« 『日本財政 転換の条件』(井手英策著)から | トップページ | おぞましい政治状況 »

2013年5月 6日 (月)

食・衣の”家庭力”低下

 ゴールデン・ウイークの後半も終わった。4日(土)に横浜・中華街かいわいに昼間行ったら、中華街の縦横の通りはどこもすさまじい人出だった。子供連れではとても歩けないほどに人があふれており、何か突発的な事件が起きたら、群衆は逃げ惑い、死傷者が出かねないとさえ思った。埼玉方面から横浜に電車が乗り入れることができるようになったせいもあるだろう。お客が多いのはいいが、緊急時への備えもする必要がありそうだ。

 中華街に近いところに住み、ちょくちょく中華街に食事に出かけるようになったのは45年ほど前。約2年間いた。当時は、メインの通りは一本だけで、メインから横に入った道にも料理店はあったが、数は知れていた。休日などもそれほど人出はなかった。いまは、縦横のいくつもの通りにもびっしり料理店が立ち並んでいる。隣の元町は、昔もいまもファッションなどで人気がある。裏通りにまでレストランなどの店が展開している。だが、4日の人出は中華街が圧倒的に多かった。近くの山下公園なども人、人、人。

 同じ日、友人は赤レンガ倉庫に行った。そうしたら、やはり、すごい人出だったという。桜木町から港の見える丘公園・外人墓地あたりまでの一帯は歴史的建造物などでつながっていて、一日、散策しても、観光してもあきない。

 45年前の桜木町駅前は造船所の用地であり、みなとみらいはなかった。また赤レンガパークも国際客船ターミナルもなかった。こうして過去と比較すると、港・歴史を活かした横浜は人を引き付ける魅力を備えている。

 都内。近所にある大手スーパーの食品売り場を6日にのぞいた。ことしになって思うのは、おかず、弁当の種類およびその売り場面積が一挙に増えたことである。おかずは実にいろいろある。揚げ物、煮物など、種類が豊富で、ごはんさえ炊けば、今晩の食事の用意はできてしまう。一方、鮮魚の売り場は刺身以外は縮小され、調理人もいなかった。

 1人暮らしや少人数の家庭だと、料理に手間をかけるのが億劫だったりもする。このため、おかずを買ってすませる人が増える。スーパーなどは加工して付加価値をつけたほうが高く売れる。双方のニーズがマッチして、素材を家で料理するという”家庭力”が結果的に落ちている。平均的にみて個人の所得が増えない中で、おかずを買ったり、弁当を買ったりしていると、栄養的に偏りや不足が起きるおそれもある。

 デパートや専門店の入った駅ビルなどを見て驚くのは、女性のファッション関係の店が多いことである。よく閉店するが、すぐ類似の店が商売を始める。いまや、女性が生地や毛糸などを買ってきて、服などを縫ったり、編んだりすることは絶無に近くなった。年配者の一部を除けば、自分で繕うこともしない。

 庶民は既製品の衣料を買って身に付ける。破れたとか、流行遅れになったと思えば、繕ったり手直ししたりすることはせず、捨てる(リサイクルに回すこともある)。だから、割安と思えるものに手が伸びやすい。ユニクロ製品が売れる背景には、こうした”家庭力”の喪失がある。

 食にせよ衣にせよ、私たちは先祖から受け継いできた”家庭力”をほとんど喪失してしまった。しかし、私たちは、東北の大災害のような局面では、家事を営む能力がいかに大事かを知らされた。これからの日本が豊かになる一方ならよいが、さもなければ、個々人の”家庭力”が試される局面にぶつかるのではないか。

|

« 『日本財政 転換の条件』(井手英策著)から | トップページ | おぞましい政治状況 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/184848/57326753

この記事へのトラックバック一覧です: 食・衣の”家庭力”低下:

« 『日本財政 転換の条件』(井手英策著)から | トップページ | おぞましい政治状況 »