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2012年3月29日 (木)

介護事業者の苦労話を聞く

 東京都および埼玉県で介護事業を営んでいる方から、事業の現状や苦労話、そして、高齢者の介護に関する改善提案などを聞いた。以下、耳に残った点を紹介する。(私自身は介護保険や介護事業にくわしくないので、誤解している個所があるかもしれない)。

・介護報酬が低いのでヘルパー集めが大変。自分の施設で養成事業もやっている。優秀な人は、わが施設で養成した人だ。ハローワークなどから人材派遣の紹介も受けているが、人物を見分けるのが難しい。内定しても、すぐ、よそに行く人がいる。派遣は期間限定なので、なるべく頼りたくない。報酬を上げねば、職員の質はよくならない。

・うちは正職員が7割以上で、ボーナスも払っている。職員の年収は60歳代が500万円弱、20歳代前半の新人で250万円ぐらい。月20万円なら生活保護と変わらない。職員がきちんと暮らしていけるか、私は気にしている。それでも、これらの給与は介護報酬だけでは払えない。グループホームとケアハウスを兼ねることで捻出している。

・グループホームを始めて5年になる。認知症の方たち9人が一緒に生活している。職員は昼3人、夜1人で、5勤2休。入所者は5年も経つと身体が弱ってくる。寝たきりになる人も出る。すでに3人がここで最後を迎えた。グループホームは利用者を集めるのが大変。

・デイサービスは現在9人を受け入れている。営業時間は9時ー16時で、職員は6人、勤務は8時30分ー17時30分(休憩1時間)で残業なし。6人のうち、職員が3人、パートが2人、食事づくりが1人。常に3人はいなければならない。

・訪問介護も行なっている。ヘルパーが一番いやがる仕事だ。男のヘルパーが行くと、女性は介護されるのをいやがる。女性のヘルパーが行くと、風呂に入れられないし、被介護者から、金品を持っていったと非難されたりすることがあるからだ。訪問介護事業は時間割をつくるのが大変。いまは、洋菓子会社の元営業部長がいて、緻密な割り振りをしてくれるので助かっている。

・志をもって民間事業に入ったので、利用者本位で運営している。8時間/日の中で一杯いっぱいに頑張っている。しかし、役所のチェックは記録、書類づくりを重んずる。彼らはわれわれのところに来たら、記録書類を見るだけ。実地指導のほうが大事だと思うが。役所は建て前を重んじるだけである。本当は顧客満足度が大切である。

・聞くところでは、特別養護老人ホームはもうかっている。食費でもうけているからだ。食費は厚生労働省の管轄外で、大体1人あたり月に4万円をとっている。だが、実際にはその3分の1しかかからないから。

・グループホームの介護士が地域で訪問介護できるようになるといいと思う。でも、役所は縦割りなので、実現しない。ヘルパーの資格を持っている人がたくさんいるが、自分の親を介護すると報酬が出ない。ドイツでは出る。日本も、国民全員が小中学校のときに、ヘルパーの資格をとり、親の面倒をみればいいと思う。

・フィリピン、韓国の人を雇っている。彼らは本当にやさしい。宗教がきちんとしているからだ。介護の仕事をするのに、日本人よりもいい。ただ、介護の記録を日本語でつけなければならない。それがネックになっている。役所のチェックだと、それがマイナスに評価されてしまうから。

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2012年3月26日 (月)

「1年で脱原発」は政府の無能のせいで実現へ

 東京電力柏崎刈羽原発6号機が3月26日に定期点検のため停止した。この結果、稼働している原発は北海道電力泊原発3号機だけになった。これも5月上旬までに停止するので、その時点で、原発54基すべてが止まり、日本は世界に先駆けて“脱原発”を実現することになる。

