« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »

2014年8月31日 (日)

翻訳書『脱成長のとき』のあとがきはユニークだ

 たまたま手にとったフランスの本の翻訳書『脱成長のとき』のあとがきを読んだら、ちょっと変わっていた。訳者の2人は大学教授の佐藤直樹氏とその息子の大学生、佐藤薫氏で、あとがきもそれぞれが書いている。この薫氏のあとがきを私なりの読み方で紹介すると、――
 より多く稼ぐために、より多く働くというのは、個人レベルでは合理的に見える。しかし、皆がそうしたら、労働の供給過剰になって、時間あたりの給与が下がってしまう。
 フランスでは労働時間が週35時間制になってからは、自分の都合で、ある週は多めに働き、他の週に多めに休むとかしている。そして、終業時刻までしっかり働き、終わったら、すぐ家に帰り、家族との時間を大切にする。
 日本ではどうか。特に私と同世代の若者は、日本の国内に閉じこもるだけではない。家でインターネットをしながら無為に日を過ごしがちのように感じる。インターネットがないと生きていけない。皆と常につながろう、より一つになろうとするあまり、人間性を失っている。生きるために無感動に働き、それ以外の時間は、皆がいるネットに閉じこもる。――
 佐藤直樹氏のほうは、長時間労働というのは、世界標準では生産性が低いという意味でしかない、と指摘。脱成長がいまの日本にふさわしいともにわかには思えないとしながらも、経済が右肩上がりでなければ、本当に豊かな生活が成り立たないのだろうか、と疑問を呈している。
 私見によれば、アベノミクスの登場以来、日本では経済成長が不可欠という見解と、温暖化や資源の有限性を背景とした定常経済、脱成長の実現を、などといった見解が対立している。この『脱成長のとき』は、こうした対立を止揚するうえで参考になるのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月30日 (土)

ケータイからスマホに買い替えての苦労

 東京では昼間、山手線などの電車に乗ると、座っている人の半分以上がスマホを操作している。孫の小学生たちは我が家に来ると、器用にiPadを操作している。旅行先でニュースを見たり、地図を見たりするには便利なので、私もケータイからスマホに買い替えた。

 従来、スマホは電話やメールなどがかけ放題、送り放題、しかも、定額料金というのがうけて急速に広まってきたのではないかと思う。しかし、それが青少年などの利用者の生活や勉強などを少なからず妨げてきた。スマホは日本人のライフスタイルをかなり変えてきたことは間違いない。

 通信大手3社の猛烈な成長も、スマホの急速な普及と利用の高まりとによる。しかし、利用者が皆、高い固定料金に見合うようにスマホと”にらめっこ”していたら、日本社会は健全性を失う。実際には、スマホを自在に使いこなせる利用者は半分もいないと思われる。言うなれば、通信大手3社は、スマホをほとんど使いこなせない高齢者などからがっぽりもうけさせてもらっているのではないか。

 そうした通信大手のスマホ・ビジネスに対し、政府が従来より低廉なスマホ・サービスをも提供するようにと指導したことは適切だ。私がスマホを買ったのは、使用頻度の低い高齢者などに、適正な料金(に近づいた)スマホ・サービスを始める企業が出てきたからである。

 しかし、実際に購入して説明を聞いたり、使ったりしてみると、スマホにはまだまだ問題が多いと思う。各種のオプションを用意していて、スマホを契約するときに、契約を強制された。オプションというのは利用者の意思で契約するか選ぶもののはず。ところが、1ヵ月は強制で、その先は解約自由という。こんな無茶苦茶がまかり通っているのである。消費者庁は何をしているのかと腹立たしくなる。

 スマホには使い方をわかりやすく説明しているマニュアルが付いていない。ネットで検索すれば説明書を読むことが可能だが、300ページ近いし、用語およびその説明自体がよくわからないものだらけ。いくつか緊急性の高い事柄については、店頭で教えてもらうようにしたが、簡単には頭に入らない。店員もわからないため、通信会社に電話して確かめたりしている。

 パソコンもそうだし、自動車もそうだが、使い方は利用者が自分で覚えなさいという荒っぽいビジネスは少ない。スマホはそれだけでなく、規格とか、標準化もされない点でもっと極端だ。別のスマホに切り替えたとき、すぐにいままで通りに使いこなすということは難しい。スマホは技術革新の粋ではあるが、普通の人はスマホの機能のごく一部を使っているにすぎない、という気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月24日 (日)

