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2012年10月31日 (水)

日銀のさらなる金融緩和策

 日本銀行が10月30日の金融政策決定会合で国債などの金融資産買い入れ基金をさらに11兆円増額して91兆円程度にする、銀行の貸し出し増加分を限度なく低利で融資する、などを決めた。民主党政権が末期症状でまともな景気対策がろくにできないので、代わりに日銀が表に出てきたのだ。

 選挙が行われれば、自民党が中心になって政権ができる可能性が大きい。そして、自民党の安倍総裁は景気テコ入れ策として金融政策を重要視している。したがって、現政権においても、次期政権においても、日銀は金融緩和政策を強く求められる。そうであれば、今回のような緩和策は仕方がない、そう白川総裁ら日銀首脳は思っているのだろう。

 しかし、金融資産買い取りの規模がいつの間にやら日銀券発行残高を超し、さらに膨らんでいることを日銀首脳は問題視しなくなっている。一歩譲り、二歩譲りしているうちに、ずるずると、通貨膨張によるインフレへと近づいているようにみえる。

 ところで、日銀の金融政策決定会合に出席する人たちは多数決でことが決まり、自分の意見が容れられなくても、そのままメンバーであり続けるらしい。日本の将来を考えたら、大きなターニングポイントになるかもしれないのだから、国民への警告のため、断固反対の意思を社会に知らせるため辞任するメンバーがいていい。それなのに、少数派のメンバーで、これを機に辞める人はいない。どういう決定がなされようと、皆で決めたことだからいいのだということか。極論かもしれないが、そんなことを考えてしまう。

 ある著名な企業の取締役会は、世間の常識に反する決定を多数決で下したという。その取締役会には社外取締役が複数いて、彼らはその決定に反対したらしい。しかし、その後、社外取締役は辞めていない。もしも、その決定内容が世間に知られたら、会社のトップは言うに及ばず、社外取締役も厳しい批判を受ける可能性がかなりあるのにだ。いまの日本の危うい点だが、政治にせよ、企業経営にせよ、集団で決めるのだから、個人の責任は問われないなどと思ったら、大きな誤りだと思う。

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2012年10月29日 (月)

“男の長時間労働をやめるべし”

 日産自動車の相談役名誉会長、小枝至氏が「経営者による出張授業」で、8月に釜石商工高校で話した要旨が経済同友会の会報「経済同友」10月号に載っている。その中で男性の長時間労働をやめるべきだという持論を展開している。

 日本の人口が急速に減って生産年齢人口も減少していくが、家事・育児を担う主婦層が仕事を辞めずに働き続ければ、生産年齢人口は減らないはず。そこで育休・産休制度や保育所の充実が少しずつ進んでいる。しかし、それ以上に大切なのは、男性の長時間労働をやめることだと小枝氏は提案している。人々の考え方を変える必要があるから、実現は容易ではないが、長時間労働をやめるべきだという氏の主張には全く同感だ。

 会報によると、そのための方法は1つには、必要性の高い仕事から手がけていき、終業時間がきたら、スパッと仕事をやめること。もう1つは、残業で長時間になっている男性の「労働時間を3分の2にすることだという。その結果、男性の給料も大まかに言って3分の2になるが、その分、妻が働けば、世帯としての総収入は増える。時間もできるので、育児も交代してできる。したがって、男性は結婚したかったら“イクメン”になるしかないと男子高校生に呼びかけた。

 以下は私の意見だが、日本の企業社会は正社員をベースとした長期雇用であり、解雇規制も強い。このため、企業は残業時間を相当に織り込んだ長時間労働を平時の勤務体制とし、不景気になれば、残業時間を減らすようにしている。労働組合も36協定で週40時間の基準をはるかに超える長時間労働を受け入れている。割増賃金の付く残業を喜ぶ人も多い。

 しかし、長時間労働のもとでは、結婚しても男性は家事や育児などを行なう時間的な余裕が乏しい。また、女性が働きながら育児をするのはかなりの負担である。結果として、結婚しないとか、結婚しても子供を生まない、という少子化を招いている。

 そればかりではない。欧米と違って、長時間労働が常態化している職場では、育児などのハンデを持つ女性が活躍する場は限られる。女性がもっと働きやすい、かつグローバル化に合わせて多様性のある働き方ができる職場をつくるためにも、長時間労働を解消することは不可欠である。

