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2014年9月30日 (火)

牛丼店「すき家」の深夜営業縮小を歓迎

 牛丼チェーン最大手のゼンショーホールディングスは全店の約6割にあたる1167店の「すき家」について、10月1日より午前0時から5時までの深夜営業を休止する、と30日に発表した。深夜営業はいろいろな分野で当たり前のように行われているが、人間の暮らしを基本に据えると、好ましくない。したがって、こうした深夜労働を減らしていく一歩として歓迎する。

 外食チェーンでは、深夜のアルバイト1人という勤務体制はコスト面で会社に好都合だが、働く者にとっては労働条件が厳しい。このため、同社は”ブラック企業”などと名指しされたりするようになり、しばらく前から、賃上げしてアルバイトを募集しても応募者が少なく、必要な人手がまかなえなくなっていた。そこで、半分以上の店について深夜営業をとりやめることにしたもの。

 深夜の営業は、お客が来る以上は、ニーズに応えるビジネスである。それに24時間営業のほうが、売り上げに対する店舗・調理器具等の固定費の割合を下げることができる。事業会社サイドのメリットは大きい。

 しかし、人は昼間に働いて、夜や早朝は暮らしのさまざまな営みに振りむけるのが自然な姿である。たまに深夜に働くことがあってもかまわないが、深夜労働が普通になったら、肉体的、精神的に大きな負荷がかかり、普通の暮らしができなくなる。結婚し、子供を育てるという当たり前の生活スタイルにも影響する。

 労働基準法などの法律で残業時間規制や時間外割増賃金率などが決められているが、そうしたルールは、人間らしい生活を保障するために設けられたものである。したがって、企業が人を雇うときは、事業の採算だけでなく、従業員に人間らしい暮らしができる雇用条件を提供する義務がある。こうした点から、同社の過半数の店舗で深夜時間帯を休業にすることは喜ばしい。

 企業は競争しながら、存続、発展を図ろうと懸命である。だが、ややもすれば、従業員に人間らしい扱いをするという前提を忘れがちになる。労働組合などはそれをくつがえし、労働者を護るはずだが、長期不況のもとではそれもあてにならなかった。ゼンショーの深夜営業縮小は、人手不足が顕著になったことが後押しした。アベノミクスの功罪が云々されるが、ゼンショーの件は、功にかぞえられるだろう。

 日本では少子化が大きな課題となっている。その最大の対策は、家庭・暮らしを大切にし、次世代を生み、育てやすい環境をつくりあげることである。それを社会のコンセンサスとすることが重要だと思う。

 

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2014年9月27日 (土)

公的年金運用改革に不可欠な財政健全化

 厚生年金および国民年金の積立金は130兆円に達する。安倍内閣はこの巨額の資産運用について、株式投資の比率を高めるなどのポートフォリオ見直しを国内外で公言している。日本の株式相場は直近では小幅の上下をしているが、130兆円の運用に携わっているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用方針転換への期待が現在の株価水準までの上昇の一因になっていることは否めない。

 現在、GPIFの基本ポートフォリオは国内債券60%(±8%)、国内株式12%(±6%)、外国債券11%(±5%)、外国株式12%(±5%)、短期資産5%である。こうした分散運用は適切か、リスク管理体制等のガバナンスは大丈夫か、さらに、年金運用が日本経済の成長促進に一役買うべきではないか、そうした問題意識から、政府は年金運用改革を推進しようとしている。

 これに対し、年金問題に詳しい西沢和彦氏(日本総合研究所)は日本記者クラブでの会見で、まず諸外国の年金制度との比較紹介をした。年金基金が1階(普遍的給付、最低保障)の部分か、2階(上乗せ、所得比例給付)の部分か、3階(職域年金、個人年金)の部分か、を区別すべきだと述べ、我が国のGPIFの運用する資金は1階部分の厚生年金・国民年金の積立金であると説明した。

 そして、年金制度は国によってさまざまだが、米国、カナダ、オランダの各国は、基礎的な年金給付である1階の部分については、市場運用はしていないと指摘した。即ち、その部分については、最低保障等に基づいて決めているという。西沢氏の話で教わった重要な点は、これらの国では、1階部分に関しては、市場運用し、その成果を年金給付に充てる(即ち、運用に失敗すれば、年金給付を減らす)という考え方をとっていないということである。安倍政権のめざす改革は、欧米とは正反対である。

