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2014年7月31日 (木)

経済財政白書に見る財政健全化

 「よみがえる日本経済、広がる可能性」という副題を付けた平成26年度経済財政報告がこのほど発表された。財政危機についてどう報告しているかを以下に紹介する。

・公債費が歳出に占める割合は高い。急激な金利上昇は財政状況をさらに悪化させる可能性がある。

・国債買い入れが物価安定目標達成後も長期にわたって継続される場合、大幅な物価上昇や、財政ファイナンス懸念による金利高騰のリスクがある。市場の信認があるうちに、着実な財政健全化に向けた取り組みが必要である。

・財政健全化のためには、デフレ脱却と成長戦略の着実な実施により名目経済成長率を高めることが重要である。

・直近20年では、長期金利が名目経済成長率を上回る傾向がみられた。基礎的財政収支の赤字を着実に改善していくことが必要である。

・経済成長を下支えする財政健全化策としては、税の歪みの削減や、労働供給を高める歳出削減策への取り組みが有用である。

・消費税率の引き上げは財政健全化にも資する。ただし、さらなる財政収支改善努力が必要である。

・我が国は北欧などの社会保障充実国と比べ、消費税、個人所得税の収入が低い傾向にある。

・社会保障費の大きなウエートを占める医療・介護費の伸びの主因は調剤、入院医療費、介護費の増大である。調剤医療費の増加は投薬数量の増加が寄与している。薬価の算定見直しなどが必要である。

・健康長寿の高齢者の就業促進は、地方経済の自立と財政健全化に寄与することが期待される。

 

 この年次経済財政報告をまとめた内閣府は、その発表日に、政府が開いた経済財政諮問会議で「中長期の経済財政に関する試算」を提出している。それによると、2020年度の基礎的財政収支は政府が内外に公約している黒字化にほど遠い11兆円の赤字になるという。それとて楽観的な予測数値かもしれない。

 平成26年度経済財政報告に指摘されているように、市場の信認があるうちに(いつまで信認が続くかわからない!!)財政健全化に着実に取り組む必要がある。それには危機感、切迫感が欠かせないが、いまの政治には……。

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2014年7月27日 (日)

生活をエンジョイする西欧社会に比べると

 出版社の社長だった知人O氏が友人たちに宛てたメールで、あらまし次のようなことを記している。
・ここ毎年、個人的にヨーロッパを旅行している。イタリア、フランス、スペインなどでは、経済が悪いと言いながら、皆、生活を楽しんでいる。
・しかし、日本の地方都市を旅すると、ほとんどが大資本のスーパー、飲食店、ゲームセンターに浸食され、街の商店街はシャッターが下りて活気もひと気もない。地域の特色や伝統の味わいは失われてしまった。
・日本の地方都市では、老人にせよ、若者にせよ、スーパーを核とするショッピングセンターしか、行くところ、時間を費やすところ、人と会えるところがない。
・日本は家族であたたかい食事をとり、カフェで友人、隣人と談笑するような社会を取り戻すことができるのか。この国は荒涼とした社会になりつつあるのではないか。

 日本のテレビ放送では西欧各地の街歩き番組が多い。それを見ても、西欧の人々が家族とか暮らしをとても大事にし、エンジョイしていることが伝わってくる。金銭では測れない、ゆとりと心の豊かさを感じる。
 ひるがえって日本を見ると、長時間労働、低賃金、一人暮らしなどで、およそ、ゆったりと生活を楽しむ感覚とは無縁の人がたくさんいる。私たちの社会は、GDPなどといった経済数字だけ取り出せば、世界有数の経済大国だが、国家の発展とか、会社の成長とかいったマクロ的な視点を離れて、家庭・家族とか個人とかのサイドに立って見るならば、失ったもの、欠けているものが多々あることに気付くだろう。
 まことに遺憾ながら、いまの政治はそうした問題に全く関心がない。国家という上からの目線でのみ政治が行われているからである。あちこちで戦闘が起きている国際情勢はさておき、国内で異様な事件がひんぱんに起きるのは、人々の暮らしの基礎がゆらいでいるからだと思う。
 