 

 

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2012年10月26日 (金)

領土問題で保阪正康氏から教わったこと

 日本はロシア、中国、韓国との間で領土問題を抱えている。日本の昭和史に詳しい保阪正康氏は日本記者クラブ主催の研究会で、この問題について見解を述べた。「日本の外交力というか、文化、文明の力が衰弱し、中国、ロシア、韓国の国力との差がつき、日本の知的能力がかなり落ちている。こういう時に領土問題が起きてくるのだなと思う」と語った。

 そして、「ナショナリズム鼓吹のために領土問題、歴史問題を使ってはいけない。感情の高揚は武力衝突に行きかねない。そうならないようにするための覚悟をすべきだ」と述べた。

 保阪氏の話の中でなるほどと思ったのは、領土問題で中国や韓国に対して、「我々(日本)は帝国主義的手法をいっさい使わない。あなたがた(中国、韓国)も使ってはならない。それが歴史の教訓ではないか。あなたがたが、いま帝国主義的な手法をとるのなら、20世紀は何だったのかと言うべきだ」ということ。そして、そのための立論に日本の政府・指導者は頭を使うべきであるという点だ。

 第2次世界大戦が終わった1945年に、領土問題は再構築されたと考えるべきであり、帝国主義時代の領土問題と1945年以降の領土問題とは分けて考えなければならない。北方領土問題に関連して、保阪氏はそう指摘する。

 また、中国がすべて軍事に収れんする、軍事で決着をつけようとするので、日本は中国のそうした動向を注視し、世界に発信することが大事だ、と注意を喚起した。

 保阪氏の発言を的確に理解できたか自信はないが、重大な局面に日本が直面していること、そして日本の政府のこころもとなさとを痛感した。

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2012年10月22日 (月)

沖縄県庁の架空発注事件

 国や自治体などの歳出が相当にズサンであることが、会計検査院の検査で次々に明るみに出ている。そのことを先ごろ、このブログで紹介した。そうした例の1つを雑誌『ウエッジ』11月号が取り上げている。「オスプレイの裏で沖縄県庁に家宅捜索 架空発注5億円」と題する記事である。9月21日に沖縄県警が県土木建築部を家宅捜索したという。

 同誌によると、県庁は偽装契約で5億1408万円の工事を発注していた。那覇市内の識名トンネルの工事(大成JVに発注)にからんだものという。沖縄県における道路工事に対するこの国費詐取について、全国紙などのメディアは報道していないのではないか。

 米軍の軍事基地が沖縄に集中しているため、政府は沖縄県に財政的な優遇措置を講じている。使途自由の交付金も多額にのぼる。沖縄県・市町へのそうした財政優遇は原発のサイト周辺に対するのと同様に、国民もやむをえないと思っているのだろう。

 とはいえ、何億円もの偽装工事契約を県庁がやっていたということは、沖縄優遇への甘えも度が過ぎるように思われる。

 会計検査院の検査報告が示すように、国および自治体の財政規律はかなり緩んでいる。国の”借金”が膨大だから、本来は徹底的に歳出を効率化し、削減すべきなのに、国・地方の官僚たちは借金すれば歳出を増やせるという発想をしているのではないか、とすら思う。

 野田政権は、特例国債(赤字国債)発行法案が国会を通過しないと大変だ、とばかり言っているが、2013年度予算を歳出の効率化やムダの削減の観点から見直すぐらいのことをしてほしい。それが会計検査院の報告を生かすことにつながる。

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2012年10月19日 (金)

テレビの報道娯楽番組を見て

 珍しく昼間に民放テレビの長い報道娯楽番組を見た。その中で特例国債(赤字国債)発行法案が国会で成立していない問題を取り上げていた。

 国の歳入の4割が赤字国債で賄われている。それなのに、毎年、国会で承認しないと発行できない。11月にも国庫のカネがなくなり、地方自治体への交付金が交付されないと、住民に対する行政サービスが止まる。アンケートをとったら、道府県は皆、怒っている。一時的に自治体がそれぞれ資金を調達すると、金利がかかり、その金利分の負担は税金で賄うことになり、最終的には国民の負担になる。だから、赤字国債発行法案を早く国会で通すべきだ、というのが全体のトーンである。赤字国債を発行するのに、毎年、国会で法案を通しているなんて知らなかったという出演者もいた。

