« 日銀の政策転換に対する危惧 | トップページ | 春闘のヤマ場を過ぎて »

2012年3月17日 (土)

熊谷徹氏の著書で知ったドイツの原発廃止の背景

 『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四十年戦争の真実』(熊谷徹著)はフクシマを機に、ドイツが改めて原子力発電の廃止(2022年末までに全廃)に踏み切った歴史的経緯を紹介している。同書で一番参考になったのが最終章の「第4章 はじめにリスクありき――日独のリスク意識と人生観」である。以下、私なりの要約を――

 ドイツ人は「はじめにリスクありき」の意識が強く、リスクに対しては最悪の事態を想定してその最小化に努めるという。そして、原子力発電のリスクについては「安全に制御できない」という悲観主義から、廃止する以外にないという結論につながったという。

 ドイツ人には悲観的な人が多い。なぜ、ドイツでは他国に比べ、悲観的で不安を抱きやすいのか。飢餓、戦争の惨禍の記憶が世代を超えて潜在意識に残っているからだとか、危険や脅威が少なく、豊かな暮らしをしているので、些細なことで不安に陥りやすいからだとか、見方は分かれる。いずれにせよ、リスクには敏感で、それを最小化するために積極的に行動するのだろうという。

 フクシマで、連邦政府は在日ドイツ人を避難させた。リスクを最小化することを優先したからだ。ドイツでは労働法で企業などに対し、働く人たちの健康と安全を損なわないよう義務付けている。したがって、放射線による人体への影響が定かでない段階で、いちはやく避難を指示したわけである。安全と生命を守ることを基本するドイツ社会ならではのことだ。

 「ドイツ人の悲観主義、高いリスクと漠然たる不安は、最新技術に対する不信感という形で現われている」。そして「ドイツ人の技術不信は、環境保護への情熱となって表われている」。環境保護も「技術が地球と人類に及ぼす悪影響を最小にする」リスク管理の一種だという。

 熊谷氏はドイツ人と日本人が細部へのこだわりときっちりした仕事ぶりにおいても似ていると述べたあと、人生の中で重視するものが、ドイツ人と日本人とでは大きく違うと指摘する。日本人は「木を見て森を見ず」なのに対し、ドイツ人は「森を見て木を見ず」だという。原発で言えば、日本人は安全という森を見ずに、コストや効率性、潤沢なエネルギー(供給=引用者注)という木を見てきたと氏は書いている。

 末尾のところで、「フクシマ後の世界で、日本人は不安が持つ早期警戒システムとしての側面を再認識し、リスク意識を研ぎ澄まさなくてはならない」とし、日本を人間中心主義の国に変えなければ、フクシマの教訓を学んだことにはならないと言っている。

|

« 日銀の政策転換に対する危惧 | トップページ | 春闘のヤマ場を過ぎて »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 熊谷徹氏の著書で知ったドイツの原発廃止の背景:

« 日銀の政策転換に対する危惧 | トップページ | 春闘のヤマ場を過ぎて »