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2014年5月29日 (木)

過去100年の歴史に学べ、と五百旗頭真氏

 今年は第一次世界大戦が始まってからちょうど100年になる。国際政治史の五百旗頭真氏(元防衛大学校長)は28日、日本記者クラブ総会記念講演で「アジアの中の日本の進路」と題してスピーチし、過去100年の歴史から汲み取るべき教訓を指摘した。
 まず、日本が現在直面している三重苦として、やがて来る超大型災害、国家財政の巨大な赤字、冷戦時代などをはるかに超える国防問題を挙げた。
 そして、過去100年の歴史を踏まえ、世界の力(パワー)のバランスが失われると大戦乱になる、そして、戦後、勝者が自制的に振る舞うと、その後、平和が維持されるとの見方を示した。
 第一次世界大戦のあと、勝利したフランスなどは敗戦国ドイツに天文学的賠償を要求した。その結果、ドイツでは国民の鬱積した不満を背景にヒトラーが台頭した。彼はチェコスロバキアのズデーテン地方を割譲するよう要求し、戦争を避けたい英仏はそれだけなら、と容認した。しかし、英仏のこの”ミュンヘン融和”に味をしめたヒトラーのドイツは次々と新たな侵略を行なっていった。
 米国は第二次世界大戦のあと、この融和の繰り返しの歴史から学んだ。大統領になったケネディは”ミュンヘン融和”を繰り返してはならないと考え、キューバ危機に対処した。
 過去100年の教訓は、①力をつけて勢いづく国に”ミュンヘン融和”をするのはいけない、抑え付ける努力をすべきだ、②かりそめにも戦いはしてはならない、止まらなくなる、③台頭する国には、国際的な連携を背景に、困ることになりますよと自制を求める、④非軍事的な説得を促す、と氏は言う。
 では日本の今後の進路についてはどうか。氏は日米同盟と日中協商が必要だと主張する。
 米国のドクトリンは経済的相互依存、人権および民主主義という普遍的価値、地政学的行動の3点である。あからさまに領域を超えて膨張する国に対しては、リバランスの行動をとる。10年前、草木も中国になびいていたが、いまは、多くのアジア諸国が中国に警戒心を抱いている。世界を敵にするとは、孫子の国なのにどうしたのか。
 米国はどれほど関与するのか。米国は中国を経済的機会として重視しているし、軍事力も往時より低下している。そしてオバマ大統領は非軍事的、外交的にしか動かない。歴史にならえば、次の政権がタカ派的になるのだが、共和党は内部が壊滅状態であり、ヒラリー・クリントンになれば、地政学的な対応をとるだろう。
 日本が中国に尖閣諸島を一瞬にしてとられたら、米国は動かない。日本がやるべきは自助努力である。対応力をつけ、中国による現状変更の動きに対し、「それはあまりにリスクが大きい。侮るな」と言っていく必要がある。それには海上保安庁を強化し、日米同盟を強化しなければならない。その点で、我が国は集団的自衛権を認め、日本近海の米艦を護る必要がある。
 中国は国際世論を割に気にする。しかし、中国は50年、100年を待つ長期戦でくる。日本にとってつらいものがある。フィリピンやベトナムにとっては、もっと厳しい。日本は中国とは首脳間で共同利益の追求で合意し、自制的に一緒にやっていくことができればいい。

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2014年5月25日 (日)

中国に欲しい大人の風格

 中国の強圧的な対外・対内政策が周りの国々との国際的な緊張関係を高め、また、国内でも少数民族の反発を招いている。望むらくは、世界第2位の経済力を背景に、対外協調および国内民主化の道を歩んで”大人の風格”を示してほしい。それが世界の安寧につながる。

 中国の外交や国内政治が大人げないと思うのは、平気で嘘をついたり、二枚舌をつかうことである。とにかく自分の過ちを全く認めない。パラセル(西沙)諸島海域で、中国が開始した石油掘削に対し、ベトナムの警備艇などが中止を求めて接近すると、中国の船が放水したり、体当たりしている。それを、中国政府は、ベトナム側がやったなどと、うその発表をする。 

