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2014年11月24日 (月)

消費増税を望ましいと思っても、それを主張する政党がないとは

 23日付け日本経済新聞のコラム「風見鶏」は「増税を望む人もいる」という見出し。この記事は読ませる。
 安倍首相が来年10月に予定されていた消費税の2%増税を1年半延ばすと言明、それを争点にして解散・総選挙に打って出た。しかし、経済財政諮問会議などの識者や経済界の首脳の中には、予定通り、来年10月に2%アップすべきだという意見の持ち主は多い。
 「税金を上げる」と「上げない」とを単純に比較すれば、「上げない」ですむなら、そのほうがいいに決まっている。しかし、国の財政は、歳出をいくらにするか、が先にあって、それをどうやって調達するか、である。調達は税金が基本なので、徴税で必要なカネが集まらないなら、借金(国債発行など)で賄うしかない。ただし、借金すれば、いずれ返さなければならない。それも利息付きでだ。これは、いまの世代が楽をして、のちの世代が借金の返済という重荷を背負うことを意味する。
 したがって、自民党・公明党は「将来の世代に借金という重荷を背負わせます」という公約を掲げているようなものである。先憂後楽ならぬ”先楽後憂”だ。格好よく言えば「play now pay later」、露骨な表現をすれば、「あとは野となれ山となれ」である。
 コラム「風見鶏」がずばり指摘するのは、亀井善太郎氏が言うように「国民にとっての不幸は、(消費増税)先送りがおかしいと思っても選挙でほかに選択肢がないことだ」。即ち、消費増税を当初予定通り、実施すべきだと主張する政党がないので、有権者の中で、ハイパーインフレにおびえるよりは、当初の予定通り増税したほうがましだと思う人は投票で意思表示したくても、そのすべがない。これでは投票に行かない有権者が増えるし、与野党への政治不信に直結する。
 そして、コラムは「万が一、金利の急騰やハイパーインフレが起きたとき、すべての政党が責任から逃れられないことを意味する」と述べ、ナチスが台頭したときのように、「既存の政党が国民の信を失い、極端なナショナリズムや耳に心地良い政策だけを掲げる新たな政治勢力が表舞台に出てきてもおかしくない」と指摘する。「民主主義は常に試されている」という締めの言葉は重い。 

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