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2012年8月29日 (水)

野田首相への問責決議と解散しか頭にない自民党

 参議院では29日、野田首相に対する問責決議が成立した。野党7会派が出していた問責決議案に自民党が相乗りして過半数を占めたわけである。

 消費増税にからんで、野田首相の「近いうちに国民に信を問う」との言明で民主、自民、公明の3党の合意が成立したのは今月8日。あれから1ヵ月も経っていないのに、自民党は野田首相が解散を言い出さないのにしびれを切らし、問責決議の成立を最優先した。

 自民党が相乗りした野党7会派の問責決議案はそもそも消費増税を非難している内容だった。したがって消費増税に賛成して法律を通した自民党が、いまになって野党7会派の問責決議案に賛成したというのは支離滅裂もいいところだ。棄権した公明党のほうが筋が通っている。

 自民党は1日でも早く衆議院を解散に追い込むという意向らしい。党内の有力者たちもいま解散して総選挙を行えば、再び政権の座に戻ることができるという思惑で一致しているようだ。しかし、自民党のお偉方は、いま総選挙をやれば復権できると本当に思っているのだろうか。彼らはいまも天動説を信じていて、野党になってからの3年間、何も学ばなかったのではなかろうか。

 いま、日本をめぐる内外の情勢はまことに厳しい。尖閣諸島に関して中国と、竹島に関しては韓国と、北方領土についてはロシアと、険しい外交関係にある。円高で国内の輸出関連産業・企業は縮小に追い込まれ、人員整理などが相次いでいる。フクシマ後の国内電力供給に関しては、原発依存度をゼロにすべきとの世論も強く、それが日本経済の競争力確保にどう響くかが不透明である。TPP(環太平洋経済連携協定)を含め、日本経済・社会がどういう発展経路をめざすべきか、視界不良の状態が続いている。社会保障政策も同様で、政治のリーダーシップは皆無に等しい。

 政治学者の北岡伸一氏が言うように、「日本政治は崩壊の瀬戸際まで来ている」。そんなときに、国会や政治がもっぱら政党間や政党内での足の引っ張り合いをしているのはとんでもないことだ。

 政権政党の民主党は分裂し、いまも内部抗争を続けている。自民党には、なぜ政権を失ったかの反省がほとんどない。そして、いまも自民党は既得権益擁護の発想から抜け出ていない。したがって、解散総選挙になれば、民主党も大敗北を喫するだろうが、自民党も当選者数が思惑を大きく下回ると思われる。そうした国会・政治への不信は、大阪維新の会がキャスティングボートを握るような状況を招く可能性がかなりあるように思う。

 国家の危機をどう克服したらいいのか。政治の危機をどう改めるべきか。メディアも客観報道に傾斜していて、国民に日本のめざすべき進路を考えさせるという役割を果たしていない。日本の病(やまい)は深刻である。

 

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2012年8月27日 (月)

3%の円高で製造業の設備投資は約2割減少したらしい

 財務総合政策研究所が27日に公表した研究報告(ディスカッションペーパー)は、近年(2008~9年)の円高が日本の製造業の設備投資に及ぼした効果を分析している。それによると、3%の産業別実質円ドルレートの増価で製造業の設備投資が約20%減るという影響があったという。

 市場支配力の強い製造企業の場合、約21%の減少、弱い企業では約16%の減少だった。また、製造業の大企業・中堅企業では約15%減、中小企業は約18減である。

 そのほか、研究報告はいろいろな分析結果を明らかにしているが、わずか(という言い方は問題があるかもしれないが)3%の実質円高が、そんなに国内の設備投資を減少させていたとは驚く。

 いつの間にやら、円高に慣れてしまい、80円台が70円台になっても一庶民としては気にならなくなっていた。しかし、勝手な解釈だが、円高→輸出減→収益悪化→国内生産縮小→設備投資手控えということで、国内経済に相当な悪影響を及ぼしてきているということだろう。

 日本の雇用情勢は厳しくなる一方だが、円高は製造業の雇用縮小を招いている要因の柱の1つに数えられよう。国際金融情勢から日本円が買われ円高が続いているのかもしれないが、それをやむをえないと放置していては、日本国内の製造業はさらに縮まってしまうのではないか。シャープ、パナソニック、ソニー、NECなどの経営不振もそれと無関係ではないと思う。

