を通読して痛感するのが、まず、地方自治体のコスト意識の欠如である。国の財政が危機的な状況にあるにもかかわらず、自治体の給与、退職金、年金は民間よりはるかに高い水準であり、退職者への天下り先も当然のように世話している。

 自治体の役割や経費も見直す必要がある。役所がしなければならない仕事かどうか。役所がやるべきだとしても、もっと少ない人員や経費でできないか。そして、仕事をしてもしなくても同じような給与を払うのではなく、能力・成果に応じた昇進昇給をある程度採り入れるべきだろう。

 さらに、議会(議員)が首長や自治体職員(労組)とべったりしていて、上記のような問題点を改める動きがきわめて乏しいことだ。民主党および中央政府もまた、こうした問題にメスを入れようとしない。自民党やそのほかの政党も同様。霞が関の官僚もまた、自らの特権を擁護することに汲々としている。

 ということは、民間の労働者や企業が本気になって怒り出さない限り、官僚支配の日本は衰退の道をたどる可能性が高いのではなかろうか。既得権益を死守しようとする連中の言う通りにしていたら、お先真っ暗である。

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2011年10月10日 (月)

宗教法人への課税

 本日発売になった月刊誌『文芸春秋』11月号に、参議院議員、桜内文城氏(みんなの党)が「塩野七生の「宗教法人に課税せよ」 なぜ国会はとりあげない」という文を書いている。震災復興に塩野氏が挙げた「五つの禁じ手」を桜内氏が改善的アプローチから解説を試みたというもの。

 それら5つのうちの1つが「宗教法人への課税」である。桜内氏はそれを実施すれば、税収は「少なく見積もっても数兆円規模」と見込んでいる。そして、宗教法人が行なう収益事業に対する低税率適用を改めることも検討が必要としている。

 宗教法人といっても、檀家の減少などで青息吐息の寺もあるが、一方で、東京都区内の一等地に本部を持ち、どんどん周囲の土地を買って大きくなっているような宗教法人もある。そういった巨大宗教法人を非課税のままにするのは、納税義務を負う国民とあまりに対照的である。(桜内氏の文からは離れるが、学校法人も同様な優遇を受け、東京都心に巨大な校舎を建てたりするなど、周囲の土地を買い増して広がっている。)。

 ちなみに、創価学会だけでも年間収入2千~3千億円、総資産10兆円超との推定もある。宗教法人へ一般並みの課税をすれば、税収が「少なく見積もっても数兆円規模」という桜内氏の指摘はいい線を行っているのかもしれない。

 桜内氏は、創価学会と一体の公明党が宗教法人への税優遇見直しに強く反対するから、実際には実現困難と見ているが、「恒久的ではなく、震災復興のための時限措置とすれば、宗教活動への影響も抑えられるはずです」と、大幅な譲歩案をも記している。

 問題は、現在の野田政権および与党の民主党が、本気になって歳出の無駄削減や、本来、課税すべきところから税をきちんと取ることに、あまり真剣でないことだ。それらはどれ一つとっても、抵抗が大きいことは明らかだが、ギリシャのようになってから財政再建に乗り出すよりははるかに楽だ。

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2011年10月 6日 (木)

2週間、日本を離れて

 9月下旬から約2週間、フランス国内で気ままな旅をしてきた。ほとんど日本の情報に接することもなかったが、10月5日に帰国して、その日の新聞を読んでも、約2週間のブランクを感じなかった。その間、日本国内の主な出来事は、台風で帰宅が困難だったほかに、株式市場など金融マーケットの動きが荒かったぐらいか。

 ギリシャの財政危機をどう打開するのか、EUは金融機関の経営悪化問題をも抱えて深刻な局面にある。財政難の米国では、貧富の格差の増大や失業に反発するデモが連日、ニューヨークで行なわれていると報じられている。

 ところが、日本は、というと、世界一の財政悪化状態にあるにもかかわらず、従来通りの大幅な赤字国債依存予算に、大震災・原発事故の復旧・復興費用を上乗せする財政運営を続けている。財政支出をうんと厳しく絞って、借金残高の増加に歯止めをかけたり、増税などで税収増を図らないと、国家財政は早晩、破綻する。そうした危機意識が日本の政治には欠けている。だが、原発問題を含め、現状に抗議するデモは小規模にとどまる。官僚依存に転じた民主党の素人政治は当分続きそうだ。