 昨年5月31日のブログのタイトルは「ドイツ以上に速い? 日本の脱原発」というものだった。日本では、定期検査をほぼ終えて、いつでも運転開始できる原発がいくつかあるが、地元自治体や地域住民の納得が得られず、運転再開はきわめて難しい、と書いた。そして、「そうであれば、日本の脱原発は1年ぐらいで実現する」と書いた。その予想通りに推移している。

 フクシマを受けて、ドイツの政府は17基ある原発を順次止めていき、遅くとも2022年までに脱原発を実現すると決めた。そうした段階的な対応について電力会社側も納得した。しかし、日本では、政府は規制官庁のストレステストをパスした原発の運転を認めようとしていて、脱原発の方針も、その具体的なステップも提示していない。しかし、原発への不安を抱える地元の運転再開反対が脱原発を推進する形になっている。結果として、今後の電力供給が需要を賄えるかどうか、ユーザーに無理な電力消費削減を押し付けることはないか、などの問題が起こりうる。

 したがって、政府は、日本の今後のエネルギー供給はどうあるべきか、その中で、原発をどうするか、という重要な課題に対して、国民にきちんとした方針を示すべきである。ドイツのように、30年を過ぎた原発は廃止し、その他はいついつまでに廃止するといった、具体的な脱原発なり脱原発依存なりのスケジュールを示したほうがいい。さもないと、ことし5月上旬に原発ゼロとなったあと、どの原発も地元の反対で永久に再開できないという可能性も十分出てくる。

 ところで、原発が総崩れになる事態に直面し、電力供給不足が懸念されているにもかかわらず、電力会社に危機感が乏しいのはなぜか。東電のホームページは「当面の電力需給に関しましては安定供給は確保できる見通しですが、無理のない範囲で節電へのご協力をお願いいたします」と言う。原発17基がゼロになっても、当面の安定供給はできるとのこと。夏の需給に関しても、「電力設備の確実な運転・保安に努め、安定供給の確保に最大限の努力を傾注してまいります」と述べている。

 関西電力では、4月は試算だと3%程度の予備率を確保できる見通し。気温変動などによる電力需要の急増や発電所のトラブルなど「不測の事態により、電力需給が逼迫することが考えられます」としながらも、「ご無理のない範囲で、引き続き節電・省エネにご協力いただきますよう‥‥」と述べているだけである。

 通勤ラッシュ時の電車と同じように、電力会社も電力使用のピークに合わせて発電設備を備えている。そのピークがうんと低くなれば、原発ゼロでも供給可能である。そのあたりの実態が国民に明らかにされていない。枝野経済産業相は夏でも強制的な供給制限は必要ないと言っているが、それはこのあたりの事情を知っているからかもしれない。電力会社は、国民に、夏のピークが原発なしで無事切り抜けられる見通しを持っているなら、それを明らかにすべきだろう。 

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2012年3月23日 (金)

AIJに見る厚生行政の罪深さ

 いまから20年近く前のことだが、鈴木永二日本経営者団体連盟会長が「ひどいじゃないですか」と立腹していて、以下のような事情を話してくれた。

 首都圏にある中小企業の事業組合が厚生年金基金を設立しようとして厚生省に申請したが、いつまでたっても認可されず困っていた。鈴木氏が関係している団体なので、そのわけを聞いたら、所管官庁である厚生省は天下りを受け入れないと認可してくれないという。天下りの条件として年収まで指定してくるという話だった。

 この団体は、いつまでも基金設立が決まらないのでは困るから、やむをえず天下りを受け入れて認可を得た。しかし、腹の虫がおさまらない鈴木氏は、ある会合で一緒になった厚生省の年金関係の局長に苦情を言った。それに対し、同局長は「そちらから、是非、人を派遣してくださいという要望書が出ているので、それに応じただけですよ」と“ぬかした”そうだ。大企業以外の設立申請に対しては、申請書類に「人材割愛願い書」を添付しないと、なかなか認可しなかったのである。ちなみに、割愛願いの用紙は、厚生省が印刷したもので、認可申請書類と一緒になっていた。

