« 映画「無言歌」を見て身体が冷えて固まった | トップページ | 野田首相は国民を説得して味方につけよ »

2012年1月12日 (木)

テレビ、映画に触発されての雑感

 映画監督、山田洋次の作品をもとに、戦後日本を振り返るテレビ番組を見た。小津安二郎の映画「東京物語」を取り上げた中で、老夫婦の住む尾道の街や海を見下ろす映像を見て、昨年訪れた尾道の街を懐かしく思い出した。それはさておき、山田監督が、おカネに換算できないもの(質素、家族の結び付き、人と人との助け合いなど)がどんどん失われてきたという趣旨を語っていたのにはハッと胸を突かれた思いがした。戦後日本を見事に言い表していると思った。

 また、藤沢周平の原作をもとに時代劇映画をつくった山田監督は、江戸時代の人々は偉くなろうとか、もっとカネが欲しいといった欲望が少なかったと指摘した。そうだったとは思うが、それがよかったのか、望ましい姿だったのか、というと、一慨にそうとは言えないと思う。

 いまの世界は、ほとんどの人が物質的な豊かさを求めている。禁断の木の実の存在を知ってしまった人間は、技術進歩をてこに次から次へと欲しいものを生みだしてきた。一部の特権層だけでなく、庶民もまた豊かさを追求できるようになった。それが資本主義である。そして、豊かさを求める無限運動は、地球という資源が有限な世界といつかはぶつかる。人類は、自然に順応して生きるのではなく、自然の制約を克服して地球を我が物のように利用することで、自らの墓穴を掘りつつあるのかもしれない。そんなことを考えたりした。

 黒沢明監督の映画「生きる」をテレビで見た。第二次世界大戦で日本が敗北してから数年後に制作された作品だが、ほとんど古びていない。現代にそのまま通用する内容である。

 市民の要望に応えるべくつくられた市民課のはずが、要望があっても、他の課の仕事だから、そっちに行きなさいと回すだけ。どこの課もそうするから、結局、住民は元の市民課に回され、怒る。たまたま、市民課の課長は自分が胃がんの末期にあることを知り、悩んだ末に、何か意義のある仕事をして死のうと考える。そして、住民の要望に応え、公園をつくろうと奔走し、ようやくそれが実現する。そして死ぬ。

 市役所の職員は定年になるまで何もしない、というか、自ら責任を負うような仕事はしない、というのがお役所である。それは今日にいたるまでほとんど変わらない真理である。何かクリエーティブなことをしたいと思うような人は、このお役所の雰囲気に耐えられない。映画はそうも指摘している。厳しい指摘である。戦争に敗れた記憶がまだまだ強い時期に、戦争責任を追及しようとした映画だったのかもしれないと思った。

|

« 映画「無言歌」を見て身体が冷えて固まった | トップページ | 野田首相は国民を説得して味方につけよ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/184848/53715490

この記事へのトラックバック一覧です: テレビ、映画に触発されての雑感:

« 映画「無言歌」を見て身体が冷えて固まった | トップページ | 野田首相は国民を説得して味方につけよ »