世界は紛争や災害の多発で厳しい夏に

 日本のことしの夏は猛暑が続いて熱中症になった人が多いだけでなく、広島市で豪雨による土石流のため、沢山の死者・行方不明者が出たりしているように、全国あちこちで台風や大雨による風水害が発生している。米国の西部では、雨が降らず、山火事が発生、オーストラリアでも、同様に乾燥で山火事が起きたりしている。原因の1つは、世界各国における経済拡大のため、二酸化炭素などの温室効果ガスが増え続けていることだろう。
 財政再建が求められる日本だが、災害からの復旧のために国が新たに歳出する予算が増えることになりそうだ。国土交通省などは、建設労働者の不足を見込んで、確保策を練り始めている。再び土建国家になる危険を感じる。
 アフリカではエボラ出血熱の患者が発生し、感染する人が増えている。この病気が蔓延したら、恐るべき数の人的被害になるだろう。治療薬がろくにないので、患者・感染者を特定の所に止め置くことが不可欠だが、その保証はない。その一方で、特効薬の大量確保を急ぐことが望まれる。
 世界各地で地域紛争が多発している。シリアやイラクでは「イスラム国」という新しい勢力が支配地を広げているという。こうした情勢を背景に、イラクの国内政治でシーア派とスンニ派が手を結んだ。米国も軍事援助を始めた。一方、イスラエルとパレスチナのハマスとは、ときには休戦しながら、お互い、激しく攻撃を行なっている。死者の数は増える一方だ。
 ウクライナと同国東部の親ロシア勢力との内戦はロシアの介入のせいで長引いている。ウクライナ東部で撃墜されたマレーシアの民間航空機の犠牲者の引き取りや原因の究明などはいまもって進展していない。そして、米英やEUなど西側諸国による対ロ制裁に対して、ロシアは対抗措置を取り始めた。つれて北方領土返還交渉を期待して日本が協調に努めてきた日ソの関係も厳しくなってきた。
 中国では相変わらず漢民族がウイグル族、チベット族などの少数民族を支配、弾圧する政策をとり続けている。また、南シナ海で中国軍戦闘機が米軍の対潜哨戒機に異常接近し、米中の軍事的な関係を一気に緊張させた。
 かつて冷戦の時代があった。そこまで逆戻りすることは考えにくいが、世界は、人類は、いま、平和からほど遠いところにある。日本も、中国の挑発的な軍事行動に直面している。
 国家資本主義ともいうべきロシア、中国、そして、自由主義経済であるが、黒人差別の意識が根強く残る米国。今後の世界のゆくえを主に担うこれら3国の指導者たちはいまこそ、一堂に会して世界平和の実現に向かって協調すべきではないか。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月15日 (金)

自分史フェスティバルと立花隆氏の話

 きょうは8月15日。日本が戦争に敗れた日からちょうど69年が過ぎた。戦争の記憶を持つ人も少なくなった。私のように、子供の頃だったため、戦争の断片的な記憶しかない高齢者も多いだろう。

 日本は明治になって以降、実に多くの戦争をしてきたが、1945年8月15日の敗戦を機に戦争をしない国になった。

 だが、これからも非戦・平和が続くかは日本国民の今後のありかたにかかっている。歴史の大きな曲がり角にさしかかっているかどうかは、その時代の人たちにはわからない。将来、過去を振り返ったとき、「ああ、あのときが歴史の大きな転換期だったのだなあ」とわかる。憲法解釈の変更で集団的自衛権を認める今日、その大きな曲がり角にさしかかっているのでは、と言うのは立花隆氏だ。

13日に東京・大井町で開催された「自分史フェスティバル2014」。「自分史のすすめ」と題する講演で、立花氏は立教大学でのシニア向け講座での実例を紹介しながら、自分史の書き方などについて話した。そして、いま、戦争の体験者、原爆の被災者などが高齢のため、次々に亡くなっているとして、彼らが自分の過去について書き(語り)残すことが重要だと強調した。