 西沢氏によれば、市場運用を積極的に行なっているカリフォルニア州職員退職制度(カルパース)など欧米の年金基金は、年金制度の2階部分にあたる。我が国の年金運用改革の議論は、1階部分に相当するGPIFと2階部分のカルパースなどとを同列に論じているところに誤りがあるという。

 他方、西沢氏は日本に損切りの仕組みがないため、将来世代に年金給付削減というマイナスを負わせることになっている点も批判した。そして、運用損失を直ちに給付減につなげる仕組みの導入が不可欠だと語った。

 さらに、GPIFという政府の一員を介して、市場へのリスクマネー供給やコーポレートガバナンス強化を図るという動きに対し、無理があるし、好ましくないという考えを表明した。

 以上の話に啓発された。

 筆者は、国債の大量発行および財政危機による国債価格崩落の事態到来を想定すると、GPIFの運用が国内債券中心になっているのはまずいと思っていた。したがって、カルパースなどのように株式保有の割合を高めるべきだと単純に考えていた。

 記者会見でも、1階部分の年金制度だからといって、国内債券をたくさん抱えていたら、財政破綻で厚生年金などが大打撃を受けるのではないか、株式投資を増やすということもあっていいのではないかという趣旨の質問が出た。しかし、政府は財政健全化に本腰を入れて取り組む意思がないから、年金だけが運用で頑張っても、国家財政破綻になれば、同じようなもの、と、西沢氏は言っていた。

 海外からも日本財政の健全化をという声が徐々に高まってきている。だが、それに対する与党の前向きの取り組みはうかがえない。年金運用に対する安倍政権の姿勢も、本気で改革に取り組むのが嫌で、うわべだけ取り繕っているように受け取れる。日本の真の危機が迫っているのではないかと不安を覚える。

 

 

 

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2014年9月26日 (金)

千葉県富津市の財政危機

 東京湾に面した千葉県富津市が2013~19年度の中期財政収支見込みを夏に公表した。2015年度の決算(見込み)は実質赤字となり、2018年度には、破綻状態と判断され、財政再生団体に転落する見通しだと毎日新聞(9月21日付け)は伝えている。そして、同市は公共サービス範囲の見直しや職員の削減などを打ち出す方針だという。
 同市は1999年度に財政非常事態宣言を発し、2005年に解除した。財政改革大綱・推進実施計画を三次にわたって行ない、2013~15年度には第四次計画を進めている。しかし、2015年度には財政調整基金が底をつくという。
 国の財政赤字は国家の根幹を揺るがしかねないが、地方公共団体については、夕張市の特殊な事例を除けば、国にぶらさがっていればなんとかなるという甘えが感じられる。
 このため、国は地方公共団体の財政の健全化に関する法律(2007年6月22日公布)をつくった。各自治体に健全化判断比率(4つ)の作成・公表を義務付け、比率が1つでも法に定められた早期健全化基準より悪化した場合には、自治体が自主的に早期健全化計画をつくるよう求めた。そして、財政がさらに悪化して財政再生基準よりも悪化した場合には財政再生団体に指定され、国が関与して、自治体に財政再生計画を策定させることになっている。
 富津市は、2018年度には”破産状態”に陥り、国が関与して再建に取り組む財政再生団体になるだろうと予測しているわけだ。
 かつて千葉県に住んでいたことがあるので、富津市というと関心がある。しかし、この自治体財政破綻が富津市のホームページにあっさりと取り上げられているだけなのには驚いた。市長が先頭に立って、この問題を住民や市職員など関係者にくわしく説明し、どうやって歳出を削減するか、歳入を増やすか、について理解と協力を求めることが最も重要ではないか。その緊迫感がホームページからはうかがえない。
 どこかに、国に助けてもらおうという甘えがひそんでいるのではないか。住民にも同様な面があるのではないか。そこがとても気になる。

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2014年9月20日 (土)

日本の地方は中央依存で、独立志向が乏しい

 英国から独立するか、残留するかで住民投票が行われたスコットランド。19日の開票結果で残留が決まった。個人的には、独立が多数を占めたら、どうなるか見てみたいという野次馬の気持ちもあった。すなわち、スコットランドが新たに国家としての枠組みを形成するとしたら、税財政、通貨、産業、軍事などはどうするのか、どうなるのか。そして、スコットランドの抜けたあとの英国の経済、安全保障、国際的な地位などはどうなるのか、と。