 いま、AIJ投資顧問のでたらめな資産運用で多くの厚生年金基金が打撃を受けている。そうした厚年基金のうち、かなりの数が厚生省・社会保険庁の天下りを受け入れている。天下った彼ら一人ひとりにどれだけの責任があるかはさておき、厚生省(いまの厚生労働省)が厚年基金を自分たちの新たな天下り先とみなしていたことは確かだ。真に労働者・国民の利益第一に考えて厚年基金の仕組みをつくったわけではない。

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2012年3月19日 (月)

春闘のヤマ場を過ぎて

 20年近く前のこと、米国の労働組合幹部の話を聞いたことがある。同国の労働者の3分の1は睡眠薬を常用している、と。レイオフが簡単に行なわれる同国では、明日にでもクビになるのではないかという不安が労働者に強いからだという。米国は転職しやすい。それでも、突然、クビになるのは精神的に大きなショックなのだろう。その点、長期雇用の日本はいい、と当時思った。

 だが、その頃と比べ、日本も大きく変わった。デフレが長く、いつの間にやら、非正規労働者が働く者のおよそ3分の1を占めるようになった。労働組合のメンバーも1千万人を割ってきた。公務員は別として、長期雇用のもとで安心して働ける民間労働者は減る一方である。自ら望んで派遣やパートで働く人々もいるが、非正規雇用よりも、正社員になり、ずっと続けて働けるのを求める人たちは多い。転職の市場は以前に比べ広がったとはいえ、まだまだ転職は不利とみられている。

 それなのに、最近の調査では、大学を卒業し、就職してから3年以内にやめる人が約3分の1もいるという。大人たちは「石の上にも3年」というように、少なくとも3年は我慢しなさいと諭す。私も、大学に勤めていたとき、就職活動をする学生に対し、同様なことを言っていた。我慢できなくてすぐ辞める人だ、と思われたら、転職は難しいよ、と学生や卒業生に言ったことを覚えている。

 しかし、若者が厳しい就職活動を経て、大学を卒業して会社に入ったにもかかわらず、じきに辞めてしまうのはなぜだろうか。家庭でも社会でも甘やかされ、忍耐力などが足りないという見方もある。また、高い労働密度、長時間の残業、厳しいノルマなどに追われ、プライベートな時間がほとんど持てないという非人間的な暮らしに嫌気がさしたのかもしれない。先輩の指導で少しずつ力を付けていくという育成の過程なしに、一人で仕事をこなさねばならないしんどさに疲れたということもありうる。

 いずれにしても、次代を担う若者が意欲的に職場で働くことによって富を生み出し、自身の労働能力をも高めていくというステップが壊れつつあるのは、日本経済にとって憂慮すべきことである。日本型経営の限界が現われたとも言える。

 ことしの春闘はヤマ場を過ぎた。残念ながら、連合をはじめとする労働運動は、定昇を守るとか、受け身の運動が中心で、新たに職場に加わってくる若者たちがやる気を起こすような職場づくりには無関心である。日本の将来、会社の将来を考えれば、若者が意欲的に働く、活気ある職場にすることが労働運動の目的の1つであろうに。

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2012年3月17日 (土)

熊谷徹氏の著書で知ったドイツの原発廃止の背景

 『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四十年戦争の真実』(熊谷徹著)はフクシマを機に、ドイツが改めて原子力発電の廃止(2022年末までに全廃)に踏み切った歴史的経緯を紹介している。同書で一番参考になったのが最終章の「第4章 はじめにリスクありき――日独のリスク意識と人生観」である。以下、私なりの要約を――

 ドイツ人は「はじめにリスクありき」の意識が強く、リスクに対しては最悪の事態を想定してその最小化に努めるという。そして、原子力発電のリスクについては「安全に制御できない」という悲観主義から、廃止する以外にないという結論につながったという。

