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2014年8月31日 (日)

翻訳書『脱成長のとき』のあとがきはユニークだ

 たまたま手にとったフランスの本の翻訳書『脱成長のとき』のあとがきを読んだら、ちょっと変わっていた。訳者の2人は大学教授の佐藤直樹氏とその息子の大学生、佐藤薫氏で、あとがきもそれぞれが書いている。この薫氏のあとがきを私なりの読み方で紹介すると、――
 より多く稼ぐために、より多く働くというのは、個人レベルでは合理的に見える。しかし、皆がそうしたら、労働の供給過剰になって、時間あたりの給与が下がってしまう。
 フランスでは労働時間が週35時間制になってからは、自分の都合で、ある週は多めに働き、他の週に多めに休むとかしている。そして、終業時刻までしっかり働き、終わったら、すぐ家に帰り、家族との時間を大切にする。
 日本ではどうか。特に私と同世代の若者は、日本の国内に閉じこもるだけではない。家でインターネットをしながら無為に日を過ごしがちのように感じる。インターネットがないと生きていけない。皆と常につながろう、より一つになろうとするあまり、人間性を失っている。生きるために無感動に働き、それ以外の時間は、皆がいるネットに閉じこもる。――
 佐藤直樹氏のほうは、長時間労働というのは、世界標準では生産性が低いという意味でしかない、と指摘。脱成長がいまの日本にふさわしいともにわかには思えないとしながらも、経済が右肩上がりでなければ、本当に豊かな生活が成り立たないのだろうか、と疑問を呈している。
 私見によれば、アベノミクスの登場以来、日本では経済成長が不可欠という見解と、温暖化や資源の有限性を背景とした定常経済、脱成長の実現を、などといった見解が対立している。この『脱成長のとき』は、こうした対立を止揚するうえで参考になるのではないか。

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