« 桜が満開の上野に | トップページ | 中央銀行の役割をめぐって »

2012年4月 7日 (土)

道路新設の時代ではない

 4半世紀前、米国に取材に行ったとき、デトロイトに寄り、GMの本社を訪れた。そのとき、GMの広報担当者のクルマに乗せてもらい、デトロイトの自動車道路を走った。そして、道路がいたるところデコボコになっているのを知った。クッションがショックをやわらげてくれるので、身体が上下左右に揺れるだけのことだが、自動車王国の道路がお粗末なのを知った。

 これは、すでに、当時、米国は道路や橋などのインフラをきちんと補修するための財政的余裕がなくなっていた証左である。

 いま、日本も、道路、橋梁、上水道、下水道など公共インフラが古くなって、補修や作り替えがあちこちで必要な時期に入った。先頃、NHKが特集でインフラ危機をとりあげていたように、国、地方のいずれも、次々に表面化する傷んだインフラを補修すべきなのに、それが追いつかない。米国の轍を踏むような状況にある。

 しかし、いまもなお、日本の国、地方自治体とも、補修や作り替えに本気で取り組んでいるようにはみえない。上水道の場合、多くの自治体で、配管が古くなっていずれ大がかりな取り換え、ないしそれに類した工事が必要になる。だが、それをやると水道料金を大幅に引き上げなければならず、住民の賛同を得るのは容易ではない。そのため、水漏れが増えても、対症療法ですませている。

 首都高速道路などは高架が多く、しかも24時間、トラックなど重量の大きいクルマがたくさん走るため、傷みが速い。だが、クルマの通行を止めないで傷んだところを早期に修理することは容易でない。経年劣化が進み、きちんと手当しなければ、今後、道路や橋が壊れるような事態が増える可能性は大きい。

 一方で、日本の人口は減少に転じており、国・地方自治体の財政は借金の積み重ねで危機的な状態である。民主党が選挙のマニフェストで掲げた通り、「コンクリートから人へ」をいまこそ実行すべきときである。道路の新設、増設(2車線を4車線になど)は原則としてストップし、いまある道路の補修をきちんと行なうのを優先すべきだろう。

 官僚制度は縦割りなので、道路建設を担う役人であれば、いつでも、国全体の事情を考慮することなく、とにかく道路をつくりたがる。また、人家がまばらな地域の家庭汚水処理には合併浄化槽が経済的だが、公共下水道担当の役人は、そういう地域にも公共事業色の強い下水道を敷設しようとする。

 このように官僚は我が田に水を引く習性を持つから、官僚をしっかり統御するのが政治家のはずだ。それなのに、いまの国土交通大臣は官僚の言うがままに、道路新増設の旗を振ったりしている。野田民主党政権は、財政破綻が起きかねないことをきちんと認識し、カネのかかる新たな道路や鉄道などの建設をストップし、インフラ補修に重点を置くようにすべきである。

|

« 桜が満開の上野に | トップページ | 中央銀行の役割をめぐって »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 道路新設の時代ではない:

« 桜が満開の上野に | トップページ | 中央銀行の役割をめぐって »