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2012年8月25日 (土)

2011年度の医療費3%増

 日本全体で使った医療費(概算)は2011年度に37.8兆円、前年度比3.1%増だったと厚生労働省が24日に発表した。1人当たりだと29.6万円で、前年度比3.4%増である。

 この概算の医療費は全医療費から全額自己負担の医療費や労災医療の費用などを除いたもので、全医療費の約98%をカバーしているとされる。そして、医療保険適用分が35.9兆円、残り1.9兆円が公費である。

 医療保険適用分についてみると、70歳未満が18.9兆円、70歳以上が17.0兆円かかっている。これを1人当たりでみると、70歳未満が17.9万円なのに対し、70歳以上は80.6万円と4倍以上になっている。75歳以上だけでは1年間に91.6万円に達している。

 言うまでもないことだが、1人で年間に何百万円などといった多額の医療を受けている人もいれば、ほとんど医療費のかからない高齢者もいる。それらの平均で、1人80万円~90万円かかっているのである。医科の入院だと、1日につき平均3.2万円かかっている。自己負担はその一部だけだ。

 日本社会は人口は減りつつあるが、高齢者の実数は増えている。それに高価な新治療法が導入されている。このため、全国医療費は増加の一途をたどっている。しかし、70歳以上の高齢者の多くは医療費支払いの自己負担率が1割と低いので、生産年齢人口にあたる人たちの保険料負担や自己負担率が重くなっている。

 全医療費を減らす努力もされてはいる。後発医薬品の使用促進、入院日数の抑制などだが、あまり効果が上がっていない。カルテの全面電子化による医療報酬のチェック強化や、病院に比べて高い診療所の医療報酬の引き下げなどが必要である。

 また、高齢者の自己負担率を増やすべきだし、子どもの医療費タダといった地方自治体の過剰な住民サービスを是正する必要がある。

 経済が高い成長を続けていた時代は20年以上も前に終わった。にもかかわらず、国も地方自治体も、財源がないのに社会保障を充実してきた。その結果が今日の財政危機状態である。医療のみならず、介護や年金なども同様である。消費税を少しばかり上げるぐらいでは危機から逃れることはできない。

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2012年8月23日 (木)

京浜工業地帯のナイトクルーズ

 京浜工業地帯を夜、船上から眺めるナイトクルーズ(3時間弱)におととい参加した。横浜港の象の鼻桟橋から出発し、京浜運河を北東に進む。涼しい潮風に吹かれながら、鶴見、川崎あたりまで工業地帯を左右に見ていく。

 夜なので、照明はあっても、はっきりとは見えないが、火力発電所や石油タンク群ぐらいはわかる。ほかは格別、案内がなかったので、あれは何の工場か、どこの会社か、などと、仲間たちと想像するしかなかった。

 腐っても鯛などと言ったら怒られるかもしれないが、日本の工業力の中核、重化学工業の心臓部を船から見られる観光はもっと大事にしていいのではないか。観光促進のために、どこも社名、工場名をライトアップすることを奨める。クルーズ会社が“工場萌えクルーズ”などというのもいいが、立地している各工場の幹部は観光重視へと意識改革を求められる。

 昔話だが、高度成長時に、東芝が完成したばかりの重電機工場を見学に行った。また、日本鋼管(現JFE)が扇島に建設したばかりの製鉄所を見学した。今回、それらの工場を運河の船上から見ることができ、懐かしかった。

 船が出港すると、横浜ランドマークタワーや観覧車、あるいは氷川丸などが色鮮やかな夜景を演出している。川崎方面から船が戻ってくるときも、この横浜の夜景は華やかで美しい。ことに観覧車の照明が海に向かってさまざまな色どり、模様をみせているのには感心した。出発してまもなく、三日月の落ちるのと重なった夜景も見事だった。

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2012年8月21日 (火)

「和本リテラシー」の重要性

 江戸文芸の研究者である中野三敏九州大学名誉教授の話を聞いた。「近代日本人にとって江戸はどんな存在であったか」という、いささか大仰な題目だったが、氏が一番言いたかったのは「和本リテラシー」の回復である。