 歴史というと、私たちは誰か立派な歴史学者・歴史家が書くもので自分とは関係ないものだと思い込んでいる。しかし、立花氏は、個々人の自分史の集積が本当の歴史だと指摘した。

 出版不況が続くなかで、個人史を私費であろうと出版する人が多いといわれる。現在の高齢者は戦争の時代、戦後の混乱期、経済復興と高度成長の時代、バブルとその後の長いデフレ不況、グローバル化などと、激動に次ぐ激動を生きてきた。したがって、自らの、生き抜いてきた証しを何らかの形で残したいと思う人が多いのもむべなるかなだ。

 自分史を出版物にしたり、ネットで公開したりする場合、プライバシー、名誉棄損などに関わることもないとは言えないから、慎重な扱いが求められる。それはそれとして、沢山の自分史が、立花氏の言うように、多くの人たち、歴史家などの目にとまって、公式の歴史書に対峙するだけの存在になるといい。

 新聞社を退職してから気付いたことの一つは、お目にかかる人たち一人ひとりの個人史が聞けば聞くほど興味深いという点だ。したがって、ひとたび話を聞く機会があると、次々に関連した質問をしたくなる。平凡な人生だったと謙遜する人たちが意外や意外、波乱に満ちた一生を過ごしたりしているのである。 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月11日 (月)

医療・介護情報の活用による制度改革へ専門家会議

 政府はICTによる地域横断的な医療・介護情報を活用して、社会保障の医療・介護支出を効率化、適正化することを目指し、内閣官房に「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」を設けた。その初会合が11日に開催された。

 そして、「医療・介護情報の分析・検討ワーキンググループ」をこの専門調査会の下に設け、そこが具体的に作業を行なうことになった。

 初日のこの日、松田晋哉産業医科大学医学部教授がレクを行なった。それによると、病院と調剤は99%が電子化されており、診療所も95%電子化されている。いずれもフォーマットは標準化されているという。

 また、レセプトには、医療行為や薬剤に関する詳細な情報が記され、実施日や処方日も明記されている。

 このように、日本は世界で最もICT化が進んでいるという。

 いまや、ここまでICT化が進んでいるとは驚きだ。診療報酬を過大に請求したり、過剰に投薬したりする医療機関があるにもかかわらず、十分にチェックできていない現状を是正する気になれば、いつでも可能だと思う。

 年々膨らむ社会保障支出を抑制することは財政健全化のためのみならず、医療保険などの保険料を負担する働き手のためにも絶対に必要である。この専門調査会がICT化による医療・介護費の適正化を実現するための道筋を指し示してくれるのを期待する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 9日 (土)

国は金遣いが荒くて”借金”がどんどん増える

 財務省が6月末現在の国債および借入金現在高を8日に発表した。この国の”借金”は1039兆4132億円と過去最高を更新した。赤ちゃんや働いていない高齢者などを含む全国民1人当たりで約818万円、大人1人当たりではゆうに1000万円を超える”借金”の規模に相当する。

 ”借金”つまり日本の財政赤字は14年前の2000年6月末に502兆3687億円だった。それから14年経って”借金”は積もりに積もって2倍に達したわけだ。毎年6月末現在の”借金”を見ると、その1年前と比べた増加額が著しいのは、2010年(43.8兆円)、11年(39.7兆円)、12年(32.4兆円)、13年(30.8兆円)、14年(30.8兆円)。

 財務省のデータを読むと、1996年6月末現在の”借金”は334兆1309億円だった。当時に比べ、今年は借金の残高は3倍を超える。このように早いペースで財政赤字が積み上がったのは、政府も議会も、困難な課題に正面から取り組むことを避け、ばらまきで処理する傾向を強めているからだ。

 一例を挙げる。フクシマの汚染土などを保管する中間貯蔵施設を福島県下につくるため、地元に生活再建策などの名目で支払う交付金について、政府は内々に提示していた1500億円を倍増し、3010億円とすることを福島県などに伝えた。これで地元が納得しなければさらに上乗せもありうると思われる。問題は、どういう根拠でこうした数字が出てくるかだ。フクシマ関連の財政支出については、何かと安易なばらまきが横行しているのではないか。

