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2013年10月30日 (水)

内向き志向では世界で伍していけない

 みずほ銀行・みずほフィナンシャルグループが暴力団員への融資をチェックできなかったうえ、金融庁への報告や記者会見で経営トップが関知しなかったと嘘をついていたという事件。富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行の三行対等合併で誕生したみずほ銀行(現在は、持ち株会社みずほフィナンシャルグループ)がまたまた大失態を演じたと言えよう。

 そうした失態を繰り返す最大の原因は、旧三行がなかなか融合せず、お互いに有利たらんと内部抗争を続けていたのではないかと推察する。外に向かって、結束して攻めに攻めるというのとは正反対だったのではないか。

 三メガバンクの中で、みずほだけが業績面などで後れをとっているのは、三行合併があくまで対等ということにこだわったからだと思われる。その昔、第一銀行と日本勧業銀行が合併してできた第一勧業銀行は、人事をはじめとして両行が対等であることを基本とした。結果として、第一勧銀は相対的に大手銀行の中での地位が低下した。そうした苦い経験をしたにもかかわらず、長期信用銀行の興銀と普通銀行の富士、第一勧銀とが一緒になった三行合併でも、旧三行は役員人事をはじめ、対等原則にこだわった。

 このため、内部的には、依然、三つの銀行が並存しているような面があり、信販大手オリエントコーポレーションの問題についても第一勧銀系で処理すべきだとして、興銀、富士系は傍観していたのではないかと思う。

 これに対し、持ち株会社、三菱UFJフィナンシャル・グループ、三菱東京UFJ銀行は、三菱銀行が東京銀行、UFJ銀行などを相次いで合併して大きくなったのだが、常に三菱系が経営の主導権を握ってきた。結果として、東京銀行系の社員がたくさんやめていったなどという経緯もあるが。

 また、持ち株会社、三井住友フィナンシャルグループおよび三井住友銀行は、住友銀行とさくら銀行(三井銀行と太陽神戸銀行が合併してできた)の対等合併で誕生した。しかし、三菱同様、実態は、規模、収益力で勝っていた住友銀行系が中心になって経営している。

 巨大化したメガバンクをグローバル競争の中で経営するには、強いリーダーシップが不可欠だ。その点、三菱、住友に比べ、みずほは明らかに見劣りする。みずほ銀行、みずほコーポレート銀行の二本立てをやっと解消し、旧興銀系の佐藤康博氏が持ち株会社およびみずほ銀行の両方をリードして上位二行を追撃する体制になったばかり。

 だが、今回の事件表面化は、旧富士、旧第一勧銀系が佐藤氏の足を引っ張ろうとしたのかもしれない。佐藤氏もまた責任をとってやめざるをえないことも考えられる。みずほの将来にとっては大きな痛手だろうが、リーダーシップを確立できないビッグビジネスは世界を相手に伍すどころか、市場から退出をよぎなくされよう。

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2013年10月26日 (土)

アイリスオーヤマ社長と楽天社長の話を聞いて

 日本記者クラブで25日、アイリスオーヤマの大山健太郎社長と楽天の三木谷浩史社長の2人がそれぞれ会見し、成長戦略に関して自らの考えを述べた。事業分野が異なっているものの、両氏とも創業者ないしそれに等しいので、話の内容に説得力がある。

 大山氏は「日本の最低賃金(1日当たり)は安過ぎる。最賃を200円上げたらいい」と語った。消費税と同じように法律で転嫁をできるようにしたらいいとも言う。最低賃金を上げれば、上げた分が消費に回り、景気を良くするという考えである。

 また、アイリスオーヤマの株式を公開するつもりはないと述べた。会社の所有者は社員である、世の中の現実は、ファンドが株主になっている。理想は株主、経営者、社員が一体化することだとも言う。

 三木谷氏は、「Japan Again」と名付け、国の競争力の源泉を①国としての効率性、②イノベーション力、③オペレーション力、④国際展開の経営力、⑤ブランド力、に分けて、日本経済の弱い点を指摘した。即ち、行政コストが高過ぎる、ベンチャーが少ない、GDP/労働人口が高くない、ブランド力が韓国等に劣るなどである。

 また、優秀な人材が大企業に滞留しているので、これを流動化すべきだ、外国人労働者を活用すべきだと主張した。廃業率が低過ぎるとし、起業で失敗しても、また挑戦できる風土、また挑戦者、成功者を素直に称賛する風土に変えていく必要があると指摘した。米国では会社を売ることは普通だ、とも。