 「和本リテラシー」って何?と思うが、これは中野氏の造語だ。江戸時代の書物を見ると、草書体の漢字とくずし字の平仮名とがズラズラと書き連ねてある。例えば、平仮名の「あ」は「安」をくずして書いたものであるし、「阿」のくずした文字も「あ」と読む。「太」のくずし字は「た」であるが、「多」、「堂」のくずし字も「た」と読む。こうした文字表現で書かれた文書、書物を読める能力を「和本リテラシー」と呼ぶ。

 中野氏によると、明治33年(1899年)、国の小学令(官報)で、一音一字の平仮名字体に統一された。いま私たちが読み書きしているのがそうである。したがって、それ以降、学校教育では草書体とくずし字の平仮名とがまじった文書を読む教育が行われないまま100年以上経った。というわけで、例えば、樋口一葉の日記や手紙は、現代の私たちには全く手も足も出ない文字表現になっているから、専門家を介してしか、読み取れない。

 300年近い江戸時代がどんな時代であったかを知るには、その時代に出版された書物や手紙、日記など、今日まで残っているものを読むことが必要不可欠である。しかし、明治33年を境に、そうした文字情報を読むリテラシーが急速に衰え、今日に至っている。中野氏によると、和本リテラシーを備えた人は日本全体で5千人以下だろうという。研究者といえども、リテラシーを欠いている人は少なくないとか。

 英語など外国語が読める人口と比べると和本リテラシーを備える人はほんのわずかだ。そして、江戸時代の大量の書物などのうち、私たちが読めるように活字化されたものはごくごく限られる。そうだとすると、私たちは江戸時代を本当に理解しているか疑わしい。

 こういうなげかわしい事態を打開するには、小学校教育から和本リテラシーを取り込むしかない、そうすれば30年も経てば、読める人が増える。そう中野氏は主張している。

 グローバル化で世界に対する理解は深まった。一方、今日では、鎖国した江戸時代に対する評価はプラスが多いが、本当にそれが適切か、和本リテラシーを備えた多くの国民が自ら確かめるようになるとしたら、すばらしい。

 

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2012年8月18日 (土)

震災復興の名を借りた巨額の財政支出へ警告

 辛口の経済評論で知られる原田泰氏の『震災復興 欺瞞の構図』(2012年3月刊)を読んだ。同書の「終わりに」は原田氏の言いたいことを一言で表している。「東日本大震災で被災した人々を直接助ければ4兆円の復興費ですむ。個人財産を政府の費用ですべて復旧したとしても6兆円ですむ。19兆円から23兆円と言われる復興費も要らないし、そのための10.5兆円の増税も必要ない」。

 同書は4兆円ないし6兆円の復興費で十分なことをデータをもって論証している。そして「にもかかわらず、なぜ震災復興に巨額の効果のないお金が使われるのか」を詳しく分析している。

 序論では、「政府が震災による毀損額を過大に見積もるのは、復興とは別の魂胆があるからだ。事業官庁としては、これを機に多くの予算を獲得したい、財務省としては、これを利用して増税をしたいのだ」、「政府や自治体は、震災復興に関係のない、効果の明らかでないことに税金を使おうとしている」と指摘している。

 別の個所では、「震災復興策は、票田を維持するための利益誘導政策として、経済効果の低い、予算の消化を自己目的とした事業になるだろう」とも言っている。

 なぜか。「終わりに」では、「それは政治が、人々を政治に依存させようとしているからである」という。人々が自立して政治に依存しないようになっては、政治(に携わる人たち)のうまみがない。「エコタウンのような割高なエネルギーを用いる町を作れば、人々はいつまでも補助金を求める。それは政治の力を肥大化させる。高台移転のような巨大な公共事業を行えば、その工事には何年もかかる。人々は何年も政治に依存することになる」。

 そして「人々を政治に依存させれば、政府支出は増大し、いくら増税しても、財政再建などできるはずはない。人々が自立すれば、政府支出は減少し、増税をしなくても税収が上がる」と言う。震災で、政治が復興を図るのは当然だが、それはあくまで人々の自立を助ける支援でなければならないというのが著者の主張である。もっともである。

