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2013年3月13日 (水)

年1ミリシーベルトの意味

 化学物質のリスク評価で優れた実績を挙げている中西準子氏(産業技術総合研究所フェロー)の著書『リスクと向きあう』を読んだ。その「第1章 福島原発事故に直面して」は、化学物質のリスクと比較しながら、放射線リスクをどう評価したらよいかを述べている。

 「誰しも日常生活では、二つとか三つのリスクを比べながら一定のリスクを受け入れつつ生活しています。しかし、放射線の話になると、リスクはゼロであるべきという議論を耳にします」。だが、放射線の被ばく量が一定値(しきい値)以下でもリスクはあるし、「放射線のリスクをゼロにしたら、別のリスクが生じるのです」。したがって、「そのリスクの大きさを明らかにし、これ以上のリスクはダメだけど、これ以下なら当面受け入れる、その理由はこうですという議論をすべきなのです」。

 放射線の年1ミリシーベルトも安全、つまりリスクゼロと思われているが、そうではない。放射線には、これ以下なら絶対大丈夫という値はない。したがって、一応の許容レベルをどうやって決めるのか、国民の叡智が問われると中西氏は言う。

 国は除染後の空間線量率を1ミリシーベルトにと言っているが、その達成は困難とされる。いままででも政府は除染に1兆円をはるかに上回るカネを使っているが、これからも1ミリシーベルトを掲げて除染を続けたら、その費用は莫大な財政負担となり、国民が背負わねばならない。除染か、移住か、これもトレードオフの問題だという。

 中西氏の問題提起を、政府も国民もしっかり受け止める必要があると思う。

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