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2013年4月26日 (金)

中前忠氏の鋭い指摘

 中前忠氏(中前国際経済研究所代表)の意見は、昔からエコノミストの中でも異彩を放つ。同氏が26日の日本経済新聞夕刊のコラム「十字路」に書いた「成長戦略と超緩和策の矛盾」は、なるほどとうなづける内容である。

 人口減少の日本における成長戦略で最も重要なのは労働生産性の引き上げである。それには、潜在的な成長セクターに新規に投資が行われること、および既存産業の過剰な供給力を減らし、残った設備の更新投資が行われることが必要である。そのために重要なことは、適正な金利による適正利潤の保証だという。

 中前氏はこれまでも、ゾンビ企業がゼロ金利のもとで淘汰されないことが過当競争を招き、デフレから脱却できない原因だと書いてきた。その氏の目から見ると、日銀による超金融緩和政策は、ゾンビ企業の淘汰にはつながらず、成長戦略とは矛盾するというわけだ。

 また、この日のコラムで、政府が特定の分野を成長セクターと位置付け、意図的にそこに誘導しようとするのは正しくないと言い切っている。そして、潜在的な成長分野の多くが「官による独占状態」にあって、民間の参入が容易ではないこと、したがって、それを打破する規制緩和が必要だと主張している。

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2013年4月23日 (火)

経済財政諮問会議の民間議員が財政健全化への取り組みを要求

 政府の経済財政諮問会議が昨日(22日)開催され、財政健全化の議論を開始した。民間議員の4人は連名でペーパー「経済再生と財政健全化の両立を目指して」を出した。「アベノミクス」の効果を持続させ、民間需要主導の成長につなげるためには中長期の財政健全化への取り組みが必要不可欠だとして、そのための5原則、各歳出分野の考え方および工程表を提示した。

 安倍政権は2015年度の国・地方の基礎的財政収支(PB)の対GDP比を2010年度の半分のマイナス3.2%にするという閣議決定をしている。そして、2020年度には黒字にするという目標を設けている。それをもとに、民間議員は政府に目標の達成を求めたわけである。

 デフレを脱却し、経済を成長路線に乗せること、そのための金融の思いきった量的・質的緩和や財政拡大による経済刺激策が財政のさらなる悪化・破綻を招かないようにすること、歳出全般を見直し、増え続ける社会保障関係の歳出を効率化し、抑制すること、所得、資産などに課する税を上げること、などなど、経済に限っても安倍内閣が直面している課題は多々ある。諮問会議はそれを整理して指し示した。

 目を転じると、政治的なチャレンジも外交、安全保障など多岐にわたる。そうした厳しい政治状況のもとで、時の政権がなさねばならない最大の課題は、財政の健全化、財政再建だと思う。小泉政権はこれに最も精力を注いだが、それでも、PBの黒字を達成することができなかった。この小泉政権時よりも財政の危機の度合いははるかに高まっている。

 国はこれまで、無い袖まで振ってあちこちにばらまき、国民の豊かさを維持強化してきたが、いまや、それらを減らすしかない状態に追い込まれている。すでに、自治体でも、無料で行なっていた住民へのサービスをやめるなどの動きが散見される。

 各論の段階になると、直接、損得に関わるので、政府を批判する声も強くなる。政府がそれを恐れて財政改革を後回しにすれば、いよいよ財政破綻や超インフレに火がつくおそれがある。参院選挙への影響を懸念して財政健全化を先にのばすのか、国民に率直に実情を訴えて、口に苦い良薬を提示するか。今夏の安倍・自民党政権に注目したい。

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2013年4月19日 (金)

首相が就活解禁時期の繰り下げを要請とは

 安倍総理大臣は20日、日本経団連、経済同友会、日本商工会議所のトップと会い、大学生の就職活動解禁時期を3か月遅くし、3年生の3月にするよう要請した。経済団体のトップは要請を受け入れるようである。

 就職活動がなるべく学業の妨げにならないようにすることは昔から必要だとわかっていたが、いつ、ヨーイドンで一斉に始めるかでもめてきた。決めても、抜け駆けする企業があるため、放っておけば、開始時期が早まる傾向があった。学生は就職難で浮き足立っているため、内定をとっても、もっと良いところをと就活を続ける傾向があり、教育の観点から就活開始時期は遅いほうが望ましい。

