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2012年2月29日 (水)

福島原発の民間事故調報告書は必読の書

 福島第一原発の事故の経緯、対応や、事故の歴史的・構造的な要因などを民間の立場で追及してきた一般財団法人日本再建イニシアティブの福島原発事故独立検証委員会が2月28日、調査・検証報告書を発表した。

 報告書は400ページにものぼるが、一番、注目されるのは、最悪の場合、福島の原発が次々に燃料破損や溶融で放射能を広範囲にまき散らし、首都圏の3000万人が退避(どこへ?)を余儀なくされることもありえたということである。日本国の中枢が完全にマヒ、空洞化する可能性もあったということだ。日本国は滅亡の瀬戸際までいったのである。

 その意味では、東京電力から福島第一原発の従業員を撤退させたいという申し入れをはねつけた菅総理大臣のリーダーシップは大いに評価できる。ほかの点では、マイナスだらけの首相だったが。2011年3月15日、東電本店に乗り込んだ菅首相は東電社員に「訓示」した。「放棄すれば、何ヵ月のちにはすべての原子炉と使用ずみ燃料プールが崩壊して、放射能を発する。チェルノブイリの2倍から3倍のものが10基、20基と合わさる。そうなれば日本の国が成り立たなくなる。‥‥君たちは当事者なんだ。命をかけてくれ。‥‥日本がつぶれるかもしれないときに撤退はありえない。」と。

 その時点を境に、東電と政府とが歩調を合わせ、危機突破に向けて動き出した。官邸の中枢スタッフは「この国にはやっぱり神様がついていると心から思った」と漏らしたそうだが、日本沈没の破局一歩手前まで行った事実を、日本国民はしっかりと認識する必要があると思う。

   この報告書は、原子力発電のリスクに対して、東京電力が十分な備えをしてこなかったこと、また、原発を推進し、監督する政府のほうは安全規制をおろそかにしたままだったのを具体的に指摘。また、事故が起きたら、どうやって被害を最小限にとどめるか、の備えが全くできていなかったことを詳しく述べている。

 検証は原発事故を対象にしているのだが、読んでいると、日本の社会・政治・経済などにおいて相次いで起きているさまざまな不祥事の背後にある日本社会の欠陥を明らかにしているように思えてくる。その意味で、この報告書は現代日本の病理をえぐりだしている警世の書でもある。

 ところで、日本は原発を廃止すべきか、否か。発表会見で質問が出た。それに対し、検証委員会の北澤宏一委員長は今回の検証とは関係ないことして回答を避けたが、遠藤哲也委員は「人災は克服できる。原発は進めるべきだ」と答えた。山地憲治委員も「選択肢として維持すべきだ。開けたパンドラの箱を閉めるのはむりだ」と。但木敬一委員は「風力発電などで全部補えればいいが、いまの技術では電力が不足する。したがって、電力使用を減らすか、さもなければ、人智の限りをつくしてきめ細かい対策をとる必要がある」と言った。野中郁次郎氏は「私はプラグマティズム。現実を直視する。こういう機会に多元化を議論するのはいいこと。イノベーションもある」と述べた。

 東電はこういう人たちによる調査聞き取りを拒否したのだが、後世、それは誤った判断だったと批判されるかもしれない。

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2012年2月27日 (月)

NIMBY>絆(きずな)

 2009年度 一般廃棄物発生量       4625万トン  最終処分量    507万トン

         産業廃棄物 〃      4億0366万トン      〃      1670万トン

 2011年   大震災によるがれき     2252万トン

             うち 岩手県       475万トン

                 宮城県        1569万トン

                 福島県       208万トン

 我が国の廃棄物発生量は近年、徐々に少なくなっている。それでも、1年間に出る一般廃棄物は生活系が3297万トン、事業系が1327万トンに達する。これに対し、産業廃棄物は4億トンにも及ぶ。もっとも、廃棄物のリサイクルなど再資源化が進み、最終埋め立て処分するのは産廃で1670万トン、一廃で507万トンである。毎年、日本全体でそれぐらいを国土のどこかに埋め立て・投棄しているのである。