 両社とも経営革新で成長を続け、トップのリーダーシップが際立っている。しかしながら、アイリスオーヤマと楽天のトップの経営哲学は相当に違う。記者の質問に自在に答えるところは2人とも欧米型だ。

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2013年10月23日 (水)

日中関係を考える研究者の会が発足

 日中関係は依然、武力衝突を含め、何が起こってもおかしくない緊張関係にある。こうした事態を憂え、日本の中国研究者156人が「新しい日中関係を考える研究者の会」を22日、発足させた。代表幹事には毛里和子早稲田大学名誉教授が就いた。

 41年前の1972年に、日本は中国と国交正常化を果たした。その後、日本の支援もあり、中国は急激に経済発展し、昨年には、GDPで日本を追い越した。また、同国は急ピッチで軍事力を増強してきた。そうした中で、日本政府が尖閣諸島の一部を買い上げたことに中国が強く反発。中国各地で反日デモや日系の商業施設破壊などが行われ、以後、中国は反日政策を続けており、経済交流や文化交流などは縮小している。

 こうした状況を反映して、世論調査によると、両国の国民はお互いに相手国を嫌う傾向が強まっている。

 「研究者の会」が結成されたのは、このように悪化する日中関係に対して、「もう黙ってはいられない」という危機感が学者、研究者に高まったからだ。

 「排他的なナショナリズムを越えて」と題するアピールは次の3点を訴えている。第1に、「国家間、国民間の衝突や紛争は、必ず平和的方法で解決、緩和されるべき」、「主権・領土の相互尊重や武力行使の回避を約した日中平和友好条約の精神に立ち戻るべき」。

 第2に、「肝要なことは、この紛争を他のレベルに波及・拡大させない冷静さと知恵」、「経済交流に支障が生じたり、文化交流や学術交流が凍結されたり、地方や草の根レベルの交流が途絶えるようなことがあってはなりません」。

 第3に、「両国の政府と国民は、極端で排他的なナショナリズムを乗り越える必要があります」。

 研究者の会としては、信頼構築を進め、東アジアにおける国民間の和解への道を探る、日中関係研究の新たなパラダイムを追究するなどの方向をめざしている。

 政府、政治家が水面下で日中和解の道を模索しているはずだが、学者、研究者がこうした行動をとるのは大歓迎だ。それだけ、危機は深まっている。

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2013年10月21日 (月)

いまだ終わらない戦争の後始末

 きょう(10月21日)は70年前に、東京・神宮外苑で学徒出陣壮行会が開かれた日だ。入隊前の学生約2万5千人が雨の中を銃を担いで行進した。そのときの映像はいまもおりあるごとに映される。

 そして、日本政府は10月22日から30日までの予定で硫黄島遺骨収集帰還・調査のため52人から成るチームを派遣する。厚生労働省6人、自衛隊2人、小笠原村1人のほか、財団法人やNPO法人など民間人である。今回は硫黄島の東海岸地区を対象とする。

 最近では、旧ソ連抑留中に亡くなった方たちの遺骨23柱、およびモンゴル(ノモンハン)で亡くなった方の遺骨5柱、ソロモン諸島で亡くなった方の遺骨137柱が祖国日本に帰還した。近年の遺骨帰還数は2010年度8097柱のあと、大きく減って、2011年度1983柱、2012年度1223柱で、今年度はさらに少なくなるだろう。

 しかし、太平洋戦争のとき、海外で亡くなった約240万人のうち、未帰還は約113万柱。そのうち、相手国の事情で帰還困難が約23万柱というが、これは外交努力でできるだけ帰還できるようにすべきだろう。

 先頃、フィリピンを旅行した。同国の地図を見ていると、太平洋戦争で激戦地となったところの地名がいくつもあった。同国で亡くなった日本人は50万人余りで、その7割の約37万柱もが未帰還という。このように日本人がたくさん亡くなったところだが、そのことは、戦時にフィリピンが日本によっていかにひどい目にあったかを示している。

 70年前の学徒出陣を思うとき、我々は同時に、加害者としての歴史を思い浮かべる必要がある。

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2013年10月20日 (日)

なぜ大企業の経営者は原発に前向きか?