 独立反対が多数を占めたのも、スコットランドが独立したときの暮らしや産業・経済が今より悪くなるおそれがあるという不安がぬぐえなかったからではなかろうか。一発勝負だけに、いざ投票となると、独立YESに踏み切れなかったのかもしれない。

 目を日本国内に向けたとき、特定の地域がこのように独立を志向して、国民投票などの国家を揺るがす事態を招くことが想定できるだろうか、ちょっと考えた。そして、中央集権、中央依存の強い日本においては、そんなことは起こりえないと思った。

 いまもそうだが、日本の政治・経済社会は、明治以降、かなり強い中央集権の体制をとってきた。太平洋戦争に敗れ、戦後、民主主義政治が定着したとされるが、市町村のような基礎的自治体は、国ー都道府県―市区町村というタテの統治構造に組み込まれ、自分たちで決めて実行する権限はほとんどない。税財政に示されるように国はカネ(税、補助金、地方交付税交付金など)で地方自治体をがんじがらめにしてきた。何かあると、国に指針を求め、カネを求めるというのが、地方自治体の現実だった。

 したがって、地方を歩くと、ほとんどどこも似たり寄ったりの疲弊ぶりで、救いは公共事業や補助金等という画一的な発想が当たり前になってしまっている。社会保障制度も画一的なので、地方経済を支える柱の1つになっている。

 江戸時代の藩はそれぞれ、自分の領地の経済繁栄を願い、それなりに工夫をこらした。自分たちのことは自分たちで努力するという自立心がうかがえる。これに比べると、いまの地方の人々は中央依存が長く続いたため、自主独立の精神にいささか欠けるのではないか、と感じることがちょくちょくある。

 英国の一部であるスコットランドは今回、住民投票で独立することはできないことになったが、自主独立の精神に富んでいることが世界に伝わった。日本の地方の自治体も住民も、地方主権(地域主権)や道州制などの意義を見直すべきではないか。このままでは、いずれ、中央政府の借金依存で、国も地方も、財政破綻に追い込まれる。住民も悲惨な目にあう。

 

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2014年9月16日 (火)

広島・長崎原爆の『死と生の証言』の重さ

 『あの日…「ヒロシマ・ナガサキ 死の証言」より』(新日本出版社、1995年3月刊)を読んだ。先頃、立花隆氏の講演「自分史のすすめ」を聞いた際、同氏がぜひ読んで、と勧めていた本の1冊である。
 1985年に行なわれた原爆被害者調査において、生き残った被爆者に、被災当時のことで忘れられないこと、恐ろしく思っていること、心残りなことなどについて自由に記してもらった中から選んだ内容が本書である。
 いまごろ、何を言っているのか、と叱責されるかもしれないが、原爆で亡くなった大勢の人たち、生き残った人たち、それぞれのたどった地獄のような現実をこの本で知ることができた。多くの人々が、核兵器の残忍さを知るために本書を手にとってほしいと強く願う。無論、学校教育でも、必修の教材であろう。
 戦争を振り返る8月が終わり、私たちは普段の日常に戻って暮らしているが、世界を見渡すと、いまも世界のあちこちで戦争が起きているし、核兵器は拡散している。本書を読むと、そうした人類の進む道がいかに恐ろしいものか痛感するだろう。本書を外国語に翻訳して世界中の人たちにも読んでもらいたいと切望する。平和への歩みを大きく踏み出していかねばならないと思う。

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2014年9月13日 (土)

