« 医療・介護情報の活用による制度改革へ専門家会議 | トップページ | 世界は紛争や災害の多発で厳しい夏に »

2014年8月15日 (金)

自分史フェスティバルと立花隆氏の話

 きょうは8月15日。日本が戦争に敗れた日からちょうど69年が過ぎた。戦争の記憶を持つ人も少なくなった。私のように、子供の頃だったため、戦争の断片的な記憶しかない高齢者も多いだろう。

 日本は明治になって以降、実に多くの戦争をしてきたが、1945年8月15日の敗戦を機に戦争をしない国になった。

 だが、これからも非戦・平和が続くかは日本国民の今後のありかたにかかっている。歴史の大きな曲がり角にさしかかっているかどうかは、その時代の人たちにはわからない。将来、過去を振り返ったとき、「ああ、あのときが歴史の大きな転換期だったのだなあ」とわかる。憲法解釈の変更で集団的自衛権を認める今日、その大きな曲がり角にさしかかっているのでは、と言うのは立花隆氏だ。

13日に東京・大井町で開催された「自分史フェスティバル2014」。「自分史のすすめ」と題する講演で、立花氏は立教大学でのシニア向け講座での実例を紹介しながら、自分史の書き方などについて話した。そして、いま、戦争の体験者、原爆の被災者などが高齢のため、次々に亡くなっているとして、彼らが自分の過去について書き(語り)残すことが重要だと強調した。

 歴史というと、私たちは誰か立派な歴史学者・歴史家が書くもので自分とは関係ないものだと思い込んでいる。しかし、立花氏は、個々人の自分史の集積が本当の歴史だと指摘した。

 出版不況が続くなかで、個人史を私費であろうと出版する人が多いといわれる。現在の高齢者は戦争の時代、戦後の混乱期、経済復興と高度成長の時代、バブルとその後の長いデフレ不況、グローバル化などと、激動に次ぐ激動を生きてきた。したがって、自らの、生き抜いてきた証しを何らかの形で残したいと思う人が多いのもむべなるかなだ。

 自分史を出版物にしたり、ネットで公開したりする場合、プライバシー、名誉棄損などに関わることもないとは言えないから、慎重な扱いが求められる。それはそれとして、沢山の自分史が、立花氏の言うように、多くの人たち、歴史家などの目にとまって、公式の歴史書に対峙するだけの存在になるといい。

 新聞社を退職してから気付いたことの一つは、お目にかかる人たち一人ひとりの個人史が聞けば聞くほど興味深いという点だ。したがって、ひとたび話を聞く機会があると、次々に関連した質問をしたくなる。平凡な人生だったと謙遜する人たちが意外や意外、波乱に満ちた一生を過ごしたりしているのである。 

 

|

« 医療・介護情報の活用による制度改革へ専門家会議 | トップページ | 世界は紛争や災害の多発で厳しい夏に »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/184848/60154217

この記事へのトラックバック一覧です: 自分史フェスティバルと立花隆氏の話:

« 医療・介護情報の活用による制度改革へ専門家会議 | トップページ | 世界は紛争や災害の多発で厳しい夏に »