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2014年4月30日 (水)

途方もない財政悪化を改めるための試算

 財政制度等審議会は4月28日の財政制度分科会を開催した。そして、膨らみ続ける国・地方自治体の債務の中長期試算および収支改善についての試算を公表した。

 審議会の委員の一人、土居丈朗慶応大学教授によれば、自然体(ベースライン)だと、政府債務の対GDP比は高齢化等により2060年には600%を超えるまで膨張し、発散する。即ち財政破綻に至るという。すでに今日、日本の政府債務対GDP比は200%を突破して、先進国の中では、ずば抜けて高い。

  試算によれば、債務残高対GDP比を2060年度に100%に下げるためには、名目経済成長率3%を前提としても、基礎的財政収支対GDP比を、自然体よりも11.94%改善しなければならない。現状に近い200%に下げるとしても、改善幅は5.8%を要する。

 安倍内閣は2013年8月の中期財政計画で、2020年度までに基礎的財政収支の黒字化を図り、その後の債務残高対GDP比の安定的な引き下げをめざすとした。この2020年度の黒字化を達成したとしても、引き続き、収支改善をしなければ、結局は発散し、破綻に至る。

 財政破綻を避けるにはどうすべきか。この試算に基づくと、経済成長率の上昇や人口動態の改善が収支改善幅に及ぼす影響は大きくはない。他方、膨大な債務残高や金利の変化は大きく影響する。したがって、経済再生や労働力人口の改善に取り組むだけでなく、歳出および歳入(租税、社会保険料)の改善に早急に取り組む必要があるとしている。

 土居教授はこの財政改革の試算に対して、「フランスやイタリア並みの給付と負担」であり、「高過ぎないが、低くないハードル」と指摘している。

 財政審の専門家の試算を正しく理解したか、いささか自信がない。しかし、国・地方の債務残高が野放図に膨らむ日本財政の将来図と、財政破綻を免れる道筋を模索する作業は絶えず、誰かが行なっていくべきだ。

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2014年4月28日 (月)

スマホが若者に及ぼす悪影響を懸念する

 『スマホないと「恐怖」の高校生活』――4月27日の朝日新聞朝刊に載った投書欄の記事の1つである。高校に入った娘は携帯電話を使っているが、クラスメートの多くはスマートフォンとにらめっこ、休み時間、教室はシーンとしているとか。クラスメートの多くはLINEで連絡したりするので、携帯電話の娘は何も知らないところで物事が決まることに恐怖を感じているという。人生の大事なこの時期には、顔を見て、声をかけ、心を肌で感じてほしい、と母親は思っている。

 そして「校内のスマホ使用について学校にもご一考願いたい」と結んでいる。

 スマホの出現は世界を変えたとすら感じる。文字が読めるなら、高度の専門分野を別にして、大抵のことはネット検索で知ることができる。瞬時に情報を送ることができ、先進国の場合、ほぼ、どこにいてもニュースや百科辞典に匹敵する情報を入手できる。映像もネットに載るため、ゲーム、映画、書籍などをスマホで見ることができる。ビジネスの仕方もネット利用で大きく変わった。

 また、個人と個人の間、個人と集団の間のコミュニケーションがいつでも、どこでも飛躍的にやりやすくなった。その反面、個人のプライバシーなどがネット空間で勝手にばらされたり、見知らぬ人や組織にだまされたりするリスクが高まった。

 スマホは使いようで人類の進歩にも退歩にもつながる魔法の道具である。それにおぼれ、悪貨が良貨を駆逐するといった懸念はぬぐえない。それは子供や若者にスマホを好きに使わせたら、どうなるか、身近に見る実例で想像できるのではないか。

 本を読まない、自分で考えない、それでもスマホを操作できるようになれば、ろくに勉強しないでも大抵の問題は容易に答えが出る。また、スマホで歌や踊りなどを見聞きしたり、ゲームで遊んだりしていれば、厭きないし、運動もろくにしない。身近にいる小学生にとって、スマホは麻薬みたいなものである。

 スマホを商売にしている通信会社は日本でも巨額の利益を上げ、顧客分捕り合戦を続けている。その結果、顧客である国民の知的能力、社会の発展、安寧秩序などにどんな影響を及ぼしているのか、まじめに考えたことがあるのだろうか。経営者たちは、企業の社会的責任という観点で、悪影響を最少化すべきである。政治もスマホの功罪を突き詰め、必要な対応策をとる必要がある。

 「パケットし放題」、長時間、スマホを使っても定額だという料金体系に問題があるという指摘もある。長く使ったら、どんどん料金が高くなるという仕組みにしたら、スマホ依存に歯止めがかかるのではないか、また、限られた資源を浪費しないようにという節約意識を高めるのではないかというわけだ。21世紀はさまざまな資源が枯渇する時代なので、それにふさわしいビジネスや生活スタイルにシフトすることが望ましい。

 

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2014年4月26日 (土)

日本で就職した中国人の意識は?