 それよりも何よりも、石油掘削の場所を中国の固有の領土と言うこと自体が一方的な主張に聞こえる。中国が、ここからここまでが中国の領土、領海だと一方的に決めるのは、国際的なルールに反する。いわゆる帝国主義の時代に、中国はイギリスなど西欧の支配や搾取に苦しめられた。それに対して、江戸のかたきは長崎で、というように、今度は自分が周辺諸国を支配しようとしているようにもみえる。ウイグル族、モンゴル族など少数民族を力づくで漢化しようとしてきたのも、漢民族による支配を徹底しようという漢民族優位思想の表れと受け取れる。

 いまの中国は、治安対策費のほうが軍事費よりも多いといわれているように、共産党による独裁政治の維持が至上命題である。そのためには、体制への批判を封じるし、外国との紛争を引き起こすことも辞さない。米国が海外派兵に慎重になってきたのも、中国にとっては、アジア”支配”に好都合だ。最近の日本へのさまざまな挑発も、そうした文脈でとらえる必要があると思う。

 ひるがえって、日本では尖閣諸島をめぐる日中対立を背景に、安倍内閣は憲法第9条の解釈変更で集団的自衛権が発動できるようにしようとしている。中国の各種の挑発的な言動は、日本国内における反中感情を強め、安倍内閣の支持率を高めているようにみえる。こうした負の連鎖は一触即発の事態を招きかねない。

 毎日のニュース報道はウクライナ、タイなど、世界のあちこちで起きている紛争の深刻な実態を伝えている。人類には叡智がないのかと言いたくなる。超大国となった中国には、世界の70億人の幸せを考える責務があるように思うが、いかが。  

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2014年5月24日 (土)

報道写真家、笹本恒子の100歳展

 横浜にある日本新聞博物館で開催中の「日本初の女性報道写真家 笹本恒子 100歳展」を見てきた。「カメラを手にして75年。今も撮影や執筆をしていて、もっと時間が欲しいと思いながら日々過ごしています」とパンフレットに書いてある。

 アルバイトで東京日日新聞のカットを担当したのがきっかけで報道写真の道に入った笹本氏は、戦後の1960年代から80年代に約20年間、現場を離れたが、1985年からまた撮影を始めたという。百数十点に及ぶ今回の展示写真は、最も古いのは1940年の9点で、華族会館での「日独伊三国同盟夫人祝賀会」とか、大阪・文楽座の「ヒトラーユーゲント(突撃隊=引用者注)来日」、日米学生会議会場など。

 そのほかはすべて太平洋戦争直後の1946年以降。銀座・和光を写した1946年の「銀座4丁目PX(米占領軍の購買部=引用者注)」と1989年の「大喪の日(昭和天皇=引用者注)」の写真は、半世紀近くを隔てたこの国の歳月を感じさせる。

 東芝堀川町従業員組合のデモが写る「銀座でのゼネスト」(1946年)、兵士と女性が入口で抱き合っている「進駐軍専用のホテル」(本牧、1950年) 隅田川の船に乗り合わせた「女性連れの進駐軍兵士と幕下力士」(1952年)、知恩院の仏教大学付属「尼衆学校」の写真3点、「女性だけを招待したストリップショー」(浅草座、1952年)、「蟻の街」(台東区、1953年)などは、ほとんど忘れ去られた戦後史を思い起こさせる。何十年か前まで、日本の社会は厳しい状況にあったのである。以上は展示の第3章「笹本恒子が見た時代」の作品である。

 この写真展の売り物は著名な人物の写真である。第1章「明治生まれの女性たち」は30点近い。壺井栄に始まって、加藤シズエ、澤田美喜、中村汀女……。第2章「あの時代、あの人」では、約40人で、1950年の美空ひばり、1951年ごろの越路吹雪、1957年、亡くなる直前の徳富蘇峰、1961年の大佛次郎(武原はんと一緒に写っている)など。見れば、さまざまな思いがわいてこよう。