 フクシマ後の復興対策で感じるのは、財政難の中でどうやって財源をひねり出すのか、誰が負担するのか、が全く問題にされてこなかったことである。

 厚生労働省は消費増税に対する低所得者向け「臨時福祉給付金」として1人1万円(年金受給者などには5千円上乗せ)を支給することになっている。しかし、朝日新聞の8日付け朝刊によると、業務を担う日本年金機構のミスで、上乗せ支給の対象外の約10万人にも支給するリストが市区町村に配布されたという。

 そこでどうするか。驚いたことに、同省は対象外の10万人にも加算金を支払うことにして局長通達を改めた。それによる歳出増加は5億円に達するという。給付金の予算額の枠内で対応できるというのが同省の説明だが、過ちをただすことなく、5億円をばらまくというのは、異様なことだ。「無理が通れば道理ひっこむ」のは、財政健全化が大きな課題となっている今日、許しがたい行為である。国債および借入金現在高が急速に膨張している背景に、こうした危機意識を欠いた官僚たちの存在があるように思える。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 7日 (木)

統計が示す賃上げ率低下の大きな流れ

 厚生労働省が民間主要企業の今春の賃上げ率(集計)を発表した。それによると、今年の春闘で、原則として資本金10億円以上、かつ従業員1000人以上で労組のある企業の賃上げは2.19%だったという。2%台に戻ったのは2001年の2.01%以来である。

 2002年に1.66%に落ちた賃上げ率は2013年の1.80%まで10年余り、ずっと1%台に低迷していた。それを考えると、今年の春闘の結果は、賃金低下のトレンドをくつがえす大きな転換点となるか、否か、注目したいところだ。

 厚労省の発表した賃上げデータ(1965年以降)を見ると、とても興味深い傾向があるのに気が付く。第1に、2ケタの賃上げ実績があるのは1965年から1975年まで。(昭和)40年不況のころでも、賃上げ率は1965年10.6%、66年10.6%あった。15%以上も上がったのは、1969年15.8%、70年18.5%、71年16.9%、72年15.3%、73年20.1%、74年32.9%である。これは、石油ショックなどの影響も大きかったが、高成長の時代だったからである。

 第2に、1975年の13.1%を最後に、賃上げ率は1ケタに下がった。そして、今日に至るまで1ケタ台にとどまっている。

 第3に、1976年8.8%、77年8.8%のあと、8%を割り込み、7%台だったのも1981年、82年だけ。1983年~1994年には3%台~5%台に低下した。そして、1995年に2%台に落ち、2002年から昨年まで1%台にとどまった。右肩下がりの長期トレンドがかなりはっきりとうかがえる。日本経済の成熟と老化である。

 一方、近年、中国やインドネシアなどのアジア諸国で労働運動がさかんになり、1年で2割などといった大幅な賃上げが行われたりしている。現地に進出した日系企業は人件費の高騰に頭を痛めているが、実は日本も高成長期に同様な賃上げが行われた。それが今度の発表データで確かめられる。

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年8月 6日 (水)

「誤った記事の訂正・取り消しは、記事と同じ大きさで」

 もう何十年も前の話だが、ある全国紙が鉄鋼大手メーカーに関する誤った記事を載せたことがある。しかし、鉄鋼メーカーの広報担当幹部は抗議をしなかった。どうしてかと尋ねたら、次のような答えが返ってきた。「訂正を申し入れても、ベタの訂正記事が載るだけでしょう。それでは、読者はほとんど気付かないから、訂正しないのと同じですよ。誤報が及ぼす影響を打ち消すには、誤報と同じ大きさの訂正記事を載せてもらわないと」と。

 この時のやりとりを思い出したのは、朝日新聞が5日と6日の2日間にわたって掲載した慰安婦問題の特集を読んでのことである。5日の特集は、『強制連行』、『「済州島で連行」証言』、『軍関与示す資料』、『「挺身隊」との混同』、『元慰安婦 初の証言』について「どう伝えたか、読者の疑問に答える」形をとっている。

 そして、それぞれの末尾に、「読者のみなさまへ」という2段見出しの短い記事を付している。それを読むと、「吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します」とある。最後まで読んで、初めて訂正・取り消し文に出会うのである。

 記事によると、吉田清治氏の話をまともに受け取って最初に記事を掲載したのは、1982年9月2日に「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」と報じた」とある。その後も繰り返し吉田氏の話をもとに記事を書いたことが、慰安婦問題が内外で大きく取り上げられる主因となった。

