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2011年10月22日 (土)

松下政経塾をのぞく

 松下政経塾の名は、第1回生の野田佳彦氏が卒塾者として初めて総理大臣に就任したことで一段と知られるようになった。1980年に開塾した頃から近年まで、私個人はほとんど関心を抱かなかったが、民主党が政権をとり、幹部の何人もが同塾の卒業者なので、いまは同塾について知りたいと思う。そんなことで、最近、ちょっと同塾(神奈川県茅ヶ崎市)をのぞいてきた。

 塾名の「政経」は横文字では「Government and Management」という。創立者、松下幸之助氏がわが国の国家経営のありかたに大きな懸念を抱いていたからなのだろう。

 「経済面においては、円高をはじめ、食糧やエネルギーの長期安定確保の問題など国際的視野をもって解決すべき幾多の難問に直面し、また、社会生活面においては、青少年の非行の増加をはじめ、潤いのある人間関係や生きがいの喪失、思想や道義道徳の混迷など、物的繁栄の裏側では、かえって国民の精神は混乱に陥りつつあるのではないかとの指摘もなされている。これらの原因は個々にはいろいろあるが、帰するところ、国家の未来を拓く長期的展望にいささか欠けるものがあるのではなかろうか」。このように、設立趣意書(1979年)には、現代でも通用する問題意識が書かれている。

 そして、「国家国民の物心一如の真の繁栄をめざす基本理念を探求していくことが何よりも大切」、「そのような立派な基本理念が確立されても、それを力強く具現していく為政者をはじめ各界の指導者に人を得なければ、これはなきにひとしい」、「この研修によって正しい社会良識と必要な理念、ならびに経営の要諦を体得した青年が、将来、為政者として、あるいは企業経営者など各界の指導者として、日本を背負っていくとき、そこに真の繁栄、平和、幸福への力強い道がひらけてくる‥‥」と、塾設立の意義を述べている。

 同塾は全寮制だが、常勤の講師たちはゼロ。幸之助氏が「自ら問題を提起して、自分で答えるという自修自得こそが塾の最大の眼目」と述べたというように、基礎課程(2年間)は用意されたメニュー中心に「心身の鍛練」、「人間観の探求」、「基本理念の探求」、「素志の確立」の4つの研修にはげみ、後半の実践課程(2年間)では国内外で実践活動を行なうとともに、卒塾後に歩む道を定める。

 卒業した人たちは248人(2010年4月現在)。政治分野に112名(うち、国会議員38名)、経済分野68名、教育・研究・マスコミ分野36名、その他32名である。

 入塾志望者は創立当時は約900名で、40名採用になった。1~8期生が入塾したときは幸之助氏が存命中だった。なかでも1~5期生は氏の謦咳に接したという。近年は志望者数が減り、試験をパスして入塾する人の数も少ない。ことしの採用試験には志願者が115名で、最終的な入塾者は5~6人にとどまりそうだという。

 幸之助氏の寄付金で運営されているが、低金利時代で運用収益は少ない。結果として、ファンドを食いつぶしつつある。経費節減のため、管理部門の縮小も図ってきた。だからといって、入塾者を抑えているわけではない。いい人がいれば、たくさん採るという。

 では、そもそも松下政経塾に入りたいという志望者が減っているのはなぜか。若い世代の政治に対する関心が低下しているせいか、指導者として国を引っ張ってゆこうという意欲を持つ若者が少なくなったのか。松下政経塾の出身者たちの言動を見て、幻滅したのだろうか。そのあたりは気になるところだ。あるいは、塾生は月に20万円の給付(給料みたいなもの)を受けるだけなので、既婚者などにはそもそもハードルが高いのかな、とも思う。

 日本の政治家が内外で活躍し、国民に尊敬されるには、教養、学識、信念、理想などにおいて秀でていなければならない。そのためには、諸外国と同じように、エリートを育成する仕組みが必要である。松下政経塾は、日本に欠けているこのエリート育成の場をめざしたものとも言える。だが、卒塾生の政治家たちを見ると、残念ながら尊敬に値するとは言いにくいような気がする。人物の深み、大きさが感じられないのである。そこに、松下政経塾の限界を感じる。さらに言えば、日本における教育、人材育成の仕組みが平等の重視に偏りすぎている弊害を感じる。

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