 

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2014年7月25日 (金)

戦死者を悼む碑があちこちにある

 名所旧跡や古くからの公園などを歩くと、戦死者などを悼む碑や、顕彰の碑を見かける。永年の風雨などで、石に刻まれた字は判読しにくいものが多い。そうした碑は、ほとんど誰の目にもあってなきがごとくの存在である。しかし、最近の我が国の安全保障をめぐる政治の動向を眺めると、我が国にとっては歴史と化したと思っていた戦争とか戦死という言葉が現実味を帯び始めたようにみえる。

 最近、仙台市に立ち寄って、伊達政宗公の霊屋である瑞鳳殿を訪れた。そうしたら、料金を払って入った最初に目にとまったのは「戊辰戦争戦死者慰霊弔魂碑」だった。明治新政府側と旧幕府側との内戦である戊辰戦争で、旧幕の伊達藩は1260人の戦死者を出した。

 また、瑞鳳殿の敷地で見た別の石碑は「西討戦死之碑」であった。西郷隆盛の西南戦争に対し、明治新政府は不足する軍隊を補強するため、巡査などの身分で募集した旧藩士を「新撰旅団」という名称で陸軍に編入したりした。仙台からは700人が編入されたが、そのうちの149人が戦死した。

 たかだか150年ぐらい前の日本では、戦死者が相当な数にのぼっていたのである。無論、その後も大東亜戦争・太平洋戦争・第二次世界大戦にいたるまで、戦争はしばしばあり、戦死者は膨大な数にのぼった。

 仙台博物館のある公園では、「満洲事変軍馬戦没の碑」という珍しい石碑を見かけた。その近くに「軍馬軍用動物彰忠塔」なるものもあった。馬などの動物も一緒に戦った仲間であり戦力であるという日本独特のカルチャーがそこにある。

 秘密保護法、集団的自衛権に関する閣議決定などにより、日本は安全保障体制の整備に力を入れているが、国際情勢の悪化で、結果的に戦争に引きずり込まれるリスクが高まってきている。戦死とか戦死者という言葉を国民は意識せざるをえないだろう。そして新しく石碑を建てようとすることになるのかもしれない。

 

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2014年7月20日 (日)

バングラのビル倒壊など世界の現実を突きつける「世界報道写真展」

 世界報道写真展(東京都写真美術館)を見てきた。毎年、オランダで開催される「世界報道写真コンテスト」で選ばれた入賞作品から62のパネルを展示している。「観察肖像」、「自然」、「スポーツ・アクション」、「現代社会の問題」、「日常生活」、「一般ニュース」、「スポットニュース」などのジャンルごとに選ばれたものだが、一番、強烈な印象を受けたのはバングラデシュのダッカ近郊サバールで起きた8階建てビルの倒壊に関する作品2枚(「スポットニュース」の部)である。
 昨年4月、繊維製品の縫製加工などの工場が5つ入居していたラナ・プラザが倒壊して、従業員ら1100人以上が死亡した。その倒壊後のビルおよび前の広場に集まった人々を一枚に収めた写真(ラフル・タルクデル撮影)は、その惨事のすさまじさを激しく訴えている。また、この倒壊ビルの瓦礫の中から見つかった2人の犠牲者が抱き合っている姿の写真(タスリマ・アクテル撮影)は、血の涙が物語るように、無念の思いが伝わってくる。
 先進国のファッション・ビジネスを支えているバングラの労働者は月収4千円かそこら。しかし、補償基金に寄付した先進国の大手小売り業者は4社しかないと、説明文に書いてあった。
 「自然」の部の組み写真、カッペル・コバルスキの作品「空から見た環境汚染」(2枚)は、ポーランドの石炭火力発電所などから出る排ガスや排水を写したものだというが、まるで茶、黒などの絵の具をぬりたくった抽象画のように思えた。
 ロシア北部の都市ノリリスクは真冬には零下50度Cで環境汚染もひどいという。エレーナ・チェルニショワの組み写真(「日常生活」の部)は、かつては収容所があったノリリスクでの暮らしの厳しさをうつし出している。
 「現代社会の問題」の部で1位に選ばれたのはジョン・スタンマイヤーの作品である。アフリカのジブチでは、写真のように、夜、海岸でアフリカの出稼ぎ労働者たちがそれぞれ携帯電話を高く掲げている。隣国のソマリアからの安価な電波をとらえ、外国の親類と連絡しようとしているのだそうだ。ハイテクと出稼ぎという世界の現実がそこに表れている・
 