 原田氏のこうした重要な指摘は国会などでまともに取り上げられてしかるべきだが、全く無視されている。与野党(の議員)とも国政をまじめに考えていないのだ。

 ところで、野田政権は17日、2013年度一般会計予算案の概算要求基準を閣議決定した。財政再建が至上の命題であるにもかかわらず、概ね今年度予算と同じ歳出規模で、国債新規発行額も横ばいである。医療・介護などの効率化など、歳出面の切り込みはきわめて不十分と言わざるをえない。

 消費増税の法案は国会を通過したが、これでは財政悪化が止まらない。

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2012年8月17日 (金)

民間給与実態調査が示す民間企業・労働者の厳しい事情

 8月8日に人事院が発表した「職員の給与に関する報告」には、「平成24年職種別民間給与実態調査」が資料として添えられている。調査結果の詳細は10月に発表されるが、その概要が紹介されている。それを読むと、ことし4月の調査で、いまの民間事業所およびそこで働く労働者が厳しい労働経済事情のもとにあることがデータとして示されている。

 ベースアップの慣行がない事業所は70.1%。ベアの慣行がある事業所の半分強がベア中止。ベースダウンの事業所がごくわずかだがある。役職が係員のケースで、定期昇給制度のある事業所は86.2%だが、その中で定昇中止になったのは5.2%ポイントある。

 民間における雇用調整は、採用の停止・抑制をした事業所が12.2%、残業規制が7.3%、部門の整理閉鎖・部門間の配転3.6%、一時帰休・休業3.4%、賃金カット3.1%、業務の外部委託・一部職種の派遣社員等への転換2.4%、希望退職者の募集2.1%、転籍1.6%(複数回答)などさまざま。それでも、平成23年調査結果よりは全般に少ない。

 新規学卒者の採用の有無をみると、大学卒の採用ありという事業所は39.6%にすぎない。事業所の規模が500人以上の事業所だと64.8%が採用ありで、事業所の規模が小さいほど採用なしが多い。

 採用ありの事業所の初任給をみると、据え置きが90.5%。増額したのは8.1%の事業所のみで、減額した事業所もわずかだが1.4%ある。

 賃金カット等の状況を係員段階でみると、事業所の3.0%が実施しており、平均の減額率は6.6%である。これが課長級だと、事業所の3.6%が実施し、減額率は7.3%に達する。

 また、民間における住宅手当の支給状況をみると、支給している事業所は約半分の51.2%である。残りの事業所は住宅手当そのものがない。

 月間45時間を超え60時間を超えない時間外労働の割増賃金率も示されている。最低の25%増にとどまる事業所は70.6%に及ぶ。30%の割増を適用している事業所は19.5%である。31%以上の割増となると、7.5%の事業所しかない。もっとも、従業員の比率だと、30%以上の割増が適用される従業員は49.1%とほぼ半分近い。

 人事院は調査結果を国家公務員の給与等の労働条件に反映するという建て前で実施されてきた。それはさておき、民間企業および労働者の労働事情を知るうえで調査結果は参考になる。

 

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2012年8月11日 (土)

消費税が上がるのは1年半以上も先のことだ

 野田政権が民主党、自民党、公明党の3党合意によって一体改革法成立にこぎつけた。「決める政治」がなんとかここまで来たことは、慶賀のいたりだ。新聞には、財政再建へ一歩踏み出したと評価する記事とともに、消費税引き上げで家庭や中小企業などにマイナスの影響が出るという大きな記事が載っている。

 しかし、実際に消費税がまず8%に上がるのは2014年4月。いまから1年7ヵ月余も先のことである。記事を読むと、あたかもすぐ上がるような気分にさせられる。それに、経済情勢が悪化すれば、引き上げは実施されない公算が大だ。むしろ心配は、14年の実施以前に、安心して財政の放漫が始まることだ。すでに、一体改革法に賛同した自民党や公明党は公共事業の大盤振る舞いを唱えている。民主党が選挙を意識して、それに同調するようなことになると、財政危機が深刻化する恐れすらある。

 消費増税は日本経済の新たな一歩であるが、主要な政党が財政の持続可能性確保に本気で取り組むことなく、旧来型の政策をとったりすると、国民の政治離れが進む。いまこそ旧来の政党とは離れたところから新たな政治改革の動きが出てくることが期待される。