 したがって、安倍首相が解禁時期の繰り下げを要請したこと自体は結構なことである。しかし、こんなことまで一国の総理大臣が口を挟まねばならないというのは情けない話だ。

 経済界は採用の対象である大学卒の質の低下にかねて不満を抱いている。だが、3年生の途中から就活に奔走し、勉学どころではなくなることが学生の質の低下につながっているという認識が企業の側には乏しい。

 また、大学の側も、多くは、学生の就職活動を最優先に認め、就職率を上げることが、また志願・入学者の確保につながるという考え方になっており、教育の質の向上なぞは二の次になっている。したがって、就活の解禁時期を、本来、学業の妨げにならない時期にまで遅らせるべきだという主張はほとんど聞かれない。

 だから、安倍首相が見るにみかねて、採用する側の経済団体トップに解禁時期繰り下げを求めたということのようだ。しかし、この程度の問題について経済界と大学側とが自主的に協議し、望ましい結論を下せないというのは情けない。自分の利益にばかりとらわれ、およそ大局を踏まえ、王道を行くことを忘れている日本の現実の表れである。

 安倍内閣になってから、安倍首相のパフォーマンスが目立つ。今回もその一環だろうが、それが本質的な解決になるのかは、よく考える必要がある。

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2013年4月18日 (木)

「私の履歴書」が示す石油産業の今昔

 きょうは東京・西新橋を通った。四つ角に立っていた日石ビルは建て替え工事中である。いつごろからか表にプロメテウスの大きな像が置かれた同ビルは、私が若い頃、よく取材で通った1960年代後半、上のほうの数フロアに日本石油および日本石油精製などの関係会社の本社があった。

 いま、日本経済新聞のコラム「私の履歴書」には、JXホールディングス相談役の渡文明氏が登場している。日本石油に入社し、日石で活躍し、社長になったのだから、これまで登場する人物は日石の人がほとんど。同ビルで、私も取材でよく会ったことがある人物が出てくるから、懐かしい。いまや、思い出の中にしか存在しない日石ビル、現実にはクレーンが2本動いている工事現場のところに来ると、感懐もひとしおだ。

 しかし、半世紀近い歳月のうちに、石油産業は様変わりした。60年代後半は、日本の石油産業は精製設備の新増設、ガソリンスタンド(SS)の新設が相次ぐ激烈な競争の時代だった。メジャーオイル(巨大石油資本)の市場獲得意欲が強く、通産省は石油業法で設備の認可、生産計画の認可を行ない、過当競争を抑制した。民族資本の育成も図った。業界団体の石油連盟の社長会には通産省の石油計画課長が出席し、にらみをきかせていた。

 60年代、石油輸出国機構(OPEC)ができ、1973年のオイルショックにつながるが、中東原油の供給過剰による原油価格の低下は60年代後半、1バーレル1ドルまで行った。日本の電力会社が原子力発電に本格的に乗り出すのも、この安い原油がきっかけだった。原油値下がりで石油火力の原価が下がったので、初期の減価償却額が大きい原発と抱き合わせれば、電気料金を下げないし、また上げないという長期安定が望めると考えたからである。”フクシマ”が起きなければ、それがいまなお続いただろう。

 60年代の黄金期からみると、いまの日本の石油産業は想像もつかないほど縮小過程にある。石油業法はとっくの昔に廃止された。各社とも石油精製設備は減らす一方。SSの数も特に地方から減っている。その過程で、精製、元売りの企業の再編が繰り返されてきた。日本石油は三菱石油と合併して新日本石油になったあと、さらに非鉄金属と石油とを兼業する日本鉱業のグループと合併して今日の姿となった。かつて、米カルテックスと提携していたということを忘れてしまいそうなほど、メジャーオイルの影も薄くなった。

 日本の人口は減りつつある。しかも高齢化が進んでいる。変わらないのは、石油をすべて海外から輸入していることだ。JXホールディングスもだが、海外で石油開発を行なう日本の石油会社は数社ある。商社も。だが、産出量は少ない。

