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2013年12月 4日 (水)

本好きの遺した本の始末

 新潟県村上市と言えば、鮭塩引街道で知られる。でも、12月の初めにここを訪れたら、二階の軒先に塩引きした鮭を吊り下げている家が何軒かあっただけ。芭蕉が訪れた頃は各戸の軒先にびっしり並んでいたのではないかと想像した。

 そこから少し離れた商店街に足を運ぶと、ポスターで吉永小百合さんが「鮭」という大きな一文字の暖簾と一緒に写っている店Kがある。この店には観光客がおおぜい訪れ、店内にはたくさんの鮭がさかさに吊るされている。こうして干している鮭はざっと1000本という。

 大量に塩引き鮭をつくっている店はこの地域に15軒ぐらいあるそうで、上記の店を出て向かい側、斜め右のあたりにも1軒ある。Uという店だ。そこに隣接している鮮魚料理の店Iに入って昼食をとった。

 そこで驚いたのは、西側の壁一面がまるで図書館のようにたくさんの本が並んでいたことである。文学書と歴史書が多く、ハードカバーの本ばかりである。借りたい人には貸すという。若い女店員に聞くと、次のような経緯があった。

 中学か高校の英語の先生が亡くなり、家族が蔵書の始末で悩んでいた。そこで、この先生と同級生で親しかったここの地主が、蔵書を壁一面に収容できるような内装にした建物をつくった。地主は医者で、ほかのところで開業しているので、土地が空いていた。そこを有効活用しようとしたわけだ。隣のUの経営者も同じく同級生だったので、この建物の一角を借りてIという店を始めたというわけだ。

 店員によると、二階にも同様に蔵書を受け入れて並べているという。二階は見なかったが、こっちは歴史の先生が亡くなり、蔵書を受け入れたのだそうだ。

 以上、当の地主から聞いたわけではない話だから、誤解もあるかもしれない。

 ただ、年配者には書棚にある自分の書物に愛着があり、なかなか捨てられないという人が多い。私もそうだ。しかし、現実には、蔵書を古書店に持っていっても、売れないか、二束三文にしかならない。大学の教授が引退するとき、大学図書館に寄贈しようとしてもよほど貴重な書物でない限り、断られるのが普通と聞く。

 そんな中で、村上市の事例は、特殊なケースであるにせよ、本好きにとってはうれしい話だ。ネットで読める時代になったが、形があり、外観を眺める、手で持ち、ページを繰り、読むという本の持つ魅力は捨て難い。

 

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