 一方、3.11の東日本大震災で発生したがれきは、主に津波による家屋、工場、自動車などの倒壊・漂着によるもので、3県の総量は2252万トン(福島県は原発事故の一部警戒区域を含まず)と一般廃棄物の半年分の重量に近い。被災地のあちこちに、石炭のボタ山みたいに積み上がっている。

 このがれきのうち、仮置き場搬入を経て分別や焼却などの中間処理をしたのは約5%、117万トン(2月20日現在)だと環境省は発表している。3県の中だけでは処理能力が限られているため、1年近く経っても、がれきの山がほとんどそのままに残っているわけだ。

 被災地では、がれきの処理にあたって、一部を他の都道府県に引き受けてもらう希望を表明している。ところが、この広域処理を受け入れた地方自治体はごく一部にとどまる。NIMBY(not  in  my  backyard)、即ち、被災地以外の地域住民はがれきの放射能が許容範囲内のものであっても、よそから、そのがれきを受け入れることに強く反対するからである。

 3.11で住むところを失い、食べるものや衣類などにも困った被災者に対し、全国から温かい助けの手が差し伸べられた。以後、日本では絆(きずな)がことあるごとに強調されるようになった。したがって、お互い困ったときに助け合うのは当然だと思っていた。しかし、がれき処理の協力が進まないという事実は、NIMBYのほうが絆よりも強いことを示している。

 放射性セシウムなどで汚染された土地などの除染で、3県のみならず、ホットスポットといわれる地域においても、汚染土などを詰めた容器・袋をどう始末するかが、がれき同様、大きな問題になってきている。福島県ではこの中間貯蔵施設をめぐって政府、県、町村での話し合いが難航している。そのかげには、迷惑施設を忌避したいという住民のNIMBYがうかがえる。

 近年、中央集権から地方自治・地域主権への移行が政治の課題の1つになっている。しかし、地域の問題は事情を知悉する地域が責任をもって解決するのが望ましいとはいえ、コミュニティーを構成する人々が重要な問題で納得する解決策を見出せないようでは、住民自治は進まない。がれきの山がボタ山のごとく、何年も何年も被災地に残るのかどうか。全国の地域住民の姿勢や自治体のリーダーシップがきびしく問われているように思う。

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2012年2月26日 (日)

AIJ投資顧問にひっかかった背景

 AIJ投資顧問が預かった資金のほとんどが消失しているという現代の怪。厚生年金基金のおカネだけに、運用を委託していた企業年金は、どうしたらいいか、途方にくれていることだろう。

 この事件の背景を探るに、第1に、デフレの長期化に伴い、超低金利が長い間、続いていることが挙げられる。年金の予定運用利回りは5.5%だが、現実はそれを大幅に下回っている。そこで、基金は世間の平均よりも高い利回りを得られそうな資金運用会社に運用委託したがる。そこに危険がある。企業年金の受給者の反発もあるが、予定運用利回りを実勢に応じて変えやすくする必要がある。

 第2に、基金の担当者は資金運用のしろうとである。だから、銀行、証券などに運用を委託している。どこそこの業者が良い運用成績を挙げていると聞けば、そこを頼ろうという気になりやすい。だが、投資顧問会社は登録制なので、簡単に開業できるし、銀行などへの規制と違って政府のチェックもゆるやかである。本当に信頼がおける業者か、徹底的にチェックすべきだが、AIJ投資顧問の顧客はそれが不十分だったとみられる。

 AIJ投資顧問はバブルの末期の1989年に設立。常勤役員3名(ほかに非常勤役員1名)、使用人8名の小世帯で、何千億円も運用する能力がないことは一見してわかりそうなものだった。