 この番組を見ていて、とても気になったのは、なぜ、赤字国債の発行が本来認められていないのか、そうした性格の赤字国債が歳入の4割も占めているのはどういうことか、という基本的な問題点が取り上げられなかったことである。出演者の誰も赤字国債の大量発行・依存に対して疑問を呈しなかった。大手メディアの編集幹部も出演していたが、与野党の政争には関心を抱いていても、日本の直面している財政再建には興味はなさそうだった。

 また、都道府県は交付税をもらうことを前提に歳出、歳入を組んでいる。いまの地方財政は交付税によって霞が関にコントロールされていると同時に、国のコントロールに甘える面も強い。財政健全化への取り組みもあまい。主体性にとぼしく、地域主権の実現をめざす志からほど遠いと言わざるをえない。放送番組は、そうした問題点を抜きに、地方自治体が困っているということで、赤字国債発行法案を早く成立させるようにという結論にもっていった。

 いまの日本財政は、現在の国民が使っているカネの半分しか負担せず、残りの半分は将来世代に負担をつけ回ししている。緊縮財政の一方でばらまきをしている。そういう極端な財政構造をこれからも続ければ、歪みがいずれ財政破たんなり、猛烈なインフレとなってその時点の日本国民を襲うことは確実である。ただ、東南海地震などの巨大地震のように、それがいつ起きるか予測することができないだけである。

 メディアはそうした危機について国民を啓蒙し、その時に備えるよう訴える役目があるはずだ。

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2012年10月18日 (木)

日本の末期的症状?

 最近の新聞で大きく報じられているのは日本の末期的症状ばかりのように思える。その中から、2、3を取り上げると――

○ 臨時国会の開催は11月以降に延ばされそう。野田首相は近いうちに国会を解散すると約束しておきながら、先の展望もないままに解散時期を延ばすことに懸命のようである。だが、大事な国政の課題を解決していくためには、早く解散し、新しい政権が誕生するほうが望ましい。ただし、一票の格差是正が進まない状況での選挙は、民意を正しく反映しえない。

 11月には国庫から払うカネがなくなるという。このため、今年度の歳出に必要な赤字国債発行の法案を早く成立させねば、と野田政権は言っている。しかし、そのための臨時国会の開催を延ばしていることも事実だ。それでは、本当にカネがなくなるのだろうか。財務省は歳入のつなぎとする証券の発行などで切り抜けるのだろう。そうとしか考えられない。

○ 参議院選挙における一票の格差について、最高裁は17日の判決で一部選挙区の定数増減だけでなく区割りを改めるなどを求めた。憲法違反に近い状態だということのようだが、一票の格差はたとえ2倍であっても、国民からみれば明らかに違憲である。それが、どうして5倍になるまで何年も何年も違憲にあらずと裁判所は許してきたのか。

 衆議院選挙については、昨年3月に最高裁が違憲状態と判断したが、与野党協議はまとまらない。各政党が自分の損にならない選挙制度をというのでは、まとまらない。第三者機関にゆだねるという仕組みに改めるのがいいが、それも国会議員が受け入れない限り実現しない。

○ 3.11の復興予算が被災地の復興以外に、あれこれ適当なこじつけでばらまかれている。原田泰氏が1年以上前から指摘しているように、被災地の復興だけなら、せいぜい6兆円つぎこめば足りる。しかし、国の予算は19兆円を超える。そして、さらに追加の要求がされている。最近になって、被災地と直接関係のない復興予算はおかしいという批判が出てきて、少し控える気配がうかがえる。だが、民主党政権も自民党、公明党も、復興にかこつけて公共事業などのばらまきをやりたいのが本音。霞が関の官僚も権益拡大しか眼中にないやからが多い。彼らにとって、財政健全化は建て前にすぎない。

 2014年4月に消費税の増税が実際に行なわれるかどうかは景況次第である。国の一般会計の半分を国債発行でまかなっている状態なので、与野党とも、日本銀行の金融政策で景気振興をはかろうという見解の持ち主が少なくない。日銀も国債などを買ってマネーを供給する方向に転じているので、政府の圧力にしたがって、毒食わば皿までということになる危険性もなくはない。

 ユーロ圏諸国は財政規律を守ることに懸命である。日本はどこの先進国よりも国の財政状態が悪いのに、政治家も官僚も財政規律を守ることにとんと関心がない。

 

 

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2012年10月13日 (土)

野田民主党政権は早く国会を開け!