 石油の一滴は血の一滴といわれたこともある。エネルギーとして石油の重要性はいまも昔も変わらない。北朝鮮、中国などの軍事的な突出は、そのことを改めて思い起こさせる。

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2013年4月11日 (木)

映画「李藝~最初の朝鮮通信使」と微妙な日韓関係

 600年ほど前、朝鮮から日本へ毎年、外交使節が派遣される「朝鮮通信使」の制度が始まった。その頃に海を渡ることは、遭難や海賊などの危険が伴うため、容易なことではなかった。だが、それを最初から数えて40回余も自ら率いて日本に来た外交官、李藝という人物がいたという。その訪日の軌跡を、現代の韓国の男優、ユン・テヨンがたどるという映画「李藝~最初の朝鮮通信使」を見た。

 李藝が子供の頃、母親が倭寇に拉致されたとか、多くの朝鮮人が倭寇に連れ去られたという事情があったにせよ、李藝が生涯の大半を朝鮮通信使として捧げた理由ははっきりしない。それはさておき、釜山から日本の京(京都)まで通信使が行き来した道(海)や街がいまどうなっているか。ユン・テヨンが訪れた瀬戸内の家や寺、街並みは、多くが都市化・近代化に取り残されているが、どこか懐かしい思いにかられるところばかりだった。映像も美しかった。

 現在の日韓関係は、慰安婦問題や竹島(独島)の領土問題で微妙に対立している。そういうときだけに、その昔、双方の友好親善をめざした李藝を主テーマにしたこの映画の意義は少なくない。

 映画では、駐日韓国大使館の招待で韓国を訪れた日本の若者たちが、通信使の軌跡をたどるという過程で、竹島問題など現在の問題に触れたりする場面がある。だが、このあたりの映像は主テーマの李藝とは直接関係ない。果たして必要だったかと思う。現在の両国間の争点で、日韓の主張が真っ向から対立しているだけに、ちょっとした描写とはいえ、気になった。

 歴史上の人物とはいえ、李藝が執念を燃やして友好親善の実現に努めた当時の争点は何だったか。残念ながら、映画では、そこがぼやけている。そのために、安易に現在の日韓対立を取り込んだ構成につながったのではないか。

 

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2013年4月 7日 (日)

『被災後を生きる~吉里吉里・大槌・釜石奮闘記』の鋭い指摘

 3.11の巨大津波の被災者たちが、津波からどう逃避したか、どう避難生活を過ごしたか、そして、復興まちづくりがどう行われていこうとしているか。国立民族博物館教授の竹沢尚一郎氏が被災地で地域を支援し、考え、活動したことを記録した著書『被災後を生きる~吉里吉里・大槌・釜石奮闘記』を読んだ。

 「データを集めるため、現場をひたすら歩きまわり、できるだけ多くの住民に会って、ときに一緒に作業したり食事をしたりしながら、丹念に話を聞いていく」というプロセスを経て、著者は被災~復興の過程について、住民が結束して危難に立ち向かう事例の紹介や、住民無視の復興策に対する厳しい批判を展開している。

 第2章「危機から逃れて、避難所を運営する」の「3.吉里吉里国奮闘記」では、避難所で住民がいち早く災害対策本部を立ち上げ、避難民の知恵や工夫によって、がれきを除けて道路を通れるようにしたり、ガソリンスタンドの地下タンクの蓋をこじあけて給油を確保したりした事例を紹介している。同じく避難所といっても、外からの救援を待つだけのところもあった。そうしたいろいろな事例の紹介を通じて、地域社会のありかたを考えさせられた。

 第3章「三陸沿岸でどのようなまちづくりを実践するのか」では、巨大防潮堤への依存に疑問を投げかけ、復興まちづくりの場から住民が消されていると批判している。

 著者の復興に関するコンセプトは、「海を眺めながら生きてきた漁民の生活環境を守ることや、防潮堤の高さを低く抑えることで浮いた費用をまわして住民の生活の質の向上につなげること、高台移転と盛り土を優先させることで住宅の建設を一刻も早く可能にすること」だという。