 第3に、資金運用の方法は昔ながらの長期投資もあれば、コンピュータ・ソフトを使って寸秒を争う短期売買もある。後者は、高度の数式を用いる運用もあり、普通の人間には理解不能である。したがって、基金は運用を丸投げすることになりやすい。年金を所管する厚生労働省は、年金基金の財産を悪質な行為から護るため、資金運用を引き受ける業者に対するチェック体制が足りなかった。役所の通弊として、書類チェックで事足れりとするきらいがある。それでは悪質な行為を防ぎきれない。

 第4に、資金運用受託は、基金などの顧客から「投資一任」される、つまり、運用を任され、損しても運用資産の一定率の手数料がもらえる、不思議な?商売である。失敗しても、ツケは委託者に回す。もちろん、それで、顧客を失うおそれはある。運用がうまくいけば、手数料収入が増える。運用担当者の給与もそれに応じて増える。したがって、手数料をたくさんもらえる積極運用に走りがちとなる構造的な歪みが存在する。これはリーマンショックが起きた要因の1つにもなっている。

 AIJは受託した資金運用を海外の投資会社に丸投げし、それがさらに別のところに行っているようだ。オリンパスもそうだが、金融のグローバル化は金融犯罪の温床にもなりやすい。そして現代経済を不安定にしている大きな要因でもある。AIJ問題は簡単な話ではない。

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2012年2月23日 (木)

オリンパスの次の社長は経営風土を刷新できるか

 オリンパスの次の社長は内部からの昇格になることが内定した。社外取締役でそう決めたから手続き的には問題はないのだが、巨額の飛ばしなどで財テクの損失を隠ぺいし続けることができた経営風土を刷新するのに、いまの役員の中から新社長を、というのは違和感がある。

 かつての山一証券は大規模な飛ばしで損失を隠していたが、その事実を社長ら、ごく一部の人間しか知らなかった。山一は会社がつぶれたが、オリンパスは倒産していないから、問題を引き起こした経営風土には基本的にメスが入っていない。会社の建て直しには、同社の経営風土をがらりと変えることができる経営者を外から受け入れるべきではないか。

 いま、少なからぬ数の日本のビッグビジネスがグローバル競争の中で落伍しつつある。エレクトロニクス・情報分野のように、かつては世界をリードした企業が新商品・サービスの売り出しやコストで韓、米などの後塵を拝している。その背景には円高などもあるが、社員および組織の創造力、構想力、機動力などが乏しいからだと思われる。

 医療機器に強いとはいえ、オリンパスも日本のビッグビジネスが抱える弱点を持っている。したがって、今回の事件を奇禍として、グローバル競争にふさわしい経営体制に大胆に転換したらよかった。残念ながら、社外取締役たちも、上記のような弱点を持つ企業の出身である。

 ところで、就職活動をしている学生が企業などに「売り」として強調するのは協調性だという調査結果を最近読んだ。従来の日本企業においては、それが重要だった。しかし、いま企業経営に最も求められているのは、画一化ではなく、働く人がそれぞれ自ら考え、組織を活用して新しい商品・サービスを生み出し、事業として推進することだろう。それにふさわしい企業風土を創り出す必要がある。そのためには、異能の士が育ちにくい年功序列、終身雇用のような日本型経営を見直したほうがいいかもしれない。

 オリンパスの次の社長を社内から出すという発想も、日本型経営の旧来の枠組みにとらわれているからだと思う。

 産業界では、新卒採用などでは、個性的、積極的なタイプを採用するとか、すぐれた理工系出身を高給で採用するとか、企業活力を高める方向に少しずつ転換し始めている。外国人の採用も増やしている。そうした企業の動きは、いずれ日本型経営を崩すことにつながるだろう。

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2012年2月21日 (火)

21世紀臨調の次は日本アカデメイア

 佐々木毅元東大総長、牛尾治朗元経済同友会代表幹事、古賀伸明連合会長らが19日に日本アカデメイアの発足懇談会を開催した。プラトンの設立した学校の名にちなんだ日本アカデメイアは、21世紀臨調(新しい日本をつくる国民会議)同様、学、財、官、メディア、NPOなどの有力者が結集し、次世代のリーダーとなる人材の育成などをめざすものとされる。

