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2011年11月17日 (木)

バブル時の財テクで思い出すこと

 オリンパスがバブル時の財テクで抱えた巨額の損失を“飛ばし”、その後、企業買収を利用して穴埋めしていたらしい――就任したばかりの外人社長ウッドフォード氏を解任し、それに対し、解任されたウッドフォード氏が関係当局に訴えた事件の背景には、そうした不正行為があったようだ。この事件を機に、バブル時代の企業の財テクに関係したエピソードを思い出した。

 財テクという用語は、新聞社のデスク時代に、ハイテクをもじって思い付いたもので、紙面に使ったら、あっという間にあちこちで使われるようになった。新聞によっては、財務テクノロジーの略だとまで解説していた。

 戦後、普通だった額面増資から、当時までに、時価発行増資へと企業の資金調達のありかたが変わっていた。だが、当時の上場会社は、株主資本という考え方をせず、時価から額面を差し引いた残りは株主のものではなく、会社のものという受け止め方をしていた。時価発行増資、時価転換社債などの時価ファイナンスで得た額面を超す資金を、企業はコストがゼロの自己資金と理解していた。

 例をあげると、株価が1000円している会社が時価発行増資をすると、「1000円マイナス額面の50円」つまり950円はタダのカネが入ってきたというように企業は思い込んだ。配当は50円額面の1株に対して行なえばよい、そういう理解をした。それで、企業は、まず借金をできるだけ返そうとした。そうするだけで、金融費用が減り、増益になるからである。

 しかし、金融機関は融資返済に抵抗する。そこで、企業側は設備投資などの本業にカネをつぎ込むよりも、資金運用に充てるほうがもうかると解釈し、財テクに積極的になった。そして、株価が高いので、繰り返し時価ファイナンスを行い、資金運用ビジネスを膨らませる大企業が続出したわけである。

 企業の中には、コストがゼロの資金を運用して入ってくる金融収入を成長ビジネスのように思ったところもある。いま隆盛の大手商社でも、財テクを事業の新たな柱とまじめに考えていたほどである。

 財テクがさかんになった背景には、別の事情もあった。財テクを企業本体でやらず、特定金銭信託(いわゆる特金)やファンドトラスト(同、ファントラ)という別勘定でやることを証券会社や信託銀行が企業に勧め、企業側もそれに乗ったことである。

 証券会社の多くは優良顧客の企業に最低運用利回りを保証し、証券会社の投資判断で株式売買などを行なった。それによって自らの売買手数料をかせいだ。それを指をくわえて見ていた信託銀行も、主要な融資先に対し、特金などの設定と資金運用の一任を働きかけた。こうした際、信託銀行も最低運用利回り保証を行なったりしていた。その際、支店長が一札入れるなどしていた例もある。

 1980年代後半のバブルの時代、財テクをやらない企業はどうかしているという雰囲気が濃厚だった。オリンパスも財テクにのめりこんでいたというわけだ。ただ、同社の場合、証券会社や信託銀行の利回り保証を得ていなかったかどうかはわからない。バブル崩壊後、証券会社の損失補てんが国会などで大きな問題になり、事業会社の中には、利回り保証や損失補てんの約束をしていた文書を持ちだして、その実行を要求することがやりにくくなったところが多い。オリンパスはそっちのケースかもしれない。

 バブルの時代の財テクはバブル崩壊で一挙に消滅した。その過程は歴史的な経緯を踏まえないとわかりにくい。

 

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