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2014年5月18日 (日)

ボーン・上田賞を受賞した城山英巳氏の講演から

 時事通信社中国総局特派員の城山英巳氏が今年のボーン・上田賞を受賞し、その記念講演が3月末に横浜で行われた。その要約が「メディア展望」5月1日号(公益財団法人新聞通信調査会発行)に掲載されている。「理性的な日中関係構築のために~「反日」と言われる現場からの報告」と題してだ。

 この中で、同氏が尖閣諸島についての中国の主張を外交文書で確かめた話を書いている。中国外務省の中にある档案館には新中国成立以降の政府公式史料があるので、そこで尖閣諸島に関する外交史料を調べた。その結果、中国が尖閣諸島を中国のものと言い出したのは1971年くらいからで、それ以前は領有を主張しなかったし、日本へ異議を申し立てることもなかった。

 ところが、この事実を報道したあと、世界の外交史研究者が档案館に行って城山氏の読んだ史料を探したところ、日中関係史料はすべて削除してあったという。中国政府は自分たちの主張にとって不利な証拠は見せないようにしている。

 また、尖閣問題以降、中国の図書館で昔の地図が見られなくなったという。そこで古本市で50種以上、探し出して見たら、71年7月以降はどの地図にも「釣魚島」の名が出てくるが、それ以前には全くない。古来より台湾の付属島嶼だというのも、後付けの論理であることがわかるとしている。

 このほか、中国の1964年7月の外交文書は、毛沢東の意向として、沖縄は日本に当然返還されるべきだという談話を出先の大使館に徹底させている、という事実も城山氏は指摘している。

 この講演内容紹介を読んで、モンゴル、満州、中央アジアや中国、日本などの歴史を独自の視点で捉える岡田英弘氏(元東京外語大学教授)の著書の記述を思い出した。岡田氏によると、中国では「現実の政治的要請にそったことを主張するのが歴史だ、ということになっている」、「これは伝統的にそうなのです。だから、その時々で過去の歴史の認識が変わるのが、中国人の歴史というものの特徴なのです」(『日本人のための歴史学』(2007年5月刊)という。近年、歴史認識という言葉が中国や韓国から日本に投げかけられるが、中国のそれについては、城山氏と岡田氏の指摘は相通じるものがある。

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