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2013年2月 1日 (金)

映画「約束~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」を見て

 冤罪とみられる殺人事件を取り上げた映画「約束~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」を試写会で見た。1961年に三重県名張市の葛尾という小さな集落で起きた名張毒ぶどう酒事件。集落の懇親会で、女性にはぶどう酒が出され、飲んだ女性が次々に苦しみだし、5人が死亡した。当時、大きく報道された事件である。

 その犯人として逮捕された奥西勝(当時35歳)氏は警察に自白を強要されたと主張し、1審で無罪だったが、2審で死刑判決を受けた。上告したが、1972年に最高裁判決で死刑が確定した。これに対し、奥西氏は冤罪だとして再審を繰り返し請求したが、却下されるばかり。事件から26年も経った87年に、冤罪事件の救援活動をしている川村富左吉氏が奥西氏に面会し、無実を訴える署名活動を開始した。以後、支援の輪が徐々に広がり、最高裁が再審請求を認めたこともあったが、名古屋高等裁判所は再審開始の取り消し決定を繰り返した。

 弁護団はぶどう酒に混入された毒物が自白したものとは別の物質だったとか、ぶどう酒のびんの王冠は、奥西氏が自白した方法で開けたものではないことを立証したりして、有罪の根拠を崩していったが、再審を求められた高裁は新証拠を否定し、自白は信用できるという主張を繰り返した。

 事件が起きて、奥西氏が逮捕されてから半世紀が過ぎた。名古屋拘置所に長い間閉じ込められ、いまは病気のため八王子医療刑務所にいる死刑囚の奥西氏。映画は実写映像とドラマ映像とを重ねて、事件以来の半世紀を描写している。ドラマでの奥西勝役は仲代達矢、母親役は樹木希林が演じている。

 映画を見ての感想を言うと、彼があと何年生きられるかわからないが、物証が覆り、自白しか有罪の決め手はなくなっているのに、いまだに無罪にしない裁判所とはいったい何者かと思う。繰り返される冤罪事件は、自白をベースにした有罪判決から生じているのにだ。

 映画でも指摘しているように、裁判所も官僚制であり、先輩の業績(この場合は判決)の否定を徹底的に厭うことは容易に想像しうる。もし、否定するような判決を下したら、出世コースからはずされる可能性が大である。裁判官は判決いかんで人の命、人生等を抹殺することになるという重大な使命を担っている。その裁判官が真実を貫かないようでは、私たちは安心して暮らせない。

 奥西氏は半世紀にもおよぶ長い歳月、拘禁状態に置かれてきた。期間だけでみれば懲役50年余に等しい。いや、死刑囚は明日にでも死刑執行される恐怖と毎日向き合うだけに、精神的には全く質が異なる極刑である。そして、もしも、それが冤罪によるものだとしたら、と考えると、おそろしくなる。裁判官は俗人の心境を捨て、神の心を持たねばならない。

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