 新聞などの報道によると、日本経団連、経済同友会などのトップは、現在、停止している原発の再開を唱えている。ビッグビジネスのリーダーが原発再開を求める発言も報じられている。私個人の見聞には限りがあるが、原発に否定的な経営トップの声はまずメディアでお目にかからない。

 最近、小泉純一郎元総理大臣が原発に否定的な発言をし、それがメディアで大きく取り上げられた。だが、これについての報道は、元総理という気楽な立場からの無責任な発言という受け止め方をしているように感じられた。

 国内における原発反対のデモも一時の盛り上がりから冷めてしまった。安倍総理大臣が国際社会に向けて、フクシマの原発はきちんと管理されているので心配はないですよ、と発言したことで、海外のフクシマに対する不安や懸念も後退した。

 では、本当に安心していいのだろうか。

 しろうとの私が気になることがある。第1に、フクシマの事故では原子炉の蓋が吹き飛び、東京を含む広域が放射能汚染で人が住めなくなるという最悪の事態を運よく免れたとはいえ、日本列島のように地震が多発する国では、絶対に安全な軽水炉型原発はありえないのではないか。即ち、大きな原発事故が再び起きるおそれがある。(より安全な原発の開発が進んでいるが、実用化には至っていない。)

 第2に、フクシマの後始末で、下請けを中心とする現場の人たちは被曝し続けている。被曝線量が積み重なると、これらの作業者たちは仕事を続けることが認められない。ということは、何千人という人たちはいずれ別の人にとってかわらざるをえない。いま失業者が多いとはいえ、この過酷な労働条件で働こうという人が今後とも次々と現れるだろうか。人手が足りないという事態は起きないだろうか。

 東京電力などの社員でも退社する者が多いという。何十年も、あるいはもっと年月を要する事故の後始末という仕事に、若い世代からどれだけの志願者が現れるのか、心配だ。

 こうした疑問を挙げれば、ほかにもまだある。そうした、しろうとでも考え付く疑問を政治家、官僚、企業経営者が気付かないなんてことがありうるだろうか。経済的にものごとを考える習性があるにしても、内心では原発再開に懸念を抱いている人は少なくないのではないか。もしそうだとしたら、自由にものが言えないという社会の雰囲気が存在しているのかもしれない。と、そんなことさえ考えてしまう。

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2013年10月13日 (日)

報道写真家、福島菊次郎展に圧倒された

 日本新聞博物館(横浜)で開かれている福島菊次郎展を見てきた。「反骨の写真家、福島菊次郎92歳」とパンフレットに紹介されているが、恥ずかしながら、報道写真家の彼を全く知らなかった。

 今回の写真展は「ある原爆被災者の記録」から始まって、「水俣病」、「東大安田講堂攻防戦」、「あさま山荘事件」、「三里塚闘争」、「足尾銅山」など、主に戦後日本史の暗部とも言うべき出来事を撮った作品が展示されている。私自身、これらに直接関わることはなかったが、こうして並べられると、戦後日本の繁栄なるものが、大きな犠牲を伴っていたことを強く感じた。

 現在、アジアの途上国は経済発展をめざして努力しているが、貧富の格差が大きい、人権を無視しているなど、強引な政治を推し進めているところが多い。そうしたアジア諸国の「現在」が日本の「過去」と重なって見えた。日本は思い上がってはいけない、そう思ったことである。

 福島氏の出世作とも言うべき「ある原爆被災者の記録」の展示は、直視しがたいほどの悲惨な写真ばかり。被災者、中村杉松さんのものすごい生命力と意思の強さに驚嘆した。撮る福島氏にしても、途方もない覚悟と精神力を持続しえたのは信じられないほどである。ただ、杉松さんの一家の悲惨な状況を撮り続け、それを公表したことについては、現在の私はそれでよかったか、疑問を感じる。

 それはさておき、国家や大企業などの権力に対して厳しい目を向け、レンズを通してその実相をとらえてきた福島氏の写真家としての軌跡に敬意を払う。

 

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2013年10月10日 (木)

消費税恐怖症の克服を訴える岩本康志教授

 日本経済新聞の10日付け朝刊「経済教室」欄で東京大学教授、岩本康志氏の「財政再建、いまだ道半ば」を読んだ。そして「5兆円の経済対策は過大である」との指摘に共感した。

 経済対策および社会保障などの歳出増を合わせると、経済全体に対して財政刺激になる。「増税の負の影響を好調な経済状況で吸収するためにタイミングを選んでいたはず」なのに、経済対策等で「財政刺激になるならばタイミングを選ぶ必要はないし、もっと早期に増税してもよかったぐらい」と岩本教授は言う。そして「今回の経済対策はやり過ぎであり、規模はもっと小さくてもよい」と述べている。