”ふるさと納税”にはどうも釈然としない

 ”ふるさと納税”をやると、納税先の地方自治体から特産品などがもらえることが多い。ということで、所得税(住民税)申告に際して”ふるさと納税”を行なう納税者が増えているらしい。
 しかし、この仕組みにはいささか問題があると思う。
 大半の自治体が1万円以上を指定して納税してくれたサラリーマンなどに、米、果物など主として地元の特産品を送っている。米だと、5kgというところが多い。小売り価格で2~3千円といったところだろう。10kg近い米を送る自治体もある。”ふるさと納税”で納税者から指定された自治体にとっては、特産品などのコストを差し引いても数千円のネットの税収が得られる。しかも、特産品のPRにもなるので、地域の振興にもつながる。
 他方、納税者にとっても、所得税を国に、住民税を自治体に納める従来の納税に比べると、”ふるさと納税”を行なえば、特産品などを得る分、もうかる。
 自治体にとっても納税者にとっても、winーwinの関係である。こんなおいしい話はないから、自治体は指定してもらうため、特産品などのサービス競争に走ることも考えられる。極端な話、”ふるさと納税”で入ってくる税収のごく一部だけでも残ればもうけものである。
 しかし、東京などの大都市を想定してもらうとよい。所得税などの納税額が”ふるさと納税”分、まるまる他の地域に流れる。例えば、東京では、国の所得税の税収1万円がそっくり減るのである。したがって、”ふるさと納税”の採用によって、国・地方合わせた実質の税収は、特産品などのプレゼントにかかる分だけ減る。
 国は、歳出の膨張を税収で賄えないため、国債発行で穴埋めしており、2015年にも消費税を上げる方針である。”ふるさと納税”で国・地方の税収を実質減らし、他方で消費税を上げようとしているのは、どこか矛盾しているのではないか。

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2014年9月11日 (木)

温暖化を阻止しないと人類の未来が危うい

 この夏、日本では台風や低気圧による猛烈な雨が土石流などの災害をたくさん引き起こしている。3年半前の巨大地震に国民は恐れおののいたが、自然がもたらすさまざまな脅威に対しては、被害を最少化する努力を積み重ねることが重要である。

 地球温暖化は、自然現象であるが、化石燃料を燃やすなど人為的な活動の積み重ねで起きる。そして、それによる地球環境の変化は人類に多くの災害を及ぼす。このため、人類の未来を暗鬱なものにしないようにするには、国際的に温暖化の抑制、(温暖化の進行に伴う悪影響を最少化するための)適応などを推進せねばならない。

 だが、我が国に関して言えば、地球温暖化防止対策は政治の主要課題からはずれているし、国民の関心も乏しくなっている(ちなみに米国ホワイトハウスのWebは、「気候変動とオバマ大統領の行動計画」と題して詳しく書いている)。それを反映してか、メディアの温暖化関連の扱いは目立たない。メディアの役割は世の中に追従するのではなく、先駆けて警告することにあるはずだが、温暖化問題の扱いを見る限り、お粗末と言わざるをえない。

 国連のWMO(世界気象機関)が9日に発表した温室効果ガスの年平均濃度は2013年に二酸化炭素で396ppmと過去最高になった。英国の産業革命前に280ppmであったのが、約4割増えている。2005年には379ppmだった。この勢いだと400ppmを突破するのは2015~2016年だろうとWMOは予測している。

 ちなみに、同じく温室効果ガスのメタンの濃度は産業革命前の1750年に比べて153%増、亜酸化窒素は21%増である。

 温室効果ガスの排出量が増え続け、大気中の濃度がさらに高くなっていくと、人類の生存基盤である生態系に大きな打撃を与える。そして、排出を抑制しても、温暖化の進行を止められない、言い換えれば人類の生存基盤が失われる時が近い将来に来る。WMOのJarraud事務総長は「我々(人類)は時間切れになりつつある」と警告している。

 世界のあちこちで戦争、内乱が起きている。失業などで生活苦にあえぐ人々も多い。こうした眼前の出来事を取材し報道することもメディアの重要な役割だが、未来を想像し、起こり得る災厄などを人々に知らせて、備えをするよう訴えることも極めて大事だ。温暖化問題に真正面から取り組もうではないか。

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2014年9月 5日 (金)

池上彰氏の「ななめ読み」の指摘に朝日新聞はきちんと答えて

 8月5日と6日の朝日新聞特集「慰安婦問題を考える」に対して、6日付けの当ブログは「誤った記事の訂正・取り消しは記事と同じ大きさで」と書いた。間違った記事を訂正ないし取り消すときは、もとの記事と同じ大きさのスペースを使って載せなさい、さもないと、誤った記事による悪影響を帳消しすることにならない、という趣旨だった。

 朝日が何十年も前からの誤報の積み重ねを、いまになって、あれはウソでしたというのなら、誤報による社会的な悪影響を帳消しにするだけの反省を示す必要がある。日韓関係にとどまらず国際社会においても日本の信用を著しく貶めたことをきちんと認識していないようでは、今後、朝日の報道は、常に「本当かね」と疑わしい目でみられることだろう。

