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2014年5月 4日 (日)

文楽をかじって

 去る4月、国立文楽劇場(大阪)に行って「菅原伝授手習鑑」を観てきた。竹本住大夫さんの引退公演でもあった。これに先立って、別室で、桐竹勘十郎さんが人形を持ってきて、人形のこしらえかた、操りかた、あたかも生きているようにみせるためにどう工夫しているのか、等々、興味深い話をしてくれた。文楽は国立小劇場(東京)でもたまに観るが、桐竹さんの人形についての話は、文楽への関心を高めてくれた。

 最近、出版された『文楽にようこそ』(桐竹勘十郎、吉田玉女著)は、人形遣いだけでなく、義太夫、三味線それぞれのすぐれた手練れがそれぞれの世界の奥深さをさらりと語っていて、すぐれた入門書となっていると思った。

 昭和40年代前半と思われるが、当時、名人が輩出しても、「お客様の数より出演者のほうが多かったくらい」(桐竹さん)。今日、大阪市の補助金問題で観客数が取り沙汰されているが、その当時に比べたら「ずっと右肩上がりです」(同)と言う。歌舞伎も同様な経緯をたどっている。日本経済や暮らしにゆとりと豊かさがあっての文楽、歌舞伎なのだろう。

 人形を遣うときは、主遣い、左遣い、足遣いの3人が一緒に行なう。修業はまず足遣いから始まるが、それだけで10年以上かかる。そこから左遣いに上がり、最後に主遣いになるが、誰もがなれるわけではない。昔の丁稚奉公のような世界でもある。ただし、歌舞伎と違って、名門の子が跡を継ぐというのではなく、皆に”出世”のチャンスがあるという。

 義太夫の豊竹呂勢太夫さん、三味線の鶴澤燕三さんのそれぞれのインタビューも掲載されている。二人とも国立劇場の研修生となって文楽を学んだ。それぞれの話も挑戦に次ぐ挑戦の苦労話である。

 ところで、文楽の世界ですごいのは、特定の師匠に就いたあとも、必要に応じて、ほかの師匠のところに教わりにいくのがごく普通のことだという点だ。大きな意味で、人形遣いも、義太夫も、三味線も、皆、”文楽一座”の一員というわけである。

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