 日本に来ている外国人留学生は2012年5月時点で13万8千人弱。そのうち、中国からが8万6千人余と圧倒的に多い。次に多いのは韓国からで1万6千人余である。

 また、外国人留学生の卒業後の進路状況をみると、日本国内での進学、就職その他が3分の2(2011年度)で、日本国内での就職に限ると卒業者の22%強である。中国からの留学生も、卒業後、日本で就職する者が相当の数にのぼるとみられる。

 こうした、日本で就職し、中国に帰らない中国人ビジネスパースンはどんな意識の持ち主か。最近、20人ほどの若手の中国人がある座談会で語ったとされる内容はなかなか興味深い。第一に、日本社会は治安や環境がよく、食の安全もすぐれている。第二に、日本人は仕事にまじめに取り組んでおり、お客への配慮が行き届いている。第三に、職場では、先輩が熱心に後輩を教え、育てる。日本社会のほうが中国に比べて優れている点を彼らはよくわかっているように思う。

 また、この座談会では、日本企業での知識取得や経験あるいは資格取得などによって、将来は中国で起業したいとか、日中をまたにかけた仕事をしたい、などと語っている。

 座談会を傍聴した一人は「日本語が流暢で、日本人との交渉などもスムーズな若手中国人ビジネスパースンがいかに多いことか」と驚きを隠せないでいた。

 日本企業はグローバル人材をのどから手が出るほどに求めている。その大前提は外国人とのコミュニケーション能力だ。手っ取り早いのは、若いうちに外国に留学することだが、日本の若者が海外留学に消極的だとすれば、日本にいる中国などからの留学生が将来、日本企業のグローバル化を担う中核的存在になる可能性もありうるのではないか。話を聞いて、そんな感想を抱いた。

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2014年4月22日 (火)

京都の文化の一端である「京菓子」の世界に触れる

 京都といえば、寺社仏閣を訪れ、満開の桜や紅葉をめでる、もっぱら、そんなことしかしてこなかった。最近、グループで訪れたときは、京都の文化の一端をのぞく旅だった。

 京都の菓子司として知られる「末富」を訪れたとき、主人の山口富蔵さんは、京菓子について無知な私にとって初耳の話をしてくれた。座ったとき、すぐに串団子が出された。その真ん中の緑色の団子には、花びらが一枚付いているように見えた。その日は、桜が半ば散った頃で、串団子には「名残りの春」という銘をつけているという。

 そして、「出来立てを食べるのが一番おいしい」と言う山口さんは、お茶の出るのを待たないで、すぐ食べてくださいと言い、続いて出された干菓子については、紙にただ載せるのではなく、景観を思い浮かべて配置してください、と言った。

 ここから始まって、山口さんは京菓子の世界について、うんちくを傾けた。予備知識なしに山口さんの話を理解するのは容易ではない。山口さんの著書『菓子司・末富 京菓子の世界』(2011年4月刊)も参考に、うかがった話の一端を私なりの解釈で紹介してみる。

 京の菓子というと、①貴族が進物や茶会のもてなし用などに使う菓子をつくる御菓子司、②庶民のおやつである饅頭をつくる御饅頭屋、そして、③餅や赤飯を扱う御餅屋と、三つに分けられる。御菓子司は貴族の家来で、幕末まで二百四十八軒あった。最上のもてなしは甘いものを食べていただくことであり、それゆえに、貴族お抱えの御菓子司が存在していた。

 日本では近世まで、白砂糖は生産されず、すべて輸入に頼っていた。砂糖はおいしいのは言うに及ばず、防腐や保湿などの機能もある。それが貴族お抱えの御菓子司の存続を支えた。