 世界は多様性に満ちている。しかし、写真展で見た世界は、バングラのみならず、平和とか、暮らしの安心とかとはほど遠い、苦難にあえぐ人々がいかに多いか、を如実に示している。帰りのJR山手線で見かけた、着物姿の若い女性はネイルアートで手の爪をカラフルに飾り、足の爪も赤く塗っていた。脇目もふらずスマホを操作し、下車するときもホームを歩くときもそうしていた。たまたま写真展で世界の多様な現実を見てきたので、彼女の姿から、日本社会の豊かさ、平和などを改めて貴重なものだと認識した。
 
 

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2014年7月16日 (水)

”男主女従”の企業風土

 安倍政権が霞が関の女性の次官、局長などへの登用を行なうとともに、民間企業に対しても幹部への女性登用拡大を促している。人口減少時代に入り、日本の経済成長を実現するうえで、女性労働力は量的にも質的にも不可欠である。また、それを支えるのに必要な、子育てと仕事が両立できる環境づくりは、日本の経済社会にゆとりと豊かさをもたらし、出生率の上昇につながると期待される。

 こうした女性労働力重視の流れを踏まえ、15日付け朝日新聞は、経団連が会長などの役員を出している大企業47社の女性管理職登用計画を報じた。とともに、経団連は会員会社約1300社に対し、登用計画を作成するよう呼びかけたとしている。こうした動きは大いに歓迎する。

 とはいえ、政府が音頭をとってから、やっと経済界や企業が動き出すという印象は否めない。自由主義経済なので、政府のイニシアチブに経済界や企業が抵抗を感じるのは当然であるが、日本企業の意思決定はおおむね、これまでの経緯に引きずられがちで、思い切った方向転換が不得手だという問題点は見逃せない。

 男女平等の建前にもかかわらず、長いあいだ、日本企業は女性を補助的な労働力とみなし、男性中心のビジネスを行なってきた。したがって、企業内でそうした”男主女従”の仕組みが確固と根を下ろしているため、世界がどうあろうと、従来のやりかたを踏襲してきた。伝統的な企業では、経営者も管理職も男性ばかりで、内部昇進だったから、革新的な発想の経営者が出現しても、女性の登用はごく一部に限っていた。

 労働組合の幹部にしても、そうした”男主女従”の発想にとどまっていた。また、株主総会が形骸化していたように、会社は株主という”外”の声をも抑え付けるのが常識だった。

 このように、企業の常識が非常に狭い世界を基盤としてきたことが、”男主女従”を長引かせた。

 しかし、いまの日本社会を見ると、男女の共働きが当たり前になったし、育児も夫婦が共に担っている家庭が多い。保育園、学童保育などのサポートが充実し、長時間労働がなくなれば、もっと仕事に集中する女性が増えるだろう。企業は、そうした課題に対する社会的な責務を負っていると認識する必要がある。何よりもそれを経営者は自覚すべきではないか。

 

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2014年7月10日 (木)

