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2014年11月 8日 (土)

石川文洋写真展で実感する戦争の悲惨さ、愚劣さ

 横浜の日本新聞博物館で開催中の石川文洋写真展「ベトナム戦争と沖縄の基地」を見てきた。ベトナム戦争は自由主義世界のチャンピオンである米国が、ベトナムで拡大しつつあった共産主義勢力を本気で制圧しようとしたものの、勝てず、撤退せざるをえなかった戦争である。この戦争で米国は経済的、精神的なひずみを抱え、かつての勢いを失い、それが今日にまで尾を引いている。
 写真展によれば、1965年から73年までに米国が使用した爆弾は424.6万tに達する。太平洋戦争で米国が日本に対して使った爆弾の約26倍だったという。当時の関係者も、いまになってみれば、なんと馬鹿げたことをしたものかと心のどこかで反省しているのではないか。
 石川氏のベトナム戦争の写真が強く訴えてくるのは、戦争とは殺し、破壊すること、兵士ではない一般の人たちも悲惨な目にあうということである。
 そして、石川氏が生まれた沖縄、そこもまた、太平洋戦争末期、戦場となり、住民はベトナム戦争の住民同様、殺され、破壊され、悲惨な目にあった。その傷跡はいまも家族や暮らしなどに残っている。そして、ベトナム戦争時、沖縄は、米軍のベトナム攻撃の拠点となり、今日も極東における米軍の最大の基地となったままである。
 私は数年前にベトナムを訪れ、同国が経済発展を遂げているさまを見てきた。かつては地下にトンネルをはりめぐらし、敵の米国兵を狙撃し、恐怖におとしいれたベトナム解放軍だが、いまや経済発展、生活向上などで両国間は恩讐のかなたである。地下トンネルは格好の観光見物になっている。そうした現実からみると、戦争がいかに愚劣か、が一目瞭然である。
 写真展から離れて世界を見れば、戦争、軍事的紛争は、今日、減るどころか、逆に増えている。政治的イデオロギー、人種、宗教などの対立が原因だが、武器・兵器・弾薬などを消耗品のように生産し、供給・販売するビジネスが対立をあおっている面もある。世界は平和に向かって歩んでいないのである。
 写真展を見て、いろいろ考えさせられた。

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