 菓子は春夏秋冬および新年という季節を表し、そのためにふさわしい色、形、銘、そして吟味された素材が選ばれる。それに加え、季節が来る前、季節の盛り、過ぎ去った季節への思いなども表現する。菓子とそれを盛る器とで生み出す美などもある。それだけではない。和歌などの貴族文化を背景とする遊び心も菓子に表現される。

 京菓子は、注文する人、いただく人、そして作る人がおり、注文する人は、いただく人に喜ばれるものを求め、つくる人(御菓子司)はそれにふさわしいものを工夫して作る。

 それは、今日の大量生産大量消費とは全く別の世界である。しかし、これからの日本が大切に残していきたい文化だと思った。

 

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2014年4月17日 (木)

福島県に見る原発事故の影響の深刻さと、地域再生に懸命な人たち

 福島駅からバスで行ける花見山は桜の名所で、2、3日前から満開。おおぜいの花見客が訪れ、レンギョウなども咲いて錦絵のように華やかな景観を楽しんでいる。だが、福島県は3.11の巨大地震・津波による被災と原発事故による放射能汚染という二重の苦悩からどれだけ立ち直ったか、福島市、相馬郡飯舘村、南相馬市とめぐった駆け足の視察旅行で探ってきた。

 福島県を縦に3分割した一番東側の浜通り。相馬野馬追からさらに南の小高区まで行った。このあたりは大津波に破壊された家屋がいくつも残っており、海まで更地が広く続いている。まだ、ひっくり返った軽自動車が放置されていたりして、復旧ないし復興の道のりが遠いことを感じさせる。

 この大津波による被災よりもある意味で深刻なのが放射能汚染の影響である。3.11から3年余り経ったが、東電福島第一原発の廃炉作業が困難をきわめているように、放射能汚染の影響は今回訪れた地域の社会、暮らし、経済などに広く及び、地域の再生を難しくしている。

 福島市では、福島労働局が入っている合同庁舎の窓から外を見たら、眼下に青いカバーで覆われた、除染で出た放射能を帯びた土などの廃棄物があった。こうした除染で出た廃棄物は福島市内でもあちこちで見かけた。また、飯舘村や南相馬市への道の途中でも時々あった。バスで移動していると、時々「除染中」という幟が立っていた。

 放射能の線量が高くて住民などが避難している地域では、人の姿を見かけることもなく、満開の桜がさびしげだった。建てて間もない大きな家であろうと、古い家であろうと、高線量が続く間にいたんでいく。何年かのちの街の様子を想像すると痛ましい。バスから見た田畑も全く実りと無縁の姿をしていた。

 国見町にある下水処理施設の県北浄化センターを訪れた。放射能に汚染された下水が流入するため、下水処理で出る汚泥の処分に困り、2.5万t余も白い保管テントに積み重ねている。テントの数は大小合わせ69にも達する(使っていないものも含む)。もっとも、今日では、日々発生する汚泥は処理業者に引き取ってもらえるようになったという。

 雇用関係の話は労働局や南相馬市経済部商工労政課などで聞いた。過去3年余、求人数や求人倍率は上昇傾向にあり、求人倍率が特に高い分野は、除染を含む公共工事関連や介護など福祉関連である。販売・サービス関係もかなり高い。ただ、放射能汚染をおそれて、子供を持つ母親が郷里を離れたままで戻ってこないという事情も求人・求職に大きく影響している。また、パートの賃金が被災地で大幅に上がったため、安いパート労働で成り立ってきたチェーン店が営業しないという現象も起きている。

 一方、地域の再生をめざすさまざまな動きもうかがえる。天皇・皇后両陛下が訪れた”ものづくり総合支援企業”菊池製作所(飯舘村)は、放射能の線量がいささか高く、昼間しか人が立ち入れない地域にある。だが、地域の復興、再生を強く願う創業者社長の意向で先端的な製品や部品を製造している。

 また、太陽光発電と農業の共存・両立、地域活性化をめざして、一般社団法人えこえね南相馬研究機構が”ソーラー・シェアリング”の実験に取り組んでいる「再エネの里」も訪れた。福島県民の願いである脱原発に向けて、上からではない新たな活動が起きているのは心強い。

 市民放射能測定所なるものがあることを、訪れて初めて知った。食品などの放射能測定を無料で引き受けて行なっている。無料奉仕のボランティアばかりで運営し、事務所維持、検査設備などは寄付に頼っている。したがって、検査装置が出す結果をありのまま出し、くわしく依頼者に説明するので、県などの検査よりも詳しく、かつ適切な情報を提供できるという。