 民主党政権が多くの離党者が出たにもかかわらず、マニフェストにない消費税増税を強引に推進せざるをえなかったのは、何とも奇妙な話だが、その根本的な原因は、そもそも政権をとるにいたった民主党の基本的な主張や政策が整合性に欠け、かつ現実離れしていたところにある。その矛盾が露呈しただけだ。民主党は今後四分五裂が必至と思わざるをえない。

 民主党が第一党になったのは、永年、政権の座を握りしめていた自民党の腐敗堕落に国民が愛想をつかしたからである。自民党よりはましだろうという程度の支持だった。その消極的支持の意味を民主党は誤解し、ばらまき政策に走った。年度の財政赤字が一挙にふくらみ、財政再建どころか財政危機に拍車をかけた。野田民主党政権が消費増税に奔走せざるをえなかったのはそのせいでもある。

 財政健全化には増税、歳出の大幅見直し・カット、経済成長による税収増が求められる。今回決まったのは、そのうちの消費税増税だけ。それも1年半以上先だ。消費税以外に、相続税の強化や消費税の”益税”是正など、税の分野で改めるべきところがいろいろある。社会保障制度では年金や医療、生活保護制度などにかなりの歪みがあり、歳出合理化が必要である。そして経済成長には既得権益を守っている規制の緩和・撤廃が欠かせない。

 そうした宿題に対して、野田政権が決める政治を貫けば、おのずから支持率は上向こう。自民党などにしても、足を引っ張るばかりでは支持率は上がらない。国民の政治に対する愛想づかしは絶対にまずい。

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2012年8月10日 (金)

オリンピックも女性のほうが活躍

 ロンドン・オリンピックも終盤に入った。これまでの日本の成績を見ると、金メダルの獲得数は少ないが、銀、銅のメダル獲得は相当なものだ。若い選手のはつらつとしたプレーや表情はこちとら高齢者に元気をくれる。

 金メダルが期待されていたほどでない最大の理由は男子柔道の不振である。柔道なるスポーツが、本家である日本のお家芸ではなくなった。何が欠けているのか、柔道界は大きな反省が求められるのだろう。

 日本の金メダル獲得数は女子が断然多い。銀メダルの獲得も女子が目立った。女性陣の活躍を祝福したい。いまさら男、女の違いを言い立てるのはナンセンスかもしれないが、スポーツの分野では日本の女性は世界の女性に十分伍していることは明らかだ。男性はもうひとふんばりが必要である。

 目を政治経済に転じると、欧米などの主要国では多くの女性が政治やビジネスのトップに立っている。しかし、日本では、女性の姿は一部に限られる。男性上位の社会は明らかに主要国に比べハンディを抱えているのである。

 オリンピックが終わったら、また男社会に戻るというのでは芸がない。少子高齢化など日本の厳しい将来を踏まえると、女性のパワーをフルに活用する新たな国づくりが必要である。

 周辺の男どもの本音を聞くと、「女性は元気だ」という答えでほぼ一致する。なぜ、女性のほうが男性より元気か、それ自体がとても面白い研究課題だが、それはさておき、日本社会として、女性パワーを大いに活用すべきだと思う。

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2012年8月 5日 (日)

日本国の財政破綻は何年後?

 日本の政治情勢は、野田政権の進める消費増税に野党の多数が反対して、権力抗争の大きなヤマ場にさしかかった。3党合意で衆議院を通過した法案が、参議院で成立するかが目下の国会の焦点である。しかし、5%から8%、10%への2段階の消費税引き上げが財政破綻を回避するための重要な1歩であることを国会議員はきちんと認識しているのだろうか。

 東京新聞で財政を四半世紀取材してきた川北隆雄氏の近著『日本国はいくら借金できるのか? ~国債破綻ドミノ~』は、「第6章 未達から「破綻」へ」で、あと何年で日本財政が破綻するのか試算している。

 それによると、政府の借金残高が国内貯蓄の個人金融資産総額に追い付き追い越すのは「7、8年後くらいではないか」、「問題は、国内貯蓄の食いつぶしが7、8年後だとして、財政の破綻がそれまで待ってくれるか、ということである。市場は常に先を見る」、「だから、5、6年後かもしれないし、2、3年後かもしれない。ひょっとすると、1年後あるいは明日かもしれないのである」とまで言っている。

