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2014年4月22日 (火)

京都の文化の一端である「京菓子」の世界に触れる

 京都といえば、寺社仏閣を訪れ、満開の桜や紅葉をめでる、もっぱら、そんなことしかしてこなかった。最近、グループで訪れたときは、京都の文化の一端をのぞく旅だった。

 京都の菓子司として知られる「末富」を訪れたとき、主人の山口富蔵さんは、京菓子について無知な私にとって初耳の話をしてくれた。座ったとき、すぐに串団子が出された。その真ん中の緑色の団子には、花びらが一枚付いているように見えた。その日は、桜が半ば散った頃で、串団子には「名残りの春」という銘をつけているという。

 そして、「出来立てを食べるのが一番おいしい」と言う山口さんは、お茶の出るのを待たないで、すぐ食べてくださいと言い、続いて出された干菓子については、紙にただ載せるのではなく、景観を思い浮かべて配置してください、と言った。

 ここから始まって、山口さんは京菓子の世界について、うんちくを傾けた。予備知識なしに山口さんの話を理解するのは容易ではない。山口さんの著書『菓子司・末富 京菓子の世界』(2011年4月刊)も参考に、うかがった話の一端を私なりの解釈で紹介してみる。

 京の菓子というと、①貴族が進物や茶会のもてなし用などに使う菓子をつくる御菓子司、②庶民のおやつである饅頭をつくる御饅頭屋、そして、③餅や赤飯を扱う御餅屋と、三つに分けられる。御菓子司は貴族の家来で、幕末まで二百四十八軒あった。最上のもてなしは甘いものを食べていただくことであり、それゆえに、貴族お抱えの御菓子司が存在していた。

 日本では近世まで、白砂糖は生産されず、すべて輸入に頼っていた。砂糖はおいしいのは言うに及ばず、防腐や保湿などの機能もある。それが貴族お抱えの御菓子司の存続を支えた。

 菓子は春夏秋冬および新年という季節を表し、そのためにふさわしい色、形、銘、そして吟味された素材が選ばれる。それに加え、季節が来る前、季節の盛り、過ぎ去った季節への思いなども表現する。菓子とそれを盛る器とで生み出す美などもある。それだけではない。和歌などの貴族文化を背景とする遊び心も菓子に表現される。

 京菓子は、注文する人、いただく人、そして作る人がおり、注文する人は、いただく人に喜ばれるものを求め、つくる人(御菓子司)はそれにふさわしいものを工夫して作る。

 それは、今日の大量生産大量消費とは全く別の世界である。しかし、これからの日本が大切に残していきたい文化だと思った。

 

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