 そして「このまま上からの一方的なまちづくりが進められたなら、三陸沿岸の各市町村の経済と社会関係と景観はどうなってしまうのか。そうなったなら、住民の生活環境の整備やコミュニティ形成を度外視して、(中略)大規模土木工事ばかりが優先された1995年の阪神淡路大震災のケースや、漁港整備と高台移転に莫大な予算が投入されたが、住民の3分の1が島を離れて過疎化が進んだ1993年の奥尻島のケースとおなじことが三陸沿岸でもくり返されてしまうのではないか」と憂慮している。

 一刻も早い復興をという掛け声のもとで、「役所や企業の机上で作成された各地の実情を無視したまちづくり案が、県や市のお墨付きと共に地域に下りてきている」、「情報の公開とそれを踏まえた公的な議論が、まちづくりの現場では現在まで一向に実現されていない」という。縦割り、官僚支配は変わらず、私が懸念していたことが本書でも裏付けられたように思う。

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2013年4月 4日 (木)

日銀の政策転換はトコトン議論したうえでの結論か

 日本銀行は黒田新総裁のもと、4日の政策決定会合で新たな量的金融緩和政策を決定した。デフレ脱却のため、やるべき政策は一挙にすべて打ち出したという。白川総裁のもとで日銀が実施してきた緩和策を中途半端だとし、2%の物価上昇を2年程度のうちに実現するため、マネタリーベースおよび長期国債の保有額を2年間に2倍にするなど、様変わりの金融政策に移行した。

 気になるのは、白川総裁時代の金融政策を支持してきた日銀の審議委員たちが、4日の決定会合でどんな発言、議論をしたかである。メディアはそのあたりを報じていないが、180度の政策転換だから、賛否が分かれ、それなりの議論がされたと思いたい。しかし、されたのかどうか疑わしい。安倍政権の意向を汲んで、”転向”しただけかもしれない。

 昨年10月30日の金融政策決定会合で、金融資産買い入れ基金の増額などを決めたとき、このブログで、以下のように書いた。「日本の将来を考えたら、大きなターニングポイントになるかもしれないのだから、国民への警告のため、断固反対の意思を社会に知らせるため辞任するメンバーがいていい。」

 今回の決定会合は従来の日銀のとった政策から飛躍している。従来の政策を支持してきた審議委員がそのまま居座るとしたら、彼らはどのような理屈で自分の見解を正当化するのだろうか。審議委員は名誉職であっては困る。

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サラリーマンの給与の差異はこんなにも違うのか

 「給料大格差時代」というショッキングな特集を組んだ「週刊東洋経済」4月6日号を読んだ。主要1300社の40歳推計年収ランキングをみると、1位の会社は推計で平均1500万円余の年収で、最下位の会社は250万円余という。大卒者の割合など学歴等を考慮しても、これほどの差があるのには驚いた。これは当該企業の40歳の社員の平均だから、同じ会社の中でも、もっと年収が多い人も少ない人もいるはずだ。

 新卒の初任給は外資系でなければ、いきなり何倍も違うことは考えにくい。したがって、新卒入社から20年弱の間に、同世代の中で、相当に大きな給与格差がついていることがわかる。まさに大格差時代である。

 こうした格差拡大の背景には、産業の盛衰や経営力の格差、それに年功序列、終身雇用などといった日本型経営ではグローバルな競争に生き延びることが難しくなったという事情があると思われる。衆知を集め、協調するチームプレーも必要だが、抜きん出た異能の士を活かすことで革新的なビジネスを展開しようという経営の要請が強くなっているのだろう。

 とはいえ、ITやネットに振り回され、衆知を集める日本型経営をおろそかにしていると、日本企業の国際競争力の低下は免れがたいという面も見逃せない。また、非正規労働者の増加は、日本の労働者の能力や意欲の低下につながっている。

 経営者や政治家、官僚は、日本の抱えるそうした問題に真っ向から取り組み、労働者、つまり国民の暮らしを支えることができる企業社会を構築する責務を負っている。いまのままでは明るい未来が見えないのではないか。

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2013年4月 3日 (水)