 川北氏の試算に用いられた債務の数値は、財務省理財局が発表する政府の借金総額(普通国債、財投債、借入金、政府短期証券など)に地方自治体の借金約200兆円を加えたもの。社会保障基金は含まない。これだと政府債務は2011年9月末現在、1154兆円である。

 他方、家計貯蓄である個人金融資産は1471兆円。家計の借金は差し引かないグロスの数値である。この「1471兆円-1154兆円=317兆円」、つまり317兆円が、あとどれだけ借金できるか、を示すという。

 国債残高の年間増加を現在程度の32兆円とすると、約10年で政府債務が個人金融資産を超す計算だ。しかし、復興債など上乗せがあるので、現実には7、8年後くらいに追い越すのではないかと著者は推測している。

 本書にも紹介されている自民党の「X-dayプロジェクト」(2011年6月1日発表)も、今後7、8年以内に日本の国債発行が限界に達すると予測した。いまは国債が順調に消化されているが、財政破綻のXデーは確実に近付いている現実を直視しなければならない。

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2012年8月 3日 (金)

人間らしい労働と暮らしを求めて

 『しあわせに働ける社会へ』(竹信三恵子著、岩波ジュニア新書)は就職難に悩む若者たちに向けて書かれた本だが、現代日本の社会を労働という切り口でわかりやすく説明している良書である。働くすべての人たちに読んでもらいたいと思う。

 ここでは「第5章 しあわせに働ける仕組みづくり」で指摘されている問題点のうちから、法的な観点について紹介する。それは働く人たちを守る基本的なルールが欠如しているか、あっても守られないということである。

 ――その1つは1日8時間労働が形骸化していることだ。毎日、元気で働けるためには、ないしは家庭生活を健全に営めるには、残業は本来あってはならない。だが、日本の労働基準法は8時間労働について、いまだに多くの例外を認めている。36協定(労働基準法第36条で労使が合意すれば労働時間を延ばせる)がその典型だ。時間外労働に対する割増賃金率も欧米より低い。

 EUでは、労働を終えてから次の労働までに11時間空けなければならない。しかし、そうした規制は日本の労働法規にはない。

 EUには同一価値労働同一賃金という共通ルールがある。日本にはこうしたルールはない。派遣であろうと、パートであろうと、実質、同じ労働なら社員と同レベルの賃金が払われるとしたら、正規雇用だとか、非正規雇用だとか、大騒ぎしなくなるだろう。

 日本の労働組合は、多くが企業内組合で、「勤め先の会社の業績アップとその配分には関心を示しても、会社を超えた土台づくりには関心が薄い」。

 失業者が働き手として復帰できるための安全ネットも日本は不十分である。雇用保険、職業訓練、返済不要の公的奨学金といった仕組みである。――

 以上のような指摘は、格別に目新しいものではない。だが、人間らしい労働と暮らしを手に入れるには大事なポイントである。それを働く人々が自覚し、その実現を求めて行動することが私たちの大きな課題である。

 ところで、厚生労働省が雇用政策研究会の報告書~「つくる」「そだてる」「つなぐ」「まもる」雇用政策の推進~を1日に発表した。産業構造の転換、人口減少社会の到来などの日本が直面する課題に対して、どのような雇用政策を実施すべきか、という問題設定に基づく報告書である。しかし、竹信氏の著書を読んだばかりなので、厚労省や学者などが、人間らしい労働と生活を実現するための基本的な法規などの欠如を無視して、きれいごとを言っているという感じがしてならない。いまだに、量的成長に傾斜した発想なのも納得しがたい。

 

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2012年8月 2日 (木)

キャッチフレーズだらけで中身の乏しい「日本再生戦略」

 野田内閣が先月31日に閣議決定した『日本再生戦略~フロンティアを拓き、「共創の国」へ~』にざっと目を通した。2020年を目標に、エネルギー・環境、医療・福祉、農林水産業、それに中小企業の発展を柱に名目3%、実質2%の経済成長を目論んでいる。