発展途上国でも大国って言うのかしら

 中国で開催されている「米中戦略経済対話」は、世界の二大大国の間で行われる対話である。日本のような非大国から見れば、世界の安全保障や経済問題について、両国がどういう対話をするかが、自分たちの命運に関わる。その意味で、注目せざるをえない。
 しかし、この対話において、中国は言いたいことを一方的に言うだけで、およそ対話とはほど遠いように思われる。中国は、米中は新しい形の大国関係を築くべきだ、と主張。中国の主権と領土の尊重をも強く求めた。また、中国は世界最大の二酸化炭素排出国であるにもかかわらず、自らを発展途上国だとして、地球温暖化を抑制するための国際的な気候変動対策に消極的な態度を示した。
 しかし、米中対話における中国の主張には、どうなっているの、と言いたくなることが多い。一般論として、主権と領土の尊重は当然だが、それは自国だけでなく外国についても当てはまるはずだ。フィリピンやベトナムなどの主権と領土も尊重すべきではないか。力づくで周辺諸国を抑え込める場合には、対話でなくて軍事力で決着をつける、そんな風に中国は思っているのではないか。それでは世界平和に反する。
 中国内の環境汚染はすさまじいものがある。多くの国民の健康を害しているのに、思い切った対策を講じようとしない。また、PM2.5汚染は韓国や日本にまで、害を及ぼしている。それについて、申し訳ないの一言もない。そして、米中対話では、中国はまだ発展途上国だと開き直っている。しかし、発展途上国を大国とは言わないのが我々の常識ではないかと思う。
 GDPで日本を追い抜いて世界第二位になったのを契機に、中国は自らを大国と称し、米中の二大大国で世界をコントロールしようと主張し始めたように思う。それなら、大国にふさわしい中身の充実に努めたらいいのに、軍事的な側面ばかりの強化に懸命になっている。少数民族を力づくで抑え込み、国内の党・政府批判をも弾圧するような国家が米国と並ぶ大国であるなどと称するのは、われわれ普通の人間には理解不能である。
 中国が大国にふさわしい質の充実を進め、アジアにおいてリーダーとして歓迎されるような国になるのはいつだろうか。

 

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2014年7月 8日 (火)

ROE引き上げの小細工?

 8日の日本経済新聞朝刊に「CB発行で自社株買い カシオ、最大125億円 ROE向上へ」との見出しがついた記事が「投資情報」のページに載っている。同社は自己資本利益率、つまりROEを2016年3月期に17%(前期は9.2%)にすることを目指している。そこで自己資本を減らし、負債を増やすという、リキャップCB(転換社債)といわれる財務手法を採用したわけである。

 企業の自己資本利益率が高いほど株価は高くなる。株価が高くなれば、資金調達、買収防衛、企業の社会的評価などいろいろな面でメリットがあるので、企業経営者が低利で転換社債が発行できるのに着目した財務手法を採用したくなる気持ちはわからないではない。

 しかし、カシオや、東レ、ヤマダ電機のような巨大企業までがやることだろうか。素人から見ると姑息なやりかたにみえなくもない。

 自己資本が多いことは企業の長期安定的な存続をはかるための基盤であり、自己資本利益率を上げるための王道は、分子の「利益」額を増やすことにある。そのためには、何よりも事業の成長性や収益性を高める必要があるだろう。いま1つは、利益をただ内部留保としてためこむのではなく、株主配当を増やすことである。最近、高配当に踏み切る上場企業が相次いでいる。このほうが株主が喜ぶ。それは、リキャップ何たらと異なり、株式会社の王道を歩んでいるのだと思う。

 近年、外人投資家の動向に株価が左右されやすくなっている。また、これに呼応するかのように、上場企業においては、CFO(最高財務責任者)とかいう役職の偉いさんがあちこちにいるようになった。しかし、これは、バブルの時代に、もっぱら財務担当役員が時価発行と資金運用ではぶりをきかしたのと似た構図にもみえる。

 個人株主を大切にする会社ならば、枝葉末節にとらわれず、単純明快に株主にとってわかりやすい財務経営をめざしてほしい。

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2014年7月 2日 (水)

憲法解釈変更の閣議決定に危うさ

 7月1日、安倍内閣は集団的自衛権の行使を禁じてきた憲法解釈を変更し、行使を容認する閣議決定を行なった。安倍首相は「集団的自衛権が現行憲法で認められるのかという抽象的・観念的な議論ではない。起こり得る事態に現行憲法下で何をなすべきかという議論だ」と言い切った。

