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2012年1月 3日 (火)

日本における原発のリスク

 3.11の福島第一原発事故は、原発のリスクがいかに大きいものかを国内外に示した。日本の国内では原発への拒絶反応が強いが、海外では、一部の国を除いて、原発推進の動きが活発だ。このギャップをどう考えたらいいのか。年を越しても、そのことが気になっている。

 そんな事情もあり、正月の新聞で最も読ませたのは、3日付け朝日新聞のジャレド・ダイアモンド氏(米カリフォルニア大学ロサンゼルス校地理学教授)へのインタビュー記事である。『銃・病原菌・鉄』の著者である同氏の話は、「文明崩壊への警告」と題し、1ページ全てにわたっている。

 その記事の中で、特に注目したのは「温暖化の方が深刻  原発を手放すな」という見出しの付いた部分である。「一度にたくさんの人が死亡する可能性のある事故、人間の力ではコントロールできないと感じる事故について、人々はリスクを過大評価しがち」と言い、東日本大震災も原発事故も、そうした例だと指摘している。

 そして原発事故に関しては、「原子力利用をやめたとしても、しばらくは化石燃料に頼らざるをえません」。そして化石燃料から放出される二酸化炭素による地球温暖化は現代文明そのものの行く末を左右しかねない。したがって、「原子力(発電)のかかえる問題は、石油や石炭を使い続けることで起きる問題に比べれば小さい、と考える」とダイアモンド氏は語っている。

 日本で原発の建設が本格化し始めた1970年代から、私は万が一、放射能がまきちらされる事態が起きたら大変だという心配はしていた。しかし、電力業界が原発への依存度を高めていったにもかかわらず、放射能が外部に大量に漏れる大きな原発事故がなかったので、深刻に問題を突き詰めて考えるということをしなかった。むしろ、環境問題を勉強するにつれ、化石燃料にとって代わるエネルギー源として、原発はリスクがあるものの必要不可欠だとの見方に傾いていった。

 地球を1つの有機的な生命システムと見るガイア理論で知られる英国の科学者ジェームズ・ラブロック氏は、環境問題に造詣が深い。そのラブロック氏も、地球温暖化を抑えるには化石燃料の使用を減らし、原子力発電を増やすべきだと主張していた。そんなことも私の原発観に影響した。

 しかし、福島第一原発の事故は、実際にそれが起きたときのすさまじい被害の現実を目の当たりにしてみせた。また、地震国、日本では、巨大地震が起きたときの原発のリスクがとほうもなく大きい、ということを知った。映画「100000年後の安全」もそうした見方を強めた。

 では、諸外国のほとんどが原発の推進をはかっているのに、日本が原発を次々に停止し、電力供給が危うくなっているという事態をどう考えたらいいのか。

 理科年表には地震の多発地域が黒く塗られ、一目でわかる世界地図が載っている。それをみれば、日本はどこに原発を建設しようとも、大地が暴れたら、原発なんてひとたまりもないことが一目瞭然である。フクシマで放射能汚染が人口密集の大都市を襲う可能性もあったことを考えると、リスクの過大評価などと言ってはいられない。他方、地図で真っ白な地域は地震で原発が破壊されるという心配はまずないから、そうしたところに建設するのはかまわない。

 ダイアモンド氏の話に触発されて思うのは、世界的に原発は温暖化対策上、必要だが、日本列島のように、地震の巣窟で、かつ人口が集中している都市が原発立地からそう遠くないところでは原発はリスクが大き過ぎるということである。停電の不安を回避しつつ、供給源の多様化などを進めて、原発を縮小するしかない。 

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