 21世紀臨調は日本の政治改革をめざして活動してきたが、自民党から民主党への政権交代が実現したため、所期の目的を達したとして半ば休眠状態に入っていた。しかし、政権交代にもかかわらず、民主党政権はマニフェストに反する政策をとり、党内対立もあって政権維持しか眼目にない政治運営を続けているため、国民の強い不信を買っている。

 そこで、「政権交代して、ハタと気付いた。政治のシステムを改革するだけではだめだ。結局は人だと。それで、2年ぐらい前から、どうするか議論してきた。しかし、もう待てない」(設立関係者)ということで、次世代のリーダーを育てる新たな組織をつくることになったという。この設立には野田佳彦総理大臣も賛同している。

 ところで、日本アカデメイアは、言いだしっぺの佐々木氏の強い意向で、存続期間を3年に限るという。同氏は「日本の改革を3年以内になしとげなければ、日本はつぶれる」という危機感を訴えているようだ。それには共感するところ大だ。

 ただ、気になるのは、21世紀臨調時代から活動の中心である佐々木氏らが年をとったことである。彼ら、隠居してもおかしくない世代が次世代のリーダーを育成するということ自体がどこかおかしい。日本アカデメイアを動かすにあたり、彼らよりも10年、20年若い世代を表に立てて、この国の改革に旗を振ってもらおうという発想が望ましいのではないか。

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2012年2月19日 (日)

『山縣有朋の挫折』(松元崇)に教わったこと

 「誰がための地方自治改革」という副題の付いた松元崇著『山縣有朋の挫折』を読んだ。予備知識がろくにない分野なので、正直言ってよくわからないところだらけ。それでも、どういう歴史をたどって地方自治が今日の姿になったかがある程度わかった。

 近代国家になる前の江戸時代のほうが、地方自治が徹底していたという。明治維新では、これは変わらなかった。廃藩置県にもかかわらず、豊かな財力を背景に、町村自治がしっかりしていた。しかし、明治国家が日清、日露戦争で軍事力を増強するにつれ、その財源を地方に求めるようになったため、中央集権が地方の末端にまで及ぶにいたった。

 日本は開国以降、欧米の諸制度を導入した。山縣有朋は国会開設に備えて、地方自治制を立憲制の学校としようとした。分権や自治をおろそかにして国会を開設すれば、まともな議会政治を確立することはむずかしいと考えたからである。しかし、地方自治を国家の基礎とし、町村から府県へ、府県から国へと選挙を順次実施するという構想は現実政治の前に破綻した。山縣自身も変節したし、地方自治を基礎にと考える後藤新平、高橋是清も暗殺される。

 いまの日本の地方自治はおよそ自治というにはほど遠い。財源にしても、国からの地方交付税交付金などに大きく依存している。なぜ、そうなったかを本書は教えてくれる。

 地方自治をめぐる具体的な歴史の歩みはもっと複雑だが、軍備増強や戦争以外に、庚戌の大洪水(明治43年)、関東大震災(大正12年)による損害が、日本国の歩み、地方自治をめぐる歩みに大きな影響を及ぼしたことを知った。

 大洪水では、東京の下町のほとんどが泥の海に化したという。浸水家屋27万戸、家屋の全半壊・流失4000戸弱、被災者150万人、死者・行方不明1100名余。昨年のタイの大水害を思わせる。

 また、関東大震災は罹災者340万人、死者・行方不明10万人余、損害額はGDPの3分の1を超えるものだった。関東大震災によって、「第一次世界大戦後に戦勝国の一員として一等国になったはずのわが国は、再び以前と同様の財政的な敗戦国に転落してしまった。後の昭和の金融恐慌も金解禁不況も、いってみれば、財政的に再び敗戦国になった状況の中で無理をしたことによって招き寄せてしまった問題であった」。この記述は、今後起きると予想されている関東直下型大地震を想起させ、不気味である。