 ドイツ人には悲観的な人が多い。なぜ、ドイツでは他国に比べ、悲観的で不安を抱きやすいのか。飢餓、戦争の惨禍の記憶が世代を超えて潜在意識に残っているからだとか、危険や脅威が少なく、豊かな暮らしをしているので、些細なことで不安に陥りやすいからだとか、見方は分かれる。いずれにせよ、リスクには敏感で、それを最小化するために積極的に行動するのだろうという。

 フクシマで、連邦政府は在日ドイツ人を避難させた。リスクを最小化することを優先したからだ。ドイツでは労働法で企業などに対し、働く人たちの健康と安全を損なわないよう義務付けている。したがって、放射線による人体への影響が定かでない段階で、いちはやく避難を指示したわけである。安全と生命を守ることを基本するドイツ社会ならではのことだ。

 「ドイツ人の悲観主義、高いリスクと漠然たる不安は、最新技術に対する不信感という形で現われている」。そして「ドイツ人の技術不信は、環境保護への情熱となって表われている」。環境保護も「技術が地球と人類に及ぼす悪影響を最小にする」リスク管理の一種だという。

 熊谷氏はドイツ人と日本人が細部へのこだわりときっちりした仕事ぶりにおいても似ていると述べたあと、人生の中で重視するものが、ドイツ人と日本人とでは大きく違うと指摘する。日本人は「木を見て森を見ず」なのに対し、ドイツ人は「森を見て木を見ず」だという。原発で言えば、日本人は安全という森を見ずに、コストや効率性、潤沢なエネルギー(供給=引用者注)という木を見てきたと氏は書いている。

 末尾のところで、「フクシマ後の世界で、日本人は不安が持つ早期警戒システムとしての側面を再認識し、リスク意識を研ぎ澄まさなくてはならない」とし、日本を人間中心主義の国に変えなければ、フクシマの教訓を学んだことにはならないと言っている。

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2012年3月15日 (木)

日銀の政策転換に対する危惧

 2月の金融政策決定会合で、日本銀行はデフレ脱却に向けて相当思い切った対策を打ち出した。そのおかげで、株式相場は上昇し、日経平均株価指数が1万円の大台に乗せた。円相場も円安に転じ、80円台前半にまで戻した。サプライズ効果もあるが、それまでデフレ対策に真正面から取り組むことに及び腰だった日銀が、かなり本気になったと受け取られたからだろう。

 しかし、日銀の方向転換をもろ手を挙げて歓迎していいのか。その点について、日本経済新聞は「経済教室」欄で、「試練続く中央銀行」と題して14日に上、15日に中を掲載している。上は池尾和人慶応大学教授、中は翁邦雄京都大学教授が執筆している。偶然だろうが、珍しく似たトーンの記事である。そして、彼らが共に心配しているのは、財政再建が進まない中で、政府の国債消化に日銀が協力せざるをえなくなっていくのではないかということだ。

 池尾氏は、中央銀行が短期市場金利を低位に維持するとコミットし長期国債の購入を増やすとすると、民間金融機関はリスクのある民間向け融資よりも国債保有を増やすほうが収益が上がる、と指摘。今回の金融緩和策は国債消化と安定保有の促進策として機能するのではとの懸念を表明する。

 そして、民間貯蓄が財政赤字の穴埋めに振り向けられているとすれば、金融緩和が潜在成長率を引き下げることになりかねないと見る。また、政治的圧力をかければ、日銀が金融緩和に動くという教訓を政治に与えたおそれがあるという。

 翁氏は「金融政策だけで日本のデフレが解消するわけではない」のに、効果が顕著だった今回の経験が「デフレが続く限り、金融緩和強化への期待をあおり続けるだろう。そこに日銀のジレンマがある」と述べる。そして「(消費者物価の前年比上昇率1%という)ゴール到達が見えるまでは‥‥国債購入拡大期待は続くだろう」と言う。