 話はフランス旅行に戻る。パリでは、オルセー美術館、ルーブル美術館、凱旋門、シャンゼリゼ大通りなど、観光名所を見て回った。1971年に初めて訪れたのだが、その頃と比べての感想など気付いた点をいくつか挙げると――

 とにかく観光客がものすごく多い。どこも人、人、人‥‥だ。入場券を買うための行列も長い。パリには世界中から人がやってくるが、それがかなり増えているというのは、観光で来るにせよ、ビジネスで来るにせよ、世界では豊かな人(の絶対数)が増えていることを示しているのではないか。特に目についたのが中国語をしゃべる人の多さである。団体旅行客では、日本人より相当、多いような印象を受けた。私たちはパリでも、南仏でも、地元の子供に「ニイハオ」と声をかけられた。

 初めてのフランス旅行時は、当地に白人以外は少なかったように思う。今日、肌の色がいろいろな人がいる。言語のことはわからないが、白人も、かつてと違い、さまざまな国の出身者がいることだろう。

 ルーブル美術館では、名画「モナリザの微笑」の回りには円くロープを張って、近づけないようにしてある。絵から5mぐらい離れているか。回りはすごい人だかりだった。40年前、初めて見たときは、普通の絵画同様、まじかで見ることができた。注意しなければ、見過ごすかもしれなかった。その後も、1980年、90年ごろに見たが、ちょっとした枠にはめていただけのように記憶する。かつては、模写のために来ていた学生を見かけたが、そんな行為はいまや全く不可能である。

 付け加えれば、警備は格段に厳しくなっている。オルセー美術館では、持ち込むカバンなどもチェックしている。

 シャンゼリゼ大通りにはルイ・ヴィトンなどファッションのブランドの店がある。トヨタの店もある。高級イメージの、庶民には近寄りがたい店が多い。しかし、40年前は、シャンゼリゼといえども、庶民的な各種の店があった。私はシャンゼリゼ大通りで凱旋門からそう離れていないところにある床屋(理髪)に入って、髪を切ってもらった覚えがある。

 フランスを走る乗用車はほとんど小型である。もともとルノーなど同国の乗用車は中・小型中心だったが、今回、中・大型車が少ないことを認識した。日本の軽の大きさのクルマも相当のスピードで走っていた。小さいクルマへのシフトの背景には、古い市街地では路上駐車が当たり前であること、それに、燃費の節約意識が強くなっていることがあるのかもしれない。

 クルマについて言えば、交通信号はクルマ優先である。健常な歩行者が歩道を横断し終わらないうちに赤信号に変わる。だから、ほとんどの人が赤信号のうちに歩き出し、青信号が赤信号になっても、歩みを止めず渡り切る。

 自転車好きな国民であり、電車に自転車を持ち込むことができる。また、パリやほかの地域でも、レンタサイクルの仕組みがあった。ただ、どれだけ利用されているのかが気になった。たまたま、あちこちで見かけたものの、利用待ちのものが多かったからである。

 日本の新幹線のように高速で走るTGVに乗った。パリ――マルセーユの路線のうち、アヴィニヨンとエクサン・プロヴァンスの2つの駅を利用した。エクサン・プロヴァンスの駅は、在来線だと、かなり街の中心部に近いが、TGVの駅は約20kmも離れている。あたりは田園である。ほかにも、田園の中にある駅を通った。直線的に線路を敷くほうがパリ――マルセーユ間を短くできるからだろう。TGVのエクサン・プロヴァンス駅周辺にはクルマがたくさん駐車していた。バス便もあるにはあるが、TGVはクルマ社会を当然の前提にしているとしか思えなかった。

 TGVの車窓からも改めて感じることだが、フランスの国土は本当に広く平坦で、農業国である。だが、店頭に並んでいる豊富な果物を見ると、日本で生産される果物に比べ、小ぶりであり、あまり品種改良された様子がうかがえない。味は素朴であり、それはそれで素晴らしいと思うが、売らんかな、の工夫は日本産のほうがはるかに進んでいる。自然条件に恵まれた分、フランスの農業は工夫・改善の必要性を感じないということだろうか。 

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