 

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2012年2月18日 (土)

一体改革大綱の閣議決定

 野田内閣が17日の閣議で「社会保障と税の一体改革大綱」を決定した。これを受けて、さっそく岡田副総理、小宮山厚生労働相、安住財務相らが地方に出かけて対話集会を始めた。民主党の内部には消費税引き上げに反対する議員がかなりいるため、一体改革、なかでも消費税増税を実現するのは容易でないが、財政危機を踏まえ、野田総理らが勝負に出たことは評価したい。

 さて、その一体改革大綱だが、「第2部 税制抜本改革」は①社会保障には財源が必要で、負担なくして受益はない、②給付は高齢者中心、負担は現役中心の制度を見直し、世代間・世代内の公平性を確保する必要がある、③我が国財政の健全化は一刻の猶予も許されない―として、特定の人に負担が集中せず、経済活動に及ぼす歪みが小さい消費税を引き上げて社会保障の安定財源にすると述べている。

 具体的には、2014年4月1日より8%に、15年10月1日より10%に上げる。そして、「今回の改革に引き続き、次の改革を実施することとし、今後5年をめどに、そのための所要の法制上の措置を講じることを法案の付則に明記する」(朝日新聞2月18日朝刊)という。高齢化のさらなる進行や財政の健全化を考えれば、消費税をさらに引き上げるしかないことは明らかである。それをほのめかした個所だろうか。

 一体改革は、全体としては、税制を変えることによる税収増を社会保障の強化に充てるという構成である。即ち、消費税引き上げ以外にも、税収増を図るため、相続税の基礎控除を下げるとか、高額所得者の税率引き上げ、証券優遇税制の廃止、所得水準の高い国民健康保険組合への国庫補助引き下げなどを盛り込んでいる。他方、給付付き税額控除の導入(それまでは簡素な給付措置)、基礎年金の低所得者への加算、有期労働契約など雇用対策の見直し、子育て支援など、歳出増につながる政策を列記している。

 だが、単に「検討する」程度の政策もある。したがって、個別の政策ごとの税収増の金額や、社会保障改革の個々の歳出増をいくらと見込んでいるのか、一覧表にして示してほしい。それがあれば、「負担なくして受益なし」になっているかが判断しやすい。

 政府は消費税をすべて社会保障に振り向けるという考え方である。それだと、国の借金を減らすほうに1円も回らない。それで、2020年度までに基礎的財政収支を黒字化するなどの財政健全化目標を達成できるのだろうか。絶対にノーだと思う。

 社会保障を充実して安心できる社会にすることが新たな成長の基盤となるという大綱の認識は認める。だが、財政破綻を防ぐには、ゆるんでいる財政規律をただして放漫な歳出を適正化するとか、税・公的保険料の徴収漏れを小さくするための体制を整えるとか、現在の政府の問題に本気で取り組むべきだろう。

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2012年2月15日 (水)

日銀がインフレ目標を導入したが‥

 日本銀行が2月14日の政策委員会・金融政策決定会合で、消費者物価の前年比上昇率が1%となることをめざし、強力に金融緩和を推進すると決定した。白川総裁は、FRBの金融政策運営の枠組みをインフレーションターゲティング(インフレ目標)と呼ぶなら、日銀の今回の措置もそれに近いと言えると述べている。

 しかし、日銀の発表した文書、「「中長期的な物価安定」について」および「金融緩和の強化について」を読むと、もってまわった言い方をしていて、なんともわかりにくい。素人としてはまいってしまう。従来は「中長期的な物価安定の理解」と言っていたのを、今回「中長期的な物価安定の目途」に変更したという。

 では、「中長期的な物価安定の目途」は何のことか。それは、「中長期的に持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率」だそうだ。具体的には「消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあると判断」しているという。わかりにくい言い方だ。上昇率と言えば必ずプラスのはずだから、「前年比2%以下の上昇率」と言ってくれるといい。