 1日の国会周辺は、たくさんの国民が集まり、憲法の解釈変更によって集団的自衛権を正当化しようとする動きに反対した。メディアの世論調査においても、集団的自衛権を憲法解釈の変更で容認しようとする安倍政権に反対する声のほうが多かった。憲法を遵守すべき内閣が、そうした世論には目もくれず、閣議決定に踏み切ったのは、憲法改正などという七面倒くさい手続きを踏んでいては、国民の命を守ることはできないという安倍首相の強い思い込みと言うか危機感のせいだろう。

 一国のリーダーが、憲法改正を待ってはいられない、過去とは180度異なる憲法解釈の変更であろうと、とにかく急いで集団的自衛権を実現し、米国との軍事同盟を強化しようという危機意識をいだいているという事実。それには一国民である私も緊張する。

 しかし、どんなに理屈をこねようと、今回の閣議にそって法改正を行なえば、日本の自衛隊(名前もそぐわなくなる)は米国などの要請に応じて軍隊を海外に派遣する機会が増えるだろうし、当然、戦争の可能性も高くなる。憲法第9条を支えに平和国家を標榜してきた日本は、大きく方向転換した。

 また、日米同盟の強化に伴い、日本の軍事支出は確実に増える。無い袖は振れない日本の財政危機を知ってか知らずでか、安倍政権はカネをばらまいて国民や事業者の歓心を買うことに熱心である。そして、安倍政権の内在する危険性に、政治はまったく歯止めの役割を果たしていないし、官僚はカネをばらまく政策を次々にひねり出して、国家財政の基盤をくずしつつある。

 このように安倍路線の延長線上にあるのは、いつの日にか襲ってくる日本の危機の顕在化である。

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2014年7月 1日 (火)

財政赤字削減が軌道に乗っていることが前提

 財務省理財局では「国の債務管理の在り方に関する懇談会」を設け、昨年10月から議論してきた。そこでの「議論の整理」を6月30日に発表した。いろいろなことが書かれているが、財政危機については、次のように整理されている。

・投資家が安定的に日本国債を買うためには、財政赤字の削減が軌道に乗っているというメッセージが前提である。その見込がなければ、誰も買わない。国債管理政策と財政赤字の削減に係る議論との結びつきをもっと強くしていくことが重要である。

・確かに現在の国債市場は安定しているが、これは嵐の前の静けさという部分もあるのではないか。このような局面でいろいろと準備をしておくことは重要であり、海外からもさまざまな知見を得るべきである。また、本懇談会として、財政へのメッセージも必要になってくるのではないか。今の財政状況が極めて異例の状態であるという問題意識を幅広く発信していく重要性は、今後ますます増していくだろう。

・現在、市場関係者は、国債が割高であることがわかったうえで購入しているが、その前提として、日本の財政は壊れないという固いコンセンサスがあることに留意すべきだ。

・現在の日本国債は安定しているが、財政のリスクプレミアムも含め、ファンダメンタルズの変化は今後、真剣に考えていくべき。また、日本銀行の金融政策が変化する際には、戦前や海外の事例も参考にしながら、国債管理政策を考えていく必要がある。

・理財局は国債管理当局として市場と接点があるので、財政に対する市場の見方を財政当局にしっかりと発信し、情報を共有することが重要である。

・今後のテーマとしては、国際的な金融規制がある。その影響によっては、海外が安定的に日本国債を持てなくなるというリスクもある。そのような状況においても日本国債に対する信頼を勝ち取るような財政規律が重要になってくる。

――政府は2015年度の国家予算の概算要求基準を固めつつある。だが、安倍内閣には、一般歳出のおよそ半分を国債増発でまかなうという異常な財政状態から何としてでも脱却しなければならないという強い危機意識はうかがえない。

 この「議論の整理」は、理財局の”ごまめのはぎしり”かもしれないが、超大型借金予算で景気を底上げしようとする安倍政権の危うさを訴えているように思える。

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