 第3章の「笹本恒子が見た時代」は50点ほど。その中で、「原爆ドーム」(1953年)は、妙にきれいになっている今の原爆ドームと違い、暗さ、凄惨さを感じさせる。

 女性の社会的地位が今よりはるかにきびしい状況にあった時代を報道写真家として生きたこと自体がすごいことだが、作品はやさしいまなざしを貫いているように思える。100歳の今も思考にしなやかさが感じられるのも敬服に値する。

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2014年5月18日 (日)

ボーン・上田賞を受賞した城山英巳氏の講演から

 時事通信社中国総局特派員の城山英巳氏が今年のボーン・上田賞を受賞し、その記念講演が3月末に横浜で行われた。その要約が「メディア展望」5月1日号(公益財団法人新聞通信調査会発行)に掲載されている。「理性的な日中関係構築のために~「反日」と言われる現場からの報告」と題してだ。

 この中で、同氏が尖閣諸島についての中国の主張を外交文書で確かめた話を書いている。中国外務省の中にある档案館には新中国成立以降の政府公式史料があるので、そこで尖閣諸島に関する外交史料を調べた。その結果、中国が尖閣諸島を中国のものと言い出したのは1971年くらいからで、それ以前は領有を主張しなかったし、日本へ異議を申し立てることもなかった。

 ところが、この事実を報道したあと、世界の外交史研究者が档案館に行って城山氏の読んだ史料を探したところ、日中関係史料はすべて削除してあったという。中国政府は自分たちの主張にとって不利な証拠は見せないようにしている。

 また、尖閣問題以降、中国の図書館で昔の地図が見られなくなったという。そこで古本市で50種以上、探し出して見たら、71年7月以降はどの地図にも「釣魚島」の名が出てくるが、それ以前には全くない。古来より台湾の付属島嶼だというのも、後付けの論理であることがわかるとしている。

 このほか、中国の1964年7月の外交文書は、毛沢東の意向として、沖縄は日本に当然返還されるべきだという談話を出先の大使館に徹底させている、という事実も城山氏は指摘している。

 この講演内容紹介を読んで、モンゴル、満州、中央アジアや中国、日本などの歴史を独自の視点で捉える岡田英弘氏(元東京外語大学教授)の著書の記述を思い出した。岡田氏によると、中国では「現実の政治的要請にそったことを主張するのが歴史だ、ということになっている」、「これは伝統的にそうなのです。だから、その時々で過去の歴史の認識が変わるのが、中国人の歴史というものの特徴なのです」(『日本人のための歴史学』(2007年5月刊)という。近年、歴史認識という言葉が中国や韓国から日本に投げかけられるが、中国のそれについては、城山氏と岡田氏の指摘は相通じるものがある。

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2014年5月14日 (水)

クー氏の財政赤字解消論

 バブル崩壊後の日本経済が長期デフレに陥ったのはなぜか、について”バランスシート不況”という独自の視点を提示したリチャード・クー氏。彼が著わした『バランスシート不況下の世界経済』(2013年12月刊、徳間書店)を拾い読みした。

 同書は、GDPの2倍以上に膨らんだ日本国の政府債務について、財政出動は不可欠だったとして、次のようにとらえている。

 バブルがはじけ、企業(法人)の持つ資産価格が暴落したため、企業の財務内容は大幅に悪化した。このため、企業は投資を抑え、借金を減らし、財務内容を改善することに奔走するようになった。この法人部門の内需減少を放置すれば、国内景気はスパイラルに落ち込み、大恐慌のような事態に陥る。それを避けるため、政府は財政出動による景気刺激策をとった。おかげで、日本のGDPは落ち込まないですんだ、と。

 また、国債の利回りがゼロに近いということは、財政赤字が民間企業の負担になっていないと言い、「企業が国内で上げている収益のかなりの部分は、政府が民間の未借貯蓄を借りて使ってくれることで、総需要が支えられているからこそ可能になっている」と書いている。

 では、どうやって財政再建するのか。これについては、まず、企業が借り入れて投資に充てる以上に貯まったままになっている未借貯蓄が解消されて初めて財政再建が可能となるという。そして、「5年や10年で何とかしようとすれば大きな無理が発生し、またその努力が景気を悪化させることになりかねない」とし、「この種の不況が数十年に一回しか発生しない」ので、税制の根底からの見直しなど「あらゆる手段を使って経済効率と経済成長率を高めることで対応できる可能性が出てくる」と述べている。

