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2012年4月25日 (水)

奥井礼喜氏の話を聞いて

 仕事、組織、労働組合、暮らしなどを切り口に日本社会の問題点を追究している奥井礼喜氏(ライフビジョン)の話を聞いた。なかなか刺激的だった。話の中から、3つぐらいの点を紹介する。ただし、私なりの解釈、受け止め方によるので、誤解していることもあるかもしれない。

 1993年ぐらいから産業界の職場はモラルダウンしたままだ。マネジメントがない、コミュニケーションがない、士気が低い、の3点セットである。統計によると、恒常的な長時間労働、不払い労働、有給休暇をとらない・とれない、パワハラ、が顕著だ。いまや、働かせていただくということになっていて、これは労働組合の大きな課題になっている。1990年代から労使対等はうやむやになっている。

 いま労働運動が元気がないのは、前の時代の人たちの頑張りが足りなかったせいだ。1960年代の労働組合は職場委員がいて労働学校をやっていた。憲法、労働法、就業規則、労働協約を勉強した。70年代になると、福利厚生、賃金のほうの勉強になった。そして80年代には、労働法や賃金などについて勉強することもなく、若い人たちは憲法、労働法などの基礎的な知識を持っていない状態になった。

 かつて、労働法の大家たちは「憲法、労働法には立派なことが書いてあるが、しょせん紙切れ。それを現実に手に入れるのは君たちの双肩にかかっている」と言っていた。制度があればうまくいくなんて考えるのはとんでもない。また、長い間、経済闘争ばかりだったのが一番まずかった。

 いまの憲法ができたとき、基本的人権を喜んだ人はほとんどいなかった。いっきに民主主義の国になるわけがない。日本人はいまだに事大主義、横並び主義、功利主義。なんでも損得勘定だ。そして、状況に合わせて生きようとする。日本では、個人主義はまだまだ。自己中心主義とごっちゃだ。明治時代、日本は欧米から目にみえるハードは真似たが、そのソフト面は学ばなかったからだ。

 いまや賃上げがほとんどないから、賃上げは働く者にとってインセンティブにならない。労働意欲を高めるインセンティブにならないということだから、経営側は賃上げ抑制を喜んでいてはいけない。また、いまの人事部は現場に出ない。労働組合のほうも、職場に行けというといやがる。欧米では、一人ひとりが個性を持った人間であることを前提に人事労務政策を行なうが、日本は上からバッとやるだけ。上意下達が当然という考え方が日本人にはある。 

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コメント

意思のあるところに方法はある。(Where there’s a will, there’s a way).


英米人は、意思を比較して個人を選出して責任者とする。


意思は、表明できる。議論の対象になる。


議決により意思決定は可能になる。



日本人には、意思はないが、恣意 (私意・我儘・身勝手) がある。


日本人は、序列を定めて裁量権を与え、恣意により運用させる。


恣意は、表明できない。腹の底にたまっている。


議論は不毛になる。談合により腹の探り合いをして、恣意を摺合せる。


これにより隠ぺい体質者は急場を打開する。日本人の頭の中には急場と場当たりしかない。



意思は、未来時制の内容である。


日本語には、時制がない。日本人には、意思がない。


意思がなくては、社会の意思決定にも難渋する。先送りとなる。



意思を示せば、当事者となる。


意思を示さなければ、傍観者となる。


我が国は、世界にあって、世界に属さず。



自己の意思を表明すれば責任を感じざるをえない。


意思というものの存在を認めなければ、責任の所在の追求もない。


国がひっくり返った時にも、責任者は出なかった。


とかく、この世は無責任。





投稿: noga | 2012年5月 2日 (水) 23時23分

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