 また、「女子挺身隊」は戦時下で女性を軍需工場などに動員した「女子勤労挺身隊」のことであるが、1991年、92年の朝日新聞は「慰安所で日本軍人相手に売春させられた」と報道した。その結果、20万人などというとんでもない数の慰安婦がいたような誤報が行われた。これについても、5日付け朝刊は「読者のみなさまへ」で、「当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました」と記している。間違いましたと言わず、研究者に責めを負わせている。

 さらに、軍隊や警察などに「強制連行」され、無理やり慰安婦にさせられたという朝日の過去の報道については、「読者のみなさまへ」で日本の植民地だった朝鮮や台湾では、「軍などが組織的に人さらいのように連行した資料は見つかっていません」と書いている。そこで誤りを認めるのならいさぎよいのだが、「軍の意向を受けた業者が……だまして多くの女性を集めることができ、」とか、「インドネシアなど日本軍の占領下にあった地域では、軍が現地の女性を無理やり連行したことを示す資料が確認されています」とか、言い逃れに必死だ。

 朝日新聞が大きく、かつ繰り返し取り上げれば、その内容が国内外に広く受け入れられる。そのことは朝日の記者なら百も承知のことである。それだけ大きな影響力のあるメディアだ。今日、慰安婦問題が日本の国益を揺るがすところまできている原因の一端は朝日の誤報と、それを潔く訂正・取り消ししない体質にあるように思う。

 5日付け1面には、編集担当 杉浦信之氏の「慰安婦問題の本質 直視を」という記事が載っているが、「本質」は、繰り返しになるが、朝日の誤報と、潔く訂正することができない朝日の企業体質とにある。

女性の尊厳をふみにじる戦時下の慰安婦問題は戦争、軍隊の存在と表裏の関係にあり、そこからも平和の重要性が認識されよう。さはさりながら、誤報はメディアの責務としてきちんと訂正していかねばならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月 3日 (日)

不動産売買の仲介料で自由競争

 個人が不動産業者の仲介(媒介)で家や土地を買ったり、売ったりするのは一生にそう何度も経験することはない。そして、仲介の手数料が宅建業法で上限いくらなどという国土交通省告示があることを知っている人も少ないだろう。最近、この上限規定をはるかに下回るような手数料で不動産仲介を行なう業者が存在していることに気付いた。手数料競争が起きているのは歓迎だ。

 仲介手数料に関する告示はそもそも1970年頃にさかのぼる。都市の土地価格がいまの何分の1かだったが、仲介業者の手数料は売り、買いそれぞれについて、物件が200万円以下は5%、200万円超400万円以下は4%、400万円超は3%だった(記憶に誤りがなければ、今日まで変わらない)。400万円超の物件は、最初の200万円については5%、それを超えた200万円~400万円までの分については4%、さらに400万円を上回る分に関しては3%という計算の仕方で手数料を算出する。

 この告示が出された当時は、日本の高度経済成長で不動産売買がさかんになり、仲介業者が続々と生まれ出していた。その後、地価の上昇が続いても、例えば、800万円超の分については2%というような手数料引き下げは行われなかったから、仲介ビジネスのうまみは大きくなる一方だった。

 いま、東京都区内に住んでいるが、毎朝の新聞のはさみこみチラシには不動産の売りや買いの仲介が実に多い。郵便受けに投げ込む不動産仲介のチラシも多い。一件、仲介に成功すれば、5000万円の物件なら、売りか買いか、一方だけで100数十万円、両方なら300万円弱の収入になる。たくさんの業者がいるということは、競争で淘汰されつつも、他方で、うまみがあるから、新規に旗揚げする業者がいるということである。

 ソニーの子会社、ソニー不動産が、売買にかかった広告費、交通費などの費用を基礎に実額で請求する仲介ビジネスを首都圏で始めた(日本経済新聞)。また、国土交通省告示よりもはるかに安いことを売り物にする仲介業者も出てきた。規制にあぐらをかいて、うまみのある商売をしてきた不動産仲介業界において、手数料競争が本格的に始まる兆しが出てきたのは喜ばしい限りだ。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年7月 | トップページ | 2014年9月 »