南相馬市の桜井勝延市長は「世界史的な復興を図る」と市の再生への意気込みを語った。行政も、民間と同様に、苦難を乗り越えようと意気込んでいた。

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2014年4月13日 (日)

本を読む喜び~赤坂憲雄エッセイ集で

 仕事から引退したあと、書籍や新聞を読む時間が日常の活動で最も多くを占めるようになった。だが、新聞の主要な記事に目を通しても、あまり理解できない、わからない、あるいは記憶に残らない割合が増えていく。単行本で新しい知識を得ようとしても、読む先から忘れていく。読み終わったあと、最初からもう一度読めば、理解度が高まり、少しは頭に残る程度だ。それは賽の河原の石積みに近い時間の浪費かもしれない。

 そうしたなかで、鋭い切り口や説得力のある文章にお目にかかると、刺激を受けるし、すんなり頭に入る。普段感じたり、考えたりしている事柄だからだ。「赤坂憲雄エッセイ集」という副題の付いた『福島へ/福島から』は、地元新聞への寄稿をまとめた100ページちょっとの薄い本だが、とても読み甲斐がある。

 「東京からやってきた出稼ぎ文化人を、神棚にでも祀り上げるようにありがたがる風潮こそが、東北の将来をみずから構想する活力を奪ってきたのではないか」、「あすの地域社会を創るのは、そこに暮らす人々であり、だれか東京にいるエラい人が与えてくれるわけではない」――これは3.11の1年余り前に新聞に掲載された文章だが、いま読んでも、適切な指摘である。

 また、3.11のあとの寄稿文も、問題の所在とめざすべき方向を示唆する。「原発がどれほど未熟な、制御しがたいテクノロジーであるかを、わたしたちは目撃した」、それは「安価でもなく、安全な技術でもなく、いわんやクリーンなエネルギーでもなかった」と。

 さらに、「この大震災によって、ビデオが早回しされるように、十年か二十年先にやって来るはずであった世界」、即ち、「過疎化や少子高齢化のはてに「限界集落」となり、ついにムラが離村・消滅へと追い込まれてゆく、といった近未来に訪れるはずであった風景が、いま・そこに、むき出しの現実と化して転がっている」と言う。

 ではどうしたらいいのか。赤坂氏は、地域の人々が自ら創造的な復興へのシナリオ、つまり将来ビジョンを構想し、地域の人々の内発的な力、草の根の力で現実化するしかないと訴える。そして、抽象的だが、原発に依存しない世界を創るための試行錯誤を福島県の人々が始めることを願っている。

 膨大なカネがただ復旧のために投じられており、除染は「移染」にすぎず、減容化は高濃度の放射性廃棄物を生み出す。こうした問題点の指摘を含めて、この本は、フクシマの未来を考えるうえで、読む価値がある。

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2014年4月 6日 (日)

豊田章一郎氏の「履歴書」で思い起こす戦後まもなくの名古屋

 日本経済新聞の「私の履歴書」に、今月は豊田章一郎氏が登場している。トヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎の息子で、戦後、トヨタ自動車の社長や経団連の会長も務めた。

 取材で豊田氏に会ったことがあるが、それはさておいて、6日付けの「履歴書」に、喜一郎の「名古屋市の八事の別荘」が出ていて懐かしかった。章一郎氏も「1997年まで家族とともに住んでいた思い出深い家であり、今はトヨタ自動車の鞍ケ池記念館の一角に移築されている」と書いている。

 日本が戦争に負けたあとの昭和20年(1945年)秋から、私の一家は、この別荘から数百メートル、南のほうに住んだ。したがって、昭和20年代、小学生だった私は、自転車で近所を走り回るとき、この別荘のあるあたりをしばしば通った。

 当時、うっそうとした広大な敷地で、中にどのような建物があるのか、外からはほとんど見えなかった。立派な別荘の建物や温室があることは「履歴書」を読んで初めて知った。敗戦によっても、上流階級は庶民とは別格の暮らしをしていたことがわかる。

 我が家の100メートルほど北には、幹線道路が走っていて、八事に通じていた。この道路をシャーシーだけのトラックが時々走るのを見かけた。夏だと、鉢巻をし、腹にさらしを巻いたふんどし姿の運転手が乗っていた。それがトヨタ自動車の存在を知る契機となった。

