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2014年6月28日 (土)

日本の滅亡を予感させる『東京自叙伝』

 怪奇小説とでも言おうか、大部の小説、『東京自叙伝』(奥泉光著)を興奮を覚えながら読んだ。東京の”地霊”が想起した記憶・現実や近未来の予知を描いているものだが、同書に込められている、いま、まさに起こりつつあると思われる未来の描写については一部をここに書き留めておきたい。それは私が感じているものと似ているところがあるからだ。

 「思えば太古の昔から東京の地は数々の災害に見舞われてきた。その度ごとにたくさん人が死んだ。しかしいつの場合でも、それもマア仕方がないヨネ、所詮なるようにしかならないんだしネと……(中略)……根本のところから諦めてきたわけ…」

 「成り行きに掉さす思想とは、即ち、滅びの思想デアル……(中略)……成り行きに任せ、やがて滅びる。万事それでよい。それ以外に人が生きる法はない。……(中略)……どうやら私(東京の地霊)はそのように考えて生きてきたらしい。だから、滅亡を前にしてじつに心穏やかである。」

 「私たちが対話への欲望や希望を抱いて居ることは疑えぬ。話し合いを通じて共存共栄したいと心から願って居る。ソレは疑えぬ。……(中略)……ソウならぬのは、ソウならぬだけの理由があるので、つまり話し合いたい気持ちは山々なのだが、ヤリ方がわからぬのデアル。……(中略)……似たような内容を全員が口にしてワイワイ騒ぐことしかできぬ。」

 「マアどちらにせよ、近い将来、東京は壊滅してしまうのだから――と申しますか、すでに壊滅しつつあるわけですから、あれこれ考えても仕方がありません。」

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