斉藤惇日本取引所グループCEOが構造改革の必要を指摘

 昨年末からの日本の株式市場の活況、相場上昇の過程で、誰がもうけたか。斉藤惇日本取引所グループCEOは3月29日、日本記者クラブでの会見で、要旨、次のように語った。

 ・メイントレーダー(主に売買をする投資家)が外国の投資家だという国は日本だけ。昨年末からの上げ相場で外国投資家がいちばん買い越している。

 ・これに対し、日本の機関投資家は逆にこの上げ相場で売り越している。いまの日本の機関投資家はパッシブ運用であり、年度の最初に決めた予算通りに運用する。このため、上げ相場になったにもかかわらず、日本株の保有比率を下げるため、売っていた。年度初に社長が印鑑を押した運用計画に反するようなことをしたらマイナスの評価を受けるから。役所と同じだ。

 ・日本の運用会社は日本の金融機関の子会社で、独立した運用会社はほとんどない。カネ、太鼓でファンドを売って、それから運用する。運用のプロもいない。高くなったら買い、安くなったら売る、それが日本の機関投資家だ。

 また、アベノミクスの成長について、「小泉首相時代の構造改革という言葉がいまは使えないので、安倍首相は成長と言っている」と語った。そして、「成長のためには、ゾンビ企業にカネを入れ続けるのをやめ、切る。そうすれば、日本の会社はよくなる」と言い切った。

 データにもとづいて、やっていけるところ、そうでないところをきちんと分けること、先輩の会社・事業なのでやめられないなどといったことはきっぱりやめること、それが構造改革だということのようだ。

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2013年4月 2日 (火)

人口減少で水道料金は引き上げへ

 日本は人口が減少する時代に入った。3月下旬に国立社会保障・人口問題研究所が発表した地域別将来推計人口によると、2010年と2040年(推計)とを比べると、人口が増える市区町村数は80、減る市区町村数は1600。うち、人口が0~20%減る市区町村の数は433、20~40%減るのは785、そして40%以上減る市区町村数は実に385に達する。

 また、それらの自治体で、65歳以上の人口が40%以上を占めるのは、2010年には87だったが、2040年には836にまで増える。50%以上という市区町村数は、たった9だったのが167に及ぶ。こうした急激な人口減少と高齢化の進行は日本の経済社会に深刻な影響を与え、大きな方向転換、意識改革を迫ってこよう。

 従来の成長・拡大や横ばい・安定とは全く異なる局面に私たちは入ったということを理解しなければならない。

 3月29日に厚生労働省が発表した「新水道ビジョン」は、そうした流れでとらえるとわかりやすい。新ビジョンは、人口減少、および、東日本大震災による水道供給停止などの教訓をもとに、水道事業の将来を展望し、「安全な水道」、「水道サービスの持続」、「強靭な水道」の3つを柱に掲げた。いつでもどこでもおいしく飲める、人口や給水量が減っても事業を安定的に運営できる、被災を最小限にとどめ迅速に復旧できる、といったポイントを今後の主要な課題ととらえているわけだ。

 このなかで強調している1つは、水道事業は固定費が大部分を占める装置産業であり、給水の量にかかわらず、事業費用が減らないという特性である。また、施設の老朽化が進み、更新投資が必要になっているが、人口の減少を踏まえた水道施設の再構築が必要とされるという。過疎地域への給水サービスは従来とは違う給水方策をとることも必要としている。

 また、料金体系全般の変更が必要だという。即ち、「強靭な水道」などを実現するため、現在の料金を見直す(引き上げのこと)ことや、逓増性料金体系の見直し、基本料金と従量料金の関係の見直しなどである。これまでは需要を満たす供給施設をととのえるのにお金がかかったから、たくさん使う利用者には割増料金を課した。しかし、人口が減り、水道使用量が減る時代を迎えると、多く使ってくれるほうが望ましい。したがって、使えば使うほど追加料金が安くなる料金体系に切り換えることが必要になる。

 その他、新ビジョンには、事業者間の連携とか、水道に携わる職員の数・質の充実や、日本が誇る水道技術の輸出など、さまざまな論点が示されている。一見の価値はある。

 

 

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