 2014年4月の消費税3%引き上げが決まり、早くも次の10%への引き上げが予定通り2015年10月に実施になるか取り沙汰されている。このほど決まった経済対策は主に2014年度の歳出であり、それが切れると実質的に増税になる。それが8%から10%への増税と時期が近いので、政府・与党は景気の落ち込みを避けるために新たな経済対策をやりかねない。そうなると、財政収支はさらに悪化するだけだ。岩本教授は「消費税率を10%に上げるまで経済対策によって経済状況を維持しておこうという発想ではすぐ行き詰まってしまう」と指摘する。

 また、同氏は1997年の増税後に景気が落ち込んだことが政策決定者などのトラウマとなっている点を取り上げ、消費税増税以外のアジア通貨危機や国内の金融システム不安が当時の「経済の停滞に影響を与えたと考える方が合理的」と説明。「これからも消費税増税は何度も必要であり、ここで消費税恐怖症を克服しておかなければ、財政収支の改善はおぼつかない」と主張した。

 それ以外の論点も参考になる。皆さんにぜひ読んでいただきたい論文である。

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新品でも点かない蛍光型電球には閉口した

 照明器具とランプとは規格が合えば点灯するはず。だが、常識では点灯するはずが、なぜか点かない、その原因はこんなことだと聞いて唖然とした。

 X社の製品である電球型蛍光灯を浴室で使っていたが、最近、使用中に切れた。そこで、電車に乗って隣の駅にある家電量販店に行き、同じメーカーの同様な品を買ってきた。商品ブランド名に「プレミア」という語が足されている。いままでのものより小型化しており、消費電力も13ワットから10ワットに減っている。さっそくソケットに挿入したが、スイッチをオンにしても点灯しない。

 なぜだ。これはソケットのほうに原因があるなと思い、9日朝に電気工事屋さんに来てもらった。しかし、彼が調べた結果、ソケットの側には問題はないとのこと。買ってきた新品が不良品だという結論になった。出張ってきてもらったので、2千円支払った。

 さて、それでは、家電の量販店に行って取り替えてもらおうかと思い、念のため、新品が別の部屋のソケットでも点灯しないのか試してみた。そうすると意外なことに点くではないか。エーッ、どうなっているの。頭が混乱!

 電球もソケットもX社の製品なので、同社のお客様センターへメールで相談した。そこのTさんが電話してきて、私から細かく事情を聴取。結論は、電球の先端がソケットの接続部分にまで届かないからだとのこと。後刻、蛍光管が渦巻いてソフトクリーム型になっている製品と取り替えれば点灯するという連絡が来た。家電量販店にも、商品交換するようにとの連絡をしてくれた。

 そこで、10日朝、また家電量販店にまで行き、取り替えてきた。さっそく試してみたが、これも点灯しない。仕方がないから、またX社の相談センターに電話した。きのうのTさんはお休みで、Oさんが応対してくれ、上司に相談して返事をすると語った。そして午後、電話をかけてきたが、その要点は以下のようなものだった。

 旧型は浴室のソケットで点灯するが、いまの製品はどれも点灯しない。LED電球もすべて点かないという。最新の電球型蛍光灯は、口金から下がいきなり膨らんでいるため、ソケットの奥まで挿入できない構造だということらしい。電球の先端がソケットの接続部分にまで届かないのだ。

 消費者が電気工事屋さんに頼んでソケットの奥の接触部分を引っ張り起こせば、接続可能ですというのがX社の”最終”回答だった。

 電球型蛍光灯は長寿命で、旧型の製品からの買い替えが相当あるだろう。私のようなケースは他社でもあるという。それがわかっているのなら、電球型蛍光灯の箱に、「こういう場合は点灯しません」とか「点灯しないときは、電気工事業者にソケットの修理を依頼するようにしてください」などという注意書きがあってしかるべきだ。消費者庁にもきちんと目配りしてもらいたいところである。

 さすがに疲れた。家電量販店にソフトクリーム型の電球型蛍光灯を返品しに行くのは明日かあさってにする。この数日、無駄にした時間が惜しい。

 

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2013年10月 5日 (土)