 また、「中長期的な物価安定の目途」は消費者物価が前年比2%以内の上昇率だと言ったあとに、「当面は1%を目途とする」と追加している。だが、なぜ、当面、1%を目途とするのか、説明がない。

 そして、当面の目途である前年比1%の上昇が「見通せるようになるまで、実質的なゼロ金利政策と金融資産の買い入れ等の措置により、強力に金融緩和を推進していく」としている。この日の発表によれば、資産買い入れ等の基金を10兆円程度増やして65兆円程度にした。買い入れ対象は長期国債という。一方で、すでに日銀は毎月、1.8兆円ずつ長期国債を買い続けている。この毎月の定額購入と基金による長期国債購入との2つの経路を設ける理由は何か、説明がほしい。

 ところで、発表資料には、デフレ脱却は「成長力強化の努力と金融面からの後押しを通じて実現されていくもの」と述べ、すう勢的な成長率低下という長期的・構造的な課題に取り組むことなしにはデフレから脱却するのは困難だと示唆している個所もある。そうなら、今回の政策転換の効果にはあまり期待できないことになるのではないか。

 岩田規久男著『デフレと超円高』はデフレ対策としてインフレ目標を設定すべきだとし、それを実現するためにはマネタリー・ベース(現金+日銀当座預金)を持続的に増大すべきだと主張している。しかし、日銀が言う金融緩和にはマネタリー・ベースの増大が含まれていないようだ。そんなこんなを考えると、日銀はインフレターゲティングに及び腰のようだ。

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2012年2月12日 (日)

結婚相手として人気が高まる?公務員

 婚活女性の相手として人気がある男性の職種は、第一に医者、第二に弁護士、第三に公務員とか。民主党がマニフェストに掲げた公務員の給与総額を2割削減するという約束はいまだに果たされず。岡田克也副総理は、2割削減の実施は困難だと逃げ腰だし、マニフェスト厳守を主張する小沢一郎衆議院議員も公務員の給与2割カットをやろうと言ったことは一度もない。これでは婚活の対象として公務員人気が高いはずだ。

 日本のエレクトロニクス産業の最大手、パナソニックは今期に7800億円もの連結赤字を計上することになりそうで、日本国内でも大幅な人員整理は必至。すでに昨年あたりから、55歳以上の管理職はとても同社にいられない状況だとか。子会社や関係会社に行けても、転籍をよぎなくされ、給与も大幅ダウンになっているらしい。民間企業においては、業績が苦しい会社の社員は当たり前のように、こうした厳しい目にあっている。

 これに比べ、公務員の優雅なこと。文芸春秋3月号に載った浅尾慶一郎「年金・公務員改革で消費税増税は不要になる」を読んでいたら、内閣府調査によると、全国雇用者報酬は2009年に平均452万円であるが、公務員のそれは999万円だという。

 しかも、公務員は民間と違って退職までずっと給与が上がり続ける。定年が延びれば延びるほど給与が増え、退職金も増加する。上記記事によれば、国家公務員法上、勤務成績が良好な者は昇給することになっているといい、「勤務成績が良好」とは、人事院によると、「1年間で40日以上の欠勤がない」ということだそうだ。「ウッソー」と言いたくなる。これでは公務員を3日やったらやめられない。ギリシャ並みの公務員がさぞかし沢山いることだろう。

 公務員は年金保険料率も低いし、健康保険の料率も低い。しかも基礎年金分を除く年金支給額は高い。国・地方公共団体がカネを追加投入しているからだ‥‥。浅尾論文を読むと、結婚相手として公務員の人気が高いわけがよくわかる。

 同論文には、国税庁と日本年金機構を合併して歳入庁にし、法人データを活用して厚生年金と協会けんぽの徴収漏れをなくせば、年間12兆円弱の収入増になるなど、財政再建に寄与する改革案が提示されている。

