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2012年7月21日 (土)

日本の労働運動の源流を「友愛労働歴史館」に見る

 わが国の労働運動の源流とされる「友愛会」が創立されたのは1912年(大正元年)8月1日。その100周年を記念した「友愛労働歴史館」が東京・港区に誕生する。オープンを前に展示を見せてもらった。

 1960年代の末ごろ、日本電気(いまのNEC)の本社にちょくちょく取材に行った。歴史館はその近くにある。確か、そのあたりにあった池貝鉄工の本社にも取材で行ったことを思い出す。芝のあたりは工場が点在していた。その一角で、日本の労働運動の源流とされる「友愛会」がスタートしたことを最近になって知った。

 鈴木文治がみじめな状態の労働者の地位向上をめざしてわずか15名の同志と友愛会を創設したのは、明治天皇が崩御してすぐのこと。場所は、ユニテリアン教会の惟心館だったという。治安警察法があり、労働者の団結は認められなかった時代である。だが、いつか労働組合に発展することを願い、修養、共済あるいは争議調停のようなところから始めていった。

 友愛会の流れを継ぐ総同盟は、日本の軍国主義化で1940年には息の根を止められたが、創設や初期の運営に、渋沢栄一、新渡戸稲造、吉野作造らが関わっていたとは知らなかった。

 また、米国のユニテリアン教会から派遣されたクレイ・マッコーレイ牧師が友愛会の設立を支援していたというのも興味深い。この教会は我々の知っているキリスト教とはかなり異なっているようで、惟心館には釈迦、孔子、ソクラテスの像があったという。ユニテリアンのミッションは人間の尊厳、進歩と発達であり、信者を増やすための布教活動をしない。侵略的な宗教とは異なるので、福沢諭吉や渋沢が日本に招聘したようだ。

 クリスチャンの鈴木文治は朝日新聞記者を辞めたあと、ユニテリアン教会関連の仕事に就いていた。その関係で、労働者の相談相手などをしながら、労働運動の必要性を見据え、惟心館を拠点に友愛会の活動を始めた。当時は、いまのような労働組合はなく、労働者個々人が友愛会の会員になるという漸進的な活動だった。それでも官憲ににらまれる危険性があった。企業と労働者との関係はまったく現代とは違っていた。

 そんな時代に、友愛会が創立時の綱領で、労働組合の相互扶助・共済活動の重要性および労働者一人ひとりの人間性向上・スキルアップを謳ったのはすごいことである。いまの時代にも通じるメッセージと言えるかもしれない。

 友愛労働歴史館は、友愛会の流れをくむ同盟(1987年解散し、連合に)までの歴史的資料に詳しい。この歴史館をざっと見たうえでの感想だが、過去100年の労働運動のすぐれた通史が読みたい。それも広い視野に立ってのものを。先人の血のにじむ苦闘から、いまの労働運動が学ぶものが非常に多いように思えるからだ。

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