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2012年8月21日 (火)

「和本リテラシー」の重要性

 江戸文芸の研究者である中野三敏九州大学名誉教授の話を聞いた。「近代日本人にとって江戸はどんな存在であったか」という、いささか大仰な題目だったが、氏が一番言いたかったのは「和本リテラシー」の回復である。

 「和本リテラシー」って何?と思うが、これは中野氏の造語だ。江戸時代の書物を見ると、草書体の漢字とくずし字の平仮名とがズラズラと書き連ねてある。例えば、平仮名の「あ」は「安」をくずして書いたものであるし、「阿」のくずした文字も「あ」と読む。「太」のくずし字は「た」であるが、「多」、「堂」のくずし字も「た」と読む。こうした文字表現で書かれた文書、書物を読める能力を「和本リテラシー」と呼ぶ。

 中野氏によると、明治33年(1899年)、国の小学令(官報)で、一音一字の平仮名字体に統一された。いま私たちが読み書きしているのがそうである。したがって、それ以降、学校教育では草書体とくずし字の平仮名とがまじった文書を読む教育が行われないまま100年以上経った。というわけで、例えば、樋口一葉の日記や手紙は、現代の私たちには全く手も足も出ない文字表現になっているから、専門家を介してしか、読み取れない。

 300年近い江戸時代がどんな時代であったかを知るには、その時代に出版された書物や手紙、日記など、今日まで残っているものを読むことが必要不可欠である。しかし、明治33年を境に、そうした文字情報を読むリテラシーが急速に衰え、今日に至っている。中野氏によると、和本リテラシーを備えた人は日本全体で5千人以下だろうという。研究者といえども、リテラシーを欠いている人は少なくないとか。

 英語など外国語が読める人口と比べると和本リテラシーを備える人はほんのわずかだ。そして、江戸時代の大量の書物などのうち、私たちが読めるように活字化されたものはごくごく限られる。そうだとすると、私たちは江戸時代を本当に理解しているか疑わしい。

 こういうなげかわしい事態を打開するには、小学校教育から和本リテラシーを取り込むしかない、そうすれば30年も経てば、読める人が増える。そう中野氏は主張している。

 グローバル化で世界に対する理解は深まった。一方、今日では、鎖国した江戸時代に対する評価はプラスが多いが、本当にそれが適切か、和本リテラシーを備えた多くの国民が自ら確かめるようになるとしたら、すばらしい。

 

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