 いまや、トヨタは世界の自動車メーカーの雄である。そのトヨタの半世紀以上も前の姿を垣間見た者にとっては、今昔の感がある。 

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2014年4月 5日 (土)

京都の桜は満開で、ボリューム感があった

 よく晴れた今月1日、東京・皇居周辺の桜を観賞した。大手門から入り、北の丸に抜け、千鳥ヶ淵に沿って満開の桜を楽しんだ。

 千鳥ヶ淵を挟んで両側に咲き誇る桜花は何度見てもあきない。桜見物で訪れる人々の表情は、お寺参りと同様、善男善女のそれだ。誰もが幸福感に包まれ、心豊かになっているのではないか。平和国家、日本を象徴する光景でもある。

 翌2日、孫たちを連れて京都に行った。その日と次の日(3日)は京都の名所をあちこち訪れたが、当地もまた桜が満開。訪れた清水寺、円山公園、哲学の道、竜安寺、嵐山など、いたるところでソメイヨシノなどの桜の満開を見ることができた。

 銀閣寺に近い哲学の道では、桜の花を見たとき、豊満に膨らんだ大きな球がいくつも集まったようなボリューム感に圧倒された。これに比べれば、千鳥ヶ淵の桜はさわやかな美しさである。また、竜安寺では、枝垂れ桜や、池の周りや島の桜が美しい景観を構成している。嵐山の中腹まで桜が咲くなどもあり、多様な桜の楽しみ方を知った。

 京都の旅で強く感じたのは、外国人の旅行客が多いことである。圧倒的に多いのが中国語をしゃべる旅行者だ。団体もあれば、少人数で旅行しているグループもある。清水寺あたりでは、貸衣装の着物を着た若い女性旅行者が目に付いたが、彼女らが話すのはいずれも中国語だった。

 2年半前にフランスに旅行した。そのとき、パリにあるルーブル美術館やノートルダム寺院前広場などで、中国人と思われる旅行客が多いのに驚いたことを思い出す。中国の豊かな層が外国旅行に大勢出かける時代が到来したのを実感した。いささかマナーに欠けるきらいはあるが、それも世界を知ることで変わるだろう。

 京都は、国宝など世界に誇れる文化遺産が豊富であり、地元経済振興のため、内外の観光客を歓迎している。日本の人口が今後急速に減っていくことを踏まえると、京都のみならず、日本として外国人旅行者の増加が必要不可欠である。京都はその先導役を果たしているのかもしれない。

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2014年4月 1日 (火)

消費税3%上げに踊った?人々

 3月31日までの日本は、消費税3%引き上げ前ということで庶民が買い物に駆け回った。あれだけ消費税が上がる前に買っておこう、払っておこうという、熱におかされたような支出ブームのあとだから、4月1日に、どこの店も閑散としたのは当然だ。

 たまたま31日の夕方、近所のスーパーに行ったら、魚や肉の売り場はほとんど売り切れていた。消費税の引き上げを反映するレジに切り替えるため、4月1日は休業することにしていた事情も反映しているだろうが、とにかく3月末の数日間、街に出ている人の数は非常に多かったし、多くの店がお客で混みあった。言うなれば”消費税回避買い物週間”だった。

 どこの商売もそうだが、消費税アップの前に買う、支払うのが得だと消費者に宣伝しまくったし、テレビ、新聞なども、そうした話を取り上げ、あれこれ取材し、報道した。高価な腕時計が売れる等々の報道は、ほかの消費者の購買意欲を刺激しただろうと思う。もちろん、賢い消費者は3%の消費税上乗せを回避するため、かねて欲しいと思っていた商品・サービスを購入したと想像する。

 しかし、3%の消費税引き上げは、何でもかんでも消費者が買い急ぐ必要のあるアップ率だろうか。化粧品は国内外のメーカー間の激しい競争で、じりじり、小売り価格が値下がりしている。このように、供給者間の競争が激烈で、先になれば値下がりが期待しうるものも少なくない。また、すぐ買わず、おカネを貯めておき、技術進歩で性能が向上したものが出てきてから最新のものを買うとか、古いモデルが値下がりしたのを買うとかしたほうが賢いかもしれない。いまあわてて買うだけが能じゃないということを消費者に理解してもらうことも大事だ。

 メディアは、そうしたものの見方を提供する役割も担っているのではないか。消費者と一緒になって騒ぐだけが能ではない。

 

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