 だが、デフレ脱却が展望できたら、「国債購入を平時モードに戻す必要がある」。しかし、その時点で財政再建の道筋ができておらず、日銀の国債購入拡大が国債市場の安定化に不可欠となってしまっていたらどうなるか。「金融システム安定と物価安定に深刻な矛盾が生じる」。つまり、読者としての解釈だと、とめどないインフレの到来である。

 聞くところによると、日銀の上層部は、政治的な圧力で、日銀が今以上に実質的に国債を大量に買い受ける事態に追い込まれる事態を想定してはいない。だが、財政悪化が深刻化する一方で、政治がまともに機能する状態は近い将来にはほとんど期待できない。いまの株価上昇、円高是正が定着すれば幸いだが、そうでない事態に直面し、日銀が使命とする物価安定が保てない危機が来る可能性は十分ある。

 

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2012年3月 9日 (金)

国家公務員の大幅採用減を歓迎する

 政府が2013年度の国家公務員新規採用を大幅に減らす方針を打ち出した。総務省が各府省に提示した案だと、09年度に比べ平均で7割程度の減だという。結構なことである。

 1970年頃のことだが、当時、通商産業省の局長から鉄鋼大手の役員に天下ったばかりの某氏から聞いた話。「いきなり行政改革をやろうとすると、霞が関はいまあるポストを減らされるので皆、猛反対する。その代わりに、新規採用数を半分にするとか、大幅に減らし続ければよい。それだと抵抗が少ない」と。各役所は10年とか20年のタームでみると、係長、課長補佐などのポストに充てる人が少なくなるので、否応なしにポストの統廃合を行なう。おのずと重要性の乏しい業務から手を引く、というわけだ。その話は現在でも通用するだろう。

 いまの霞が関は天下りがしにくくなり、かつ定年延長もあるので、長い目でみれば、新卒採用を減らすほうが現役にとっても好都合ではなかろうか。日本の人口が減り続けているし、デフレ脱却や経済社会の活性化を促すためにも、規制を減らしていくこと、即ち、小さい政府になっていくことは望ましい。

 失われた20年の間に、各種の業界団体が廃止されたり統合されたりした。海運、造船、鉄鋼、証券など、かつて隆盛を誇った産業でそれが顕著である。しかし、農林水産業、経済産業省や国土交通省などは、必要度の高い業務が大幅に縮小したにもかかわらず、たくさんの人員を抱えている。

 よくないのは、たくさんの人員を抱えていると、無理やり仕事をつくりだすことだ。“理屈はあとから貨車でくる”。もっともらしい理屈をつけるのは得意な連中である。とはいえ、無理して大世帯を維持している役所では、かなり士気が沈滞している様子もうかがえる。

 いつの間にやら立ち消えになったが、国家公務員を一括採用して、各府省に配属するというのは、実行する価値があると思う。省あって国なしというような縦割りの弊害をなくすこと、時代のニーズに応じて各府省の再編や人員の移動を容易にすること、などメリットは大きい。行政改革実行本部(本部長は野田首相)は行革に直結する一括採用を忘れないでほしい。

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2012年3月 8日 (木)

広がる退職給付の官民格差

 7日に発表になった人事院の調査結果によると、民間企業の退職給付は国家公務員の退職給付よりも平均して約403万円、率にして13.7%低いという。退職給付の官民格差は大きく広がっていることが明らかになった。デフレの長期化にしたがって、民間企業では賃上げどころか賃金水準が下がってきているが、公務員の給与や退職給付の制度のほうは民間準拠をさぼり、下げなかったので、官>民の開きが大きくなったのだろう。

 退職給付は民間企業における退職一時金と企業年金現価額(将来にわたって受け取る年金を現在価値に割り戻した金額のうち、事業主拠出分のみ)を足したもの。公務員では退職手当と共済職域終身年金(全額、国の負担)現価額とを足したもの。