 池上彰氏の「新聞ななめ読み」は、大手各紙の記事を彼の目で批判したもので、朝日の記事は批判してはいけない、というコラムではなかったと思う。各紙とも、彼の指摘にうなづくだけではなかっただろうが、さりとて、けしからんと抗議するようなこともなかったのではないか。したがって、朝日が、自らの新聞記事に対する批判は許せないと掲載を拒否したのは、この「ななめ読み」の存在意義を抹殺したに等しい。池上氏が抗議したのは当然だった。

 9月4日の朝日は、一旦は拒絶した「ななめ読み」を掲載した。しかし、読者としては、池上氏の指摘を受けて、朝日がどう具体的に反省のアクションをとるか、に注目する。その内容いかんで、朝日新聞社の経営幹部たちがまともなジャーナリズムの担い手であるかが明白になる。

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2014年9月 3日 (水)

2015年度一般会計概算要求額・要望額が100兆円突破

 財務省が発表した2015年度国家予算の一般会計概算要求額は97.8兆円で、要望額(新しい日本のための優先課題推進枠)を含めると100兆円の大台を突破して101.7兆円に達した。14年度の予算は95.9兆円である。

 また、財政健全化に関わる基礎的財政収支の対象経費は75.9兆円(うち要望額は3.9兆円)で、14年度より3.2兆円多い。そのうち、国債費(国債の利払い・償還)は25.8兆円で14年度を2.6兆円上回る。

 省庁別に概算要求・要望額を見ると、厚生労働省が31.7兆円で14年度より0.9兆円増。国土交通省は6.8兆円で14年度より0.9兆円膨らんでいる。文部科学省も5.9兆円で0.5兆円多い。

 財政危機が深刻化しているのに、予算要求を見る限り、いままで同様、膨らむ一方。危機意識は全くと言っていいほどうかがえない。

 フクシマの復興予算を含め、財政規律がゆるんでいるため、放漫財政につけこんで、国からカネをだましとる手合いはあとをたたない。今回の概算要求にしても、財政危機などどこ吹く風といった霞が関の空気を表しているように感じる。

 

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2014年9月 2日 (火)

”ブラック企業”を考える

 最近の報道では”ブラック企業”という言葉をとんと見ない。景気が上向き、人手不足が顕著になってきたので、時給も上がり、労働市場は売り手優位になってきている。それに、ネットなどで”ブラック企業”と名指された企業が人手確保のため、長期雇用を増やすように雇用形態を変えてきているからだ。

 最近、近畿大学経営学部の中島敬方教授がこの”ブラック企業”をめぐる議論を整理して話すのを聞いた。それによると、”ブラック企業”というのは、①長時間労働、サービス残業などがひどい、②大量採用し、厳しい労働条件の中で成果を挙げた者だけが残る、③パワハラ、セクハラが常態化している―として、そこで働いたことのある人たちがネットに社名と体験などを書き込んだところを言うようだ。

 ”ブラック企業”と名指しされる企業の多くは法令無視、人格・人権無視、若者の使い捨てなど、反社会的な働かせ方をしてきた。したがって、名指しされた企業は採用・労働などのありかたを改める方向に行かざるをえなくなっている。しかし、ゲーム感覚で、安易に”ブラック企業”だというレッテルを貼ったり、不満を抱く一部の者が実態以上に誇張したりしている面もあるのではないか、と中島教授は指摘した。

 そして、学生が、「仕事が楽で給与など労働条件がいい会社」が優良企業であり、そういうところに就職したい、という安易な発想になりかねない、という懸念を教授は付け加えた。

 また、労働法令を守らせることは既存の枠組みで十分にできるはずだし、労働組合の組織率低下および機能低下の結果、ネット社会に怒りや不満のはけ口を求める動きが加速しているのではないか、という指摘もあった。

 話を聞いての感想だが、日本の社会では、長時間働くことをよくないことだとは思っていない。会社と労働組合とが合意すれば、月に100時間を超える残業であろうと、会社は社員に命じることができる法的な仕組みになっているのである。時間外賃金の割増率は月に60時間までは25%以上、60時間超だと50%、休日出勤は35%以上となっている。だから、収入を増やすために残業を歓迎するという意識もまだ残っている。

 しかし、職場に長時間いることは労働者の個々の家庭生活に相当影響を及ぼす。結婚、育児などには明らかに悪影響をもたらす。”ブラック企業”は人間らしい生き方を大切にしてこなかった歪みが表面化したということもできよう。

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