 財政危機の深刻さを踏まえると、私は消費税の10%への引き上げがやはり必要だと考える。それと並行して、官僚の既得権益をはく奪するとか、社会保障制度の悪用などを解消するとか、歳出、歳入の両面での不公正を厳しく追及し、改めることも焦眉の課題である。そうしてこそ国・地方自治体の財政状況を多少とも改善することができる。 

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社説が国家権力の側に立つのはどうも

 2月11日の朝日新聞は社説で「東電国有化 ゴネ得を許すな」との見出しで、東電を糾弾している。「焦点は、国費の注入で国がどこまで経営権を握るかだ」とのこと。賠償資金を支援する国の原子力損害賠償支援機構が東電の議決権の3分の2以上を握る株式の取得を主張しているのに対し、東電は、国が拒否権を行使できる3分の1までとするよう抵抗しているという。

 そして、「死に体となった企業なのに、なぜ勝手なことを言うことが許されているのか。」、「ゴネ得もいいところではないか。」、「東電には自力で賠償や廃炉費用をまかなう能力はない。破綻処理が筋だ。存続させたところで問題の先送りにすぎない。」などと激しい表現が続き、枝野経済産業相の「金を出す以上、口を出すのは当たり前」との言葉を引用したあと、「3分の2以上の株式が握れないのなら、税金投入をやめるべきだ。」と締め括っている。

 社説は、「そもそもボタンのかけ違えは、早い段階で東電を実質破綻企業と断じて、公的管理下に置かなかったことにある。」、「東電を温存すれば、満足に投資できない不健全な企業が居座ることになる。電力市場への新たな事業者の参入による経済の活性化や雇用創出を妨げる。」という見解に立っている。

 しかし、電気事業法などにしばられているとはいえ、民間企業が電力事業を営むよりも、国が経営権を握った企業、つまり国営企業のほうがいいという根拠はどこにあるのだろうか。国鉄の民営化などをみても明らかなように、国が経営するよりも、民間企業が電力事業を営むほうがいいに決まっている。発送電分離などの議論は、東電を破綻させなければできないという話ではない。

 フクシマの原発事故は、言うまでもなく、当事者の東電に最大の責任がある。しかし、国にも責任があることは明白である。原子力安全・保安院などの関係部署がきちんと機能していれば、ここまでひどい事故は起きなかっただろう。また、電力会社は公益事業として国の監督下にあり、国は電力会社の経営に干渉してきたから、電力会社は国の顔色をうかがい、必ずしも主体的に経営してはいなかった。

 また、原発にはリスクがあるが、そのことをあいまいにしないと、発電所の立地がむずかしい。地元もカネと引き換えにリスクに目をつぶってきた。電力会社、政府、地元の三者がリスクを言い立てないようにするという構造が、事故を招く土壌を培ってきたとも言える。したがって、朝日の社説が「ゴネ得を許すな」と一方的に東電を弾劾するのは、権力的な発想としか受け取れない。

 「東電には自力で賠償や廃炉費用をまかなう能力はない。」という。その通りである。しかし、チッソが国の支えで存続し、賠償の支払いを続けてきた例もある。東電へ国が出すというカネも、半分は国債発行でまかない、将来世代へツケ回しする類いのものである。それよりも、東電ができるだけ自前で将来にわたって賠償するように仕向けることが、東電の事業活力を確保し、国の財政負担を少なくする道につながるように思う。

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2012年2月 4日 (土)

「おおたオープンファクトリー」で中小工場を見学

 東京都大田区は中小企業の工場が集積している有名な地域。ピーク時、9千余あった工場はいまでは4千強にまで減っている。このため、地元では、ものづくりの街を振興するため、年に1回、工場の一般公開を行なっている。ことしは2月4日、大田区下丸子・矢口地区で「おおたオープンファクトリー」があった。

 今回は16の工場が一般見学を受け入れた。予約し、限られた時間帯のみ見学できるというところもあったので、そんなに沢山、見学することは難しい。だから、8工場しか訪れることができなかったが、それらを見学して、とてもよかった。

