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2014年4月 6日 (日)

豊田章一郎氏の「履歴書」で思い起こす戦後まもなくの名古屋

 日本経済新聞の「私の履歴書」に、今月は豊田章一郎氏が登場している。トヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎の息子で、戦後、トヨタ自動車の社長や経団連の会長も務めた。

 取材で豊田氏に会ったことがあるが、それはさておいて、6日付けの「履歴書」に、喜一郎の「名古屋市の八事の別荘」が出ていて懐かしかった。章一郎氏も「1997年まで家族とともに住んでいた思い出深い家であり、今はトヨタ自動車の鞍ケ池記念館の一角に移築されている」と書いている。

 日本が戦争に負けたあとの昭和20年(1945年)秋から、私の一家は、この別荘から数百メートル、南のほうに住んだ。したがって、昭和20年代、小学生だった私は、自転車で近所を走り回るとき、この別荘のあるあたりをしばしば通った。

 当時、うっそうとした広大な敷地で、中にどのような建物があるのか、外からはほとんど見えなかった。立派な別荘の建物や温室があることは「履歴書」を読んで初めて知った。敗戦によっても、上流階級は庶民とは別格の暮らしをしていたことがわかる。

 我が家の100メートルほど北には、幹線道路が走っていて、八事に通じていた。この道路をシャーシーだけのトラックが時々走るのを見かけた。夏だと、鉢巻をし、腹にさらしを巻いたふんどし姿の運転手が乗っていた。それがトヨタ自動車の存在を知る契機となった。

 いまや、トヨタは世界の自動車メーカーの雄である。そのトヨタの半世紀以上も前の姿を垣間見た者にとっては、今昔の感がある。 

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コメント

And those who are desperate enough to copy them, they are doing it blatantly any way in places like Chandni Chowk, etc and our guys are not doing much to stop them from doing that either

投稿: louboutin women shoes | 2014年4月24日 (木) 12時26分

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