 「日本経済の成長率を上げる選択肢がそう多くあるわけではない」と慎重な言い回しをしつつ、「第4章 アベノミクスに宿る大きな可能性」の末尾で「バランスシート不況とその後遺症である借金拒絶症の実態をしっかり把握した上で、それに見合った大胆な成長戦略を打ち出す必要がある」とクー氏は締めくくっている。

 財政出動の必要性を説く部分は説得力がある。でも、財政再建の道筋、展望については、政治、経済、社会の今後の動向が大きく影響するので、説得力を感じない。

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2014年5月10日 (土)

近づく財政破綻、乏しい危機意識

 BS朝日が10日のテレビ放送で日本の財政危機を取り上げた。2013年度末(今年3月末)現在の国の「国債及び借入金残高」が1025兆円、1年前に比べ33兆円増えたと財務省が9日発表したのを受けての特集である。国民1人当たり800万円を超え、今後、さらに増えていく国家債務。それが近未来に引き起こす財政破綻は国民経済・暮らしを破滅させると予想される。

 しかし、一般市民の多くは財政危機、財政破綻……と聞いても、何のことかわからない。経済に疎い出演者もピンとこない様子だった。それでも、経済学者の竹中平蔵、小黒一正両氏らの話は、番組の視聴者に財政危機への認識を多少なりとも植え付けたのではなかろうか。

 財政破綻が起きるのはいつか、という質問に対し、竹中氏は5~10年後、小黒氏は10年ぐらいまでの間に、と答えた。では、財政破綻を避けるにはどうすべきか。竹中氏の答は、歳入庁の創設と歳出改革、つまり「入」と「出」の両方だった。これは正解であり、急いで手を着ける必要がある。安倍内閣が進めるアベノミクスが行き詰まっている現在、これは重要な次の一手だろう。

 歳入改革でなすべきことは多々ある。国税庁と社会保険庁とを統合して歳入庁にするという改革案は財務、厚生労働両省の反対で実現しなかった。しかし、これらの一本化は、税金・保険料の徴収漏れを減らすとともに、行政の効率化につながる。私見だが、いまも残っている消費税の”益税”化は廃止すべきである。それに、今年度から個人の相続税の課税強化を図ったが、農地保有・相続に関する課税優遇は限定的にすべきだろう。

 また、歳出改革は、第一に、医療、介護、年金など社会保障歳出の思い切った効率化、削減が必要である。少子高齢化に伴ってこの分野の歳出圧力が高まるのは必定だが、検査漬け、薬漬け、重複通院などを改めることは欠かせない。カルテの電子化などが、とっくに実現できていないのは、政治が既得権益を打破しようとしないからである。

 地方交付税交付金を削減する努力も足りない。地方自治体の中央への甘えを許していては、地方の自立、主体性の確立が進まないし、国家財政の負担も減らない。国・地方の”役人天国”をいつまで許容するのかと言いたい。

 安倍内閣は、集団的自衛権、特定秘密保護法など、安全保障に関する法制度の改変にはエネルギーを集中するが、迫りくる財政破綻への対応策にはほとんど手を着けていない。4月に消費税の3%上乗せを実施したが、来年度の10%への引き上げについては慎重な構えを示している。たとえ10%に引き上げたとしても、歳出を増やさないための歳出切り込みが伴わなければ、国家債務は膨らむ一方だろう。

 目下、日本経済は、日銀の量的・質的金融緩和によりデフレからの脱却を図っている最中。したがって、歳出改革はデフレ脱却の道筋を踏まえつつ行なうという難しさがある。だが、それがいまの政治に課せられた難題である。国民が見れども見えずの財政危機を”見える化”することはメディアの使命ではなかろうか。

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2014年5月 8日 (木)