 日本のものづくりは中小企業に支えられているというのは常識だが、それを実感することができた。夫婦だけで運営しているある工場は精密かつ強度や軽さを求められる機械部品を作っている。いまの工作機械はすぐれものだが、ものによっては、人間の手のほうが巧みに加工できるという話を聞いた。

 金属の切削加工を行なうある工場は、父と息子の2人で経営している。よそで3年修業し、父のもとに帰ってきた息子はまだ1年しか経っていないが、すぐれた技術を身に付けている父親を尊敬していた。祖父はもっとすばらしかったという。中小企業は農業と同様に後継ぎがなかなかいないといわれるが、この工場のように、後継ぎができるのはうれしい限りだ。

 印刷から製本までを行なう印刷会社では、自動化された工程が興味深かった。この会社をはじめ、オープンしてくれた工場は見学者にほとんど包み隠さず見せてくれた。ボールねじの会社は経営者や従業員がほとんど全員、見学に対応してくれた。

 小規模の工場は街中の住宅と大して変わらない広さなので、どこも、ところ狭しと工作機械などが並んでいる。大企業の工場とは全く違う景観である。もっとも、窮屈とはいえ、無駄がないという感じもした。

 いまでは住宅街の中にいわゆる町工場がポツン、ポツンと孤立した形で存在している。これからも減る傾向は改めようがない。しかし、ネットワークが個々の工場を結び付けており、そうした中で、それぞれが自らの得意技で生きていけるとすれば理想的である。大田区のものづくりはグローバルな競争のもとで自らの得意技を強固なものにすることではないか。

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2012年2月 3日 (金)

「大幅に社会保障費を削減すれば消費税は25%でも良い」(小林)

 2月2日付け朝日新聞朝刊のインタビュー記事「国債暴落に備えよ」で、小林慶一郎一橋大学経済研究所教授が財政再建のためには、「(消費税を)30%以上にしなければ再建できないという経済学者もいます。私は、大幅に社会保障費を削減すれば、25%でも良いと考えています」と語っている。

 インタビュー記事の主見出しは、小林教授の発言を要約して、「高金利やインフレ 生活が壊れる前に 消費税は25%に」となっている。

 現状は消費税を10%に上げるのにも難渋している。「政治家も官僚も有権者も将来より、目先の選挙や利益を重視しがちです。これは民主主義の限界かもしれません」と言い切る小林氏は「政治的思惑に影響されずに、専門家が中立な立場で将来の財政を考える機関が必要です」と提案している。全く、その通りだ。

 「財政改革ウォッチャー」は以前、経済学などの学者・研究者が結集して、危機的な財政を立て直すための提言をすべきだ、それは彼らの社会的責任である、と指摘した。歳出を厳しく切り詰め、消費税を大幅に引き上げなければ、この国の財政は間もなく破綻する。朝日新聞のインタビュー記事はその“本当のこと”を一般読者に知らせようとしたという意義があるが、専門家たちは早く蛸つぼから出て、財政再建のための共同宣言や共同提案をすべきである。

 小林氏は財政破綻時のダメージを緩和する政策として、対外資産(外貨建て資産)を大量に買い入れる基金を官民でつくることを提案している。「官民合わせて数百兆円から1千兆円程度の対外資産を持つことが望ましい。基金はその呼び水」という。

 金融機関や大企業は円高を生かして外国企業の買収など、円で外貨建て資産を購入している。政府の戦略会議も円高対策として、外貨建て資産購入を可能とする50兆円の金融危機予防基金の創設を提案したりしている。こうした動きに拍車をかけることはリスクヘッジとして必要だろう。

 経済学者などの専門家は、小林教授の提案をもとにして、この指とまれ、と結集し、財政再建の具体的な道筋を政府や国民に提示してほしい。それがどんなに厳しい道のりであろうとも。それすらないので、政治は混乱に混乱するだけであり、国民の民主政治への不信もどんどん高まる。

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