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2014年7月25日 (金)

戦死者を悼む碑があちこちにある

 名所旧跡や古くからの公園などを歩くと、戦死者などを悼む碑や、顕彰の碑を見かける。永年の風雨などで、石に刻まれた字は判読しにくいものが多い。そうした碑は、ほとんど誰の目にもあってなきがごとくの存在である。しかし、最近の我が国の安全保障をめぐる政治の動向を眺めると、我が国にとっては歴史と化したと思っていた戦争とか戦死という言葉が現実味を帯び始めたようにみえる。

 最近、仙台市に立ち寄って、伊達政宗公の霊屋である瑞鳳殿を訪れた。そうしたら、料金を払って入った最初に目にとまったのは「戊辰戦争戦死者慰霊弔魂碑」だった。明治新政府側と旧幕府側との内戦である戊辰戦争で、旧幕の伊達藩は1260人の戦死者を出した。

 また、瑞鳳殿の敷地で見た別の石碑は「西討戦死之碑」であった。西郷隆盛の西南戦争に対し、明治新政府は不足する軍隊を補強するため、巡査などの身分で募集した旧藩士を「新撰旅団」という名称で陸軍に編入したりした。仙台からは700人が編入されたが、そのうちの149人が戦死した。

 たかだか150年ぐらい前の日本では、戦死者が相当な数にのぼっていたのである。無論、その後も大東亜戦争・太平洋戦争・第二次世界大戦にいたるまで、戦争はしばしばあり、戦死者は膨大な数にのぼった。

 仙台博物館のある公園では、「満洲事変軍馬戦没の碑」という珍しい石碑を見かけた。その近くに「軍馬軍用動物彰忠塔」なるものもあった。馬などの動物も一緒に戦った仲間であり戦力であるという日本独特のカルチャーがそこにある。

 秘密保護法、集団的自衛権に関する閣議決定などにより、日本は安全保障体制の整備に力を入れているが、国際情勢の悪化で、結果的に戦争に引きずり込まれるリスクが高まってきている。戦死とか戦死者という言葉を国民は意識せざるをえないだろう。そして新しく石碑を建てようとすることになるのかもしれない。

 

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