国会の委員会における質問通告期限を早める動き

 財務省の高田英樹氏が書いているブログ「日英行政官日記」によると、4月23日に、自民党の国対と各委員会の委員長との懇談会で、女性職員の家庭・育児との両立を支援する観点から、国会議員の政府に対する質問通告を委員会の前々日の18時までに行なうことを申し合わせた、という。

 それがいかに大きな意義を持つか、について、ブログは詳しく書いている。議員はあらかじめ政府に質問内容を通告することになっている。いきなり本番で質問されたら、責任ある、きちんとした答弁をするのは容易ではないから、事前に質問を通告するのは必要だ。しかし、前日の夕方や、夜になって質問内容が政府に届くことも多い。政府を困らせようと、おおまかな質問内容にとどめる議員もいる。

 そんなこんなで、関係省庁の官僚は、通告された質問への政府答弁を作成するのに深夜まで作業したり、徹夜したりする。国会の会期中、霞が関では、これが官僚たちの最大の仕事である。ブログには書かれていないが、政府関係機関や業界団体などの中には、中央省庁からの問い合わせに即座に応答できるように、やはり24時間待機となるところがある。電力再編など、電力業界のからむ質問が出そうな状況だと、経済産業省からのご下問に備えて、東京電力の関係部門は徹夜の構えとなる。

 したがって、今回の自民党内部での申し合わせは、女性職員支援という観点にとどまらず、男性を含めて、現代日本における望ましい働き方、暮らし方という視点で歓迎したいと思う。野党も速やかに賛同してほしい。野党の多くは労働者の味方のはずだが、一部の有力議員は、中央官庁の職員を”敵”とみなして、わざと質問の通告を遅くしたりしていやがらせしていると聞いたこともある。

 霞が関で働くエリートたちが、議員を回って質問取りしたり、徹夜で答弁づくりに追われることでせっかくの能力を消耗させられているという面もある。将来を考えて、国会運営などをより意義深いものに変えていくべきだろう。

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2014年5月 4日 (日)

文楽をかじって

 去る4月、国立文楽劇場(大阪)に行って「菅原伝授手習鑑」を観てきた。竹本住大夫さんの引退公演でもあった。これに先立って、別室で、桐竹勘十郎さんが人形を持ってきて、人形のこしらえかた、操りかた、あたかも生きているようにみせるためにどう工夫しているのか、等々、興味深い話をしてくれた。文楽は国立小劇場(東京)でもたまに観るが、桐竹さんの人形についての話は、文楽への関心を高めてくれた。

 最近、出版された『文楽にようこそ』(桐竹勘十郎、吉田玉女著)は、人形遣いだけでなく、義太夫、三味線それぞれのすぐれた手練れがそれぞれの世界の奥深さをさらりと語っていて、すぐれた入門書となっていると思った。

 昭和40年代前半と思われるが、当時、名人が輩出しても、「お客様の数より出演者のほうが多かったくらい」(桐竹さん)。今日、大阪市の補助金問題で観客数が取り沙汰されているが、その当時に比べたら「ずっと右肩上がりです」(同)と言う。歌舞伎も同様な経緯をたどっている。日本経済や暮らしにゆとりと豊かさがあっての文楽、歌舞伎なのだろう。

 人形を遣うときは、主遣い、左遣い、足遣いの3人が一緒に行なう。修業はまず足遣いから始まるが、それだけで10年以上かかる。そこから左遣いに上がり、最後に主遣いになるが、誰もがなれるわけではない。昔の丁稚奉公のような世界でもある。ただし、歌舞伎と違って、名門の子が跡を継ぐというのではなく、皆に”出世”のチャンスがあるという。

 義太夫の豊竹呂勢太夫さん、三味線の鶴澤燕三さんのそれぞれのインタビューも掲載されている。二人とも国立劇場の研修生となって文楽を学んだ。それぞれの話も挑戦に次ぐ挑戦の苦労話である。

 ところで、文楽の世界ですごいのは、特定の師匠に就いたあとも、必要に応じて、ほかの師匠のところに教わりにいくのがごく普通のことだという点だ。大きな意味で、人形遣いも、義太夫も、三味線も、皆、”文楽一座”の一員というわけである。

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