東京羊羹本舗の廃業

 JRの駅ビルを通り抜けたら、1階の食品売り場でいくつかの店が閉店していた。洋風総菜を売っていた店、胡椒を売っていた店、それに羊羹の店などだ。駅ビルの南北の端っこは、通る人の数が少ないから、商売には不利だ。今回、閉店したところも、そうした立地上の不利を挽回できなかったのではないか。食いものの店はどこにもあるから、商品そのものや値段に魅力がないと、長くは続かない。

 いずれ、閉めた店のあとに、別の店が出てこよう。この駅ビルの2階、3階はファッション関係の店が多い。そっちも、1年か2年に1回ぐらい、店舗の入れ替えがある。サービス業の競争の激烈さを私たちは垣間見ることになる。また、入れ替えに伴い、そこで働いていた人たちが配置転換ですめばよいが、職を失った人も多いのではないか。

 1階の食品売り場に戻ると、閉めた店の1つは東京羊羹本舗である。個人的に、羊羹は好物であり、何回か買ったことがあるので、なぜ閉店かネットで調べた。同社はことし4月に製造の休止を発表、在庫品をさばくとともに、販売店も順次閉めてきた。そして8月1日には、66年前に創業した同社を廃業すると発表していた。

 製造機械が老朽化し、修理部品も入手できないので、昔ながらの製法ではつくれなくなる、というのが廃業の理由としている。しかし、実際には、新しい機械に投資するだけの余裕がなかったからだろう。ケーキなど洋菓子が好まれ、和菓子の需要が細っている。そうした中で、ブランド力が強いとはいえない同社としては廃業しか選択肢はなかったと推察する。

 JRの線路の西側にある道路は、バスがしょっちゅう行き交う幹線道路であり、両側は商店が軒を連ねる。しかし、10年余のうちに、商店街はシャッターが下りっ放しのところが徐々に増えている。また、閉店した業態と開店した業態とは相当に異なっている。電器店、パン屋、蕎麦屋、銭湯、喫茶店、陶磁器店、自転車販売店などが閉店し、医院、コンビニ、安売り酒店、メガネ・チェーン店、クリーニング取次店、ケーキ・喫茶店、コーヒー豆店、うなぎ店などが開業している。コンビニはいくつもできた。トンカツ店などのように出店して、何年かしてから撤退したところもある。跡地がマンションになったところもある。

 スーパー、大規模専門店などの出現で顧客が減った店が廃業に追い込まれた。そして、土地も家も持っている商店は家人が働けるうちは商売を続けているが、それが難しくなって閉店する。そうした事情も商店街の変貌をもたらしている。

 駅ビルにせよ、商店街にせよ、廃業以上に起業が多いと、経済の活性化につながる。そうなってほしいが、商売にうるおいがなくなってきているように思えてならない。

 

 

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2013年10月 1日 (火)

財政再建無視に近い10月1日の閣議決定

 安倍内閣は10月1日の閣議で「消費税率及び地方消費税率の引上げとそれに伴う対応について」を決定した。とにかく、これで来年4月に消費税率を3%引き上げて8%にすることが決まった。

 しかし、この閣議決定の文書を読むと、冒頭「経済再生を進めながら財政再建との両立を図っていくことの重要性……」と書き出してはいるものの、財政再建とか財政健全化目標といった、財政再建に直接関わる用語は3カ所程度しかない。

 もともと、消費税引き上げは社会保障費の増大をまかなうとともに、GDPの2倍近い債務を抱える国・地方の財政を健全化するために決められたはずである。ところが、今回の閣議では、デフレ脱却と経済再生に向けた道筋を確かなものとすることが目的とされ、財政再建はうしろに引っ込んでしまった。

 閣議決定の文書には、「5月14日の閣議で基礎的財政収支に係る健全化目標を設定、8月には中期財政計画を策定し、9月のG2サンクトペテルスブルク・サミットで報告した」と書き、そのあとに「今後とも財政健全化目標の達成に向けて着実に取り組んでいく」とあるだけだ。

 実は、この文章のすぐ前には、「仮に(財政の)持続可能性に対する市場の信認が揺らげば、金利上昇等を通じて経済や国民生活に大きな影響が出かねない状況にある。」という指摘をしているのである。財政再建を主張する財務省あたりが何とかもぐりこませた文言ではなかろうか。

 増税は政治家にとって最も忌むべきテーマだろう。とはいえ、誰がみても、放っておけば、近年中に財政破綻が起きることも確実だろう。偉大な政治家たらんとする安倍首相の選択は不幸な結果を日本国民にもたらすのではないかと思う。

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