 新聞等も言っているが、野田民主党政権は早く国会を開くべし。内外に多くの難問を抱えているこのときに、臨時国会の開催を少しでも先延ばしする野田内閣および民主党は国を売るに等しいことをやっている。

 赤字国債発行法案を早く成立させるのは与野党の責務である、といったことを民主党の幹事長も言っているが、国会の開催をできるかぎり先に延ばそうとしているのは同じく民主党である。国会を開けば、野党から法務大臣罷免を野党から求められる、野田首相に対する不信任案も提起されよう。民主党内の分裂を考えると、それらが成立する可能性も少なくない。そして、衆議院を解散したら、選挙で民主党が大敗北するのは確実だ。

 こうした事情で、民主党政権は総選挙があれば、政権を失い、党が衰退することは確実だ。したがって、それらを避けるには、できれば来年の通常国会まで国会を閉めておきたいというのが民主党政権の本音だろう。さらに言えば、衆議院議員の任期をまっとうし、その間に党勢の挽回を図りたいところだろう。しかし、そうだとすると、これは権力にしがみつく亡者に限りなく近い。天下国家、国民の幸せなどはどうでもいいということに等しい。

 いまなすべきは、臨時国会をすぐに召集することである。そして、野田首相が消費税増税を通すため、自民・公明のトップと約束した「近い将来の国会解散」をすぐにでも行うことだ。そして、選挙の結果を受けて誕生する新しい政権に、難問に真っ向から取り組んでもらうことが求められる。

 既成政党にしても、維新の会などの新興勢力にしても、国民が安心して国政を任せられるほどの中身はない。したがって、選挙民としてはどこかの政党に白紙委任する気持ちにはなれないに違いない。さりとて、いまのような民主党政権が続くことは日本国民にとって最悪の事態である。最悪が続くよりは、選挙で選び直すほうがまだ救いがある。

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2012年10月 8日 (月)

67年前に書かれたとは思えない『敗戦真相記』(永野護著)

 尖閣、竹島など領土をめぐって周辺諸国との関係が緊迫している。中国や韓国は諸外国で日本の非を鳴らしているが、日本は国際社会に自国の主張をきちんと訴えることすらできていない。国の運命を握る政治・政治家がリーダーシップを発揮するどころか、機能停止状態に陥っているからだろう。

 そんな中で、「予想されていた平成日本の没落」という副題の付いた『敗戦真相記』を読んだ。渋沢栄一の秘書を務め、のちに国会議員になり、1958年に運輸大臣になった永野護が敗戦直後の1945年9月に講演した内容を書物にしたものである。末尾に、政治記者だった田勢康弘氏が感想というか解説というか、付している。

 なぜ戦争が起こったか、なぜ日本は負けたのか。反省し、誤りを断じて繰り返さないようにしなければならない。そこで、著者の永野は、戦争に必要な物資はすべて自らの勢力範囲内に収めなければならないという日本本位の自給自足主義が根本的なガンだったと指摘する。

 日本が支配した満州国をはじめとして、植民地では日本本位の経営となり、原住民の福祉を二の次にしたから、人心を掌握することができなかった。また、日本の軍部は敵の力をろくに研究せず、自己の精神力を過大評価して慢心していた。国民に対しては、総意を結集するどころか、鞭と剣の力で戦場や工場に追いやるだけだった。

 勝敗を大きく左右したのは科学兵器だが、もっと大きく影響したのはマネージメント(経営能力)だった。その代表が官僚のやり方だったという。「日本の官僚の著しい特性は一見非常に忙しく働いているように見えて、実は何一つしていないこと」だと述べる。

 そして、陸軍と海軍の不一致、相剋がいかにひどかったかを明らかにしている。陸海の協力はまるでなく、資材調達、兵器・船などの製造は完全に縦割りで別々に行い、作戦も陸海軍共同ではまず行なわれなかった。縄張り争いに熱心で、「日本の軍部というものは陸軍国、海軍国という連合国以上の何物でもなかった」。

