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2014年10月16日 (木)

いたましいソニーの栄光と凋落

 ソニーが2015年3月期に無配にするという。かつてのソニーの栄光を知る者にとっては、痛ましいような現実だ。経済記者として接した同社の経営陣のあれこれを書き残しておくのは、それなりに意味があるのではないか。

 初めて盛田昭夫ソニー副社長と会ったのは1968年春。経団連記者クラブで発表会見した時である。さっそうとしていた。独特のしゃべり方で、ていねいに話した。その好印象はその後も変わらない。そして1993年に脳内出血で倒れる数日前、経団連会館にやってきた彼を見かけたのが、最後である。後姿を見たら、よろよろした歩き方をしていた。「大丈夫か。あれで経団連会長になろうというのかね」と、瞬間思った。周りの話によれば、ゴルフ場で身内だけのときは、ヨタヨタしているが、知らない人がいると、急にピッと姿勢をただしていたそうだ。

 1960年代から80年代まで、ソニーは破竹の進撃を続けた。盛田氏は71年ー76年に社長の座にあったが、会長になってからも、フルに社内外の活動に専念した。もう1人の創業者、井深大氏は技術屋で、会社の対外的な分野は盛田副社長にもっぱら任せていた。したがって、私の目に映るソニーは、圧倒的に盛田色に彩られている。

 日立、東芝、松下電器産業やトヨタ自動車などに劣らぬ一流企業に成長したソニーは、技術や知名度などで国内同業他社を圧倒し、国際的にも日本を代表するブランドとなった。ADRを日本企業として初めて発行し、ニューヨーク証券取引所に上場したのは1961年のことだが、盛田氏は「日本企業で初」にこだわった。そのおかげで、ソニーの名前は一躍、世界に知られたのである。盛田氏のこうした売り込みセンスは抜群だった。

 しかし、イノベーションで抜群のソニーの勢いは、大賀典雄社長(1982~95年)の後半あたりから少しずつ翳っていったように思う。それには、いろいろな理由があるだろうが、大賀氏の社長在任が長過ぎ、経営革新がおろそかになったというのが私の解釈だ。

 実は、大賀氏は、社長在任が長過ぎないようにと考え、盛田氏に名誉会長になってもらい、自分は会長になろうとした。そして、副社長の1人を後任の社長にしようとした。ところが、盛田氏はそれを拒否した。経団連会長ポストに野心を燃やしていた盛田氏は、ソニーの会長であるほうが経団連会長として何かと都合がいいので、自らはソニー会長にとどまり、大賀氏に副会長になるよう求めたのである。

 このため、大賀氏は社長退任を引っ込め、社長をその後も続けた。そして、盛田氏が病気で実質的に引退したあと、1995年に出井伸之氏をソニーの6代目社長にし、自らは会長に就いたのである。

 出井氏は第2の創業(リジェネレーション)、デジタル・ドリーム・キッズを唱え華々しく登場した。だが、成功体験がない人だと言われたり、出井氏が掲げたITやソフトを重視する路線に、ハード重視の技術者たちが反発したりしたため、思うような成果が生まれなかった。盛田氏は、社員に経営方針や理念が浸透すれば、その企業は並々ならぬ力と柔軟性を発揮する、と語ったことがあるが、その肝心の点があいまいになったのではないか。

 2005年にハワード・ストリンガーがCEOに就任したが、彼はエレクトロニクス部門だけは日本にいる経営者に任せ、それ以外はすべて、彼および米国にいる取り巻きとで仕切るという異様な経営形態をとるに至った。そうした異様な経営をチェックする機能が日本のソニーにはなかった。社外取締役制度などの米国流経営システムを導入することには熱心でも、社員を一点に集中させる求心力のある経営・経営者がずっと不在なソニー。

 会社がダメになりダイエーの傘下で再建に乗り出したリクルート。それが、いまや、リクルートが売り上げ1兆円を超える事業として東証に上場し、ダイエーは破綻し、イオンの傘下に入って、社名もなくなるとか。一代の英傑たちがつくりあげたソニーも、凋落のトレンドから建て直しが可能か。グローバル化した世界において、会社は永遠ではないことを実感する。

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