 総論を読んでいたら、歯が浮くようなきれいごとばかり書き連ねていて胸くそが悪くなった。『1.フロンティア国家として』では、『誰もが「夢と誇りを持てる国」を実現すること』、『直面する幾多の困難を、むしろ日本にとってのフロンティアとして捉え、(中略)世界に範を示す社会を築いていくことが「日本再生戦略」の目指す目標である』と。

 また、『2.フロンティアを拓き、「共創の国」づくりを』では、『社会全体の幅広い人々が恩恵を享受できるような「インクルーシブな成長」でなくてはならない』、『社会の多様な主体が、現在使っている、あるいは眠らせている能力や資源を最大限に発揮し、創造的結合によって新たな価値を「共に創る」ことが必要である』、『「共創の国」は、すべての人に「居場所」と「出番」があり、全員参加、生涯現役で、各々が「新しい公共」の担い手となる社会である。そして分厚い中間層が復活した社会である』、『「共創の国」は地方分権、地域主権国家である』と。

 『「日本再生戦略」の実行に当たって』では、社会保障制度との関係について、『一体改革の着実な実施とともに、「日本再生戦略」によって成長を実現することが収支面から社会保障制度の持続可能性を支えることになる』と。また財政との関係では『「日本再生戦略」が成果を挙げることによって経済成長と財政健全化を両立することが、社会保障制度の持続可能性を高め、予算の弾力化にも資する』と述べている。

 しかし、再生戦略の中身は、霞が関の各省から出された政策(?)を並べただけに等しい。横串をさしたものにはほど遠いと言わざるをえない。民主党の閣僚らが政策づくりの能力を欠いていることの反映だろう。

 「日本再生戦略」と予算編成との関係については、『社会保障分野を含め、聖域を設けずに歳出全般を見直す』と言及してはいる。だが、どうやって歳出削減を図るか、具体的な言及はない。

 各省からの政策(?)のほとんどは新たな歳出を伴う。要するに、財務省以外の官庁は、基本的に縦割りで、カネを使う政策しか頭にないのである。財政破綻のリスクが高まっているのに、それに真っ向から立ち向かうことなく、官僚の作文にすぎない「日本再生戦略」によって日本の再生を求めるのは明らかに政治の敗北である。

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2012年8月 1日 (水)

原発周辺自治体の油断

 原子力発電所の周辺自治体がかつて原発に関してどうだったか、そして、それをどう報じたかを検証する記事「原発とメディア」が朝日新聞の夕刊に連載中だ。直近の記事で興味深いのが、電力会社から地元自治体に巨額のカネが提供されていた事実だ。

 電力会社からの寄付といっても、実態は自治体側からの資金提供要請に応えるものが多かった。要するに、地元がカネをくれ、というのに対し、電力会社は仕方なくカネを出していたわけだ。また、それを法的に許していたのである。

 それで自治体はより裕福になり、ハコモノなどをたくさんつくった。住民も多くはそれらによる利益を享受していた。だが、周辺自治体は、万が一を考えて、住民の安全などを確保するための投資にはカネを使わなかった。先日テレビで見た米国の原発の周辺自治体は、放射能漏えい事故に備えて出動する対策車などを常備している。絶対に安全だとは考えないから、いざという緊急事態を予測し、それに備えている。この日米の彼我の差は大きい。

 東京電力が原発事故を起こしたため、東電が袋叩きにあっている。しかし、地元自治体も、万が一の事故を全く想定しておらず、あまりにも能天気だったのではないか。自治体の首長、議会、職員だけでなく、地域住民もそうだったのだ。朝日の連載は、そのことを読者に伝えているように思う。

 何か大きな事件が起きると、張本人は社会から厳しく制裁を受ける。しかし、事件が起きるまでの過程や背景を調べると、メディアが指摘するように、周りにいろいろな問題が潜んでいることがわかる。

 フクシマの原発事故の原因追及が国会、政府や民間で行なわれている。だが、多くの利害関係者による絶え間のないチェックこそが原発の製造・運転に関わる人たちに緊張感を与え、リスクの最小化努力が持続するのである。したがって、政府、電力会社、原子炉メーカーや、メディア、それに福島県および市町村も、事故の責任の一端を担う立場だろう。

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