 どうして軍部独裁を許したのか。それについては、国家の動向がおのれの信念に反する場合でも、おのれ自身を国家に捧げなければならないという三千年来の民族的統一心理のせいだと言う。

 最終章の「日本の将来はどうなるか」では、民主主義的政治が行われるべきだというポツダム宣言を紹介。日本の民主主義的勢力を圧迫してきた軍閥・官僚のうち、軍閥はなくなったが、官僚閥は今後も潜行的にその勢力の維持をはかるに相違ない、徹底的に官吏の特権的色彩を払しょくする必要がある、と指摘している。そして、日本の官僚にも非常に優れた才能が一つある、それは責任回避術である、と皮肉っている。

 なぜ戦争が起こったかに関して、永野は、「日本有史以来の大人物の端境期に起こった」とも言っている。明治維新当時の志士などのような人物が指導層に全くいなかったことを指している。今後は、「議会政治には確固たる基礎と明白なる主張を有する政党の出現」が必要であり、国民には民主主義的再教育が必要だとも言う。

 このように、『敗戦真相記』は今日の日本にもあてはまる内容が多々あり、永野の洞察力のすごさを痛感する。

 一つだけ、読後感を述べると、官僚制度もそうだが、終身雇用・長期雇用・正社員といった慣行・制度は、上に述べた日本の組織の縦割りと深い関わりがあるように思う。行き過ぎた企業・組織間競争や、働く者に対する長時間労働などの過重な負荷、それらは、勤める組織への忠誠と裏腹の関係にある。それだから、非正規雇用の問題は、正規化ではなく、同一価値労働同一賃金が望ましい解決方策だと思う。合わせて解雇規制を緩和することだ。 

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2012年10月 4日 (木)

会計検査院の指摘が目立つ

 最近の主要紙は会計検査院の検査結果・指摘をひんぱんに記事にしている。国の財政規模が膨らみ、借金を意味する国債の発行残高が急速に増えていっているだけに、歳出のムダづかいなど放漫財政を指摘する会計検査院の存在意義は大きい。

 ただ、会計検査院が行うチェックの対象は国全体の歳出のごくごく一部にとどまる。もしも、国の歳出すべてを毎年チェックできたら、膨大な金額が不適正な歳出として槍玉にあがるだろうが。

 会計検査院が指摘するのは、過去の予算・歳出が法や目的に照らして適正であったかを問うものである。予算獲得には各省庁や特殊法人などは懸命になるが、獲った予算を適正かつ効果的に使うか、使ったかにはあまり関心がない。そもそも、省庁内に予算の執行が適正か否かを第三者的にチェックするという内部監査の仕組みや問題意識が欠如している。このため、むだづかいや不正支出などが起きやすい。それに、各省庁には、検査院の指摘があっても、担当者の責任を問い、きびしく処罰をするという姿勢がうかがえない。検査院の仕事は賽の河原の石積みに似たところがないではない。

 たくさん予算をとることが勲章になる省庁のむだづかい体質は戦前から変わらず続いている。民主党の”政治主導”は、そういう日本の政治の欠陥を是正することが期待されたのだが、3年間の民主党政権は成果ゼロに等しい。

 いずれ衆議院解散、総選挙となり、新しい政権が誕生するが、財政健全化に真っ向から取り組む政治を進めてほしい。経済成長を優先し、税収が増えれば、財政再建ができる、というシナリオは、それが本当にできれば万々歳だが、実際には、財政破たんや猛烈なインフレをもたらすリスクが大きい。

 社会保障予算が一般歳出の中で突出して大きく、しかも毎年、相当に増えている。地方交付税交付金は地方自治体の放漫財政のしりぬぐいに終始したりしている。そうした財政のありかたを放置するのは、責任ある政権運営とは言えない。

 西欧のユーロ危機、財政危機を他山の石として、日本は財政健全化に向けて大きく一歩を踏み出す必要がある。安全保障や原発問題なども抱え、方向感覚さえ失って漂流する日本政治の大転換が急がれる。その前提として、危機に対する国民の自覚が求められている。

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