 民間企業で退職給付制度があるのは94%、ないところが5%。企業年金と退職一時金の両方の制度があるのは47%にとどまる。また、従業員の規模が小さいほど退職給付は少なくなっている。1000人以上では退職一時金が40年勤続定年で921万円、企業年金現価額1698万円であるが、50人以上100人未満だと、退職一時金869万円、企業年金現価額251万円と相当低くなっている。国の公務員も地方の公務員も非常に恵まれていることが歴然としている。

 2003年の見直しの際も、官が民より5.6%高いという報告だった。さらに1981年見直しのときも約1割、官のほうが高いという結果であった。1973年見直しでは官は民より約2割低いということで是正措置がとられた。以後、1985年見直しでほぼ均衡という以外は、ずっと官高民低の流れが続いていたと言えよう。

 ところで、公務員の給与等を同じ公務員である人事院が判断し、実質的に決めるというのは、公正の観点からいっておかしい。また、厚生年金と共済年金との一元化は2006年4月の閣議で決定されたことだが、公務員サイドの反対で実現しないままだ。官>民のさまざまな格差を是正しないと、公務員ばかりがうまい汁を吸うというアンフェアが続き、国民の不満がたまっていく。

 最近の新聞の社会面を読むと、実にいろいろな人があれこれ悪事を働くようになっている。かつてなら、職場や地域でまじめに働いていたであろう人たちがいとも簡単に罪を犯す。貧富の差や人間関係の希薄化などで、社会の規律が弛緩し、個人の欲望がむきだしになってきたからである。国民に奉仕するはずの公務員が自らの利益追求にばかり走るのも、社会の危機に拍車をかける。

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2012年3月 4日 (日)

東京電力の新会長になる人はどんな人?

 日本経済新聞の4日付けに、「政府の議決権割合とともに勝俣恒久会長の後任選びが今後の最大の焦点となる」という記事が載っている。

 同紙によると、「政府・与党は東電の新会長について、外部の経営者を中心に人選を進めている」という。では誰になるのか、それはとても興味深い。日本で従来、会長と言えば、ほとんど社長のポストを譲ったあとに就くことが多く、主に対外活動である。

 しかし、これからの東電の会長に求められる条件は何だろうか。取締役会議長(チェアマン)としてなのか、それともCEOとしての機能なのか。

 日経によれば、「東電は福島第1原発の事故賠償、廃炉などの難題を抱えている。新会長は国会で与野党の厳しい質問にさらされるのも間違いない。経営手腕だけでなく、覚悟と胆力が求められる」とある。

 そして、電気料金引き上げの抑制、閉鎖的経営体質の変革、事故処理や賠償の円滑化、電力供給の効率化・安定化などの経営課題を先頭に立って実施しなければならない。

 それだけではない。電力事業の分割・再編、脱原発、エネルギー革新、コストダウンなどの問題にも進んで当たらねばならない。それらの諸課題に、東電が自己変革を遂げつつ、適切に対応していくように引っ張っていける人物というのが期待される新しい会長像らしい。

 東電は民間企業といっても、公益事業であり、つぶれる心配もなく、殿様商売をしてきたことは確かだ。したがって、企業風土を大きく変え、上記の経営革新を遂げる必要があるのはよくわかる。だが、国会、経産省などの監督官庁、金融機関などとの対応もできることが期待される。そして、言うまでもないが、電力事業についてきちんとした知識を有していなければならない。果たして、そんなスーパーマンがいるのだろうか。

 これまで同じ民間企業同士として東電の役員たちと付き合ってきた人が、東電の経営をほぼ全否定する役割の会長になるというのは、心理的に抵抗がある。その面からも、引き受ける企業経営者は少ないだろう。民主党政権に対する経済界の評価も低い。国民の評価も同様に低い。火中の栗を拾うとは、こういうことかもしれない。

 そんな風に考えていくと、東電を国営ないし国有企業化して、総合特別事業計画などで同社の抜本改革を行なうため、民間から新会長を送り込むというのは、どこか無理があるように思えてくる。

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