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2015年3月21日 (土)

忘却の彼方から思い出す

思い付くまま……

●中国の映画「唐山大地震」が公開されるという新聞記事を読んだ。内容の紹介を読んでいるうちに、「この映画は見たことがある」と思った。公開の直前に3.11が起きたため、公開を止めたといういきさつが書いてある。

 そこで、私の日記を読み返したら、2011年3月4日に、試写会で「唐山大地震」を見たと書いてある。この大地震では、市民の2割ちょっとが死亡、建物は97%が崩壊したらしい。建物の壊れる映像は強烈だった。地震が起きる半日ぐらい前の昼間、自動車が走っていると、虫や鳥がたくさん異様なほどに飛び交うという場面から始まる映画の冒頭シーンなども次第に思い出した。

 では、最近まで、私の記憶からこの映画が完全に欠落していたのはどうしてなのか。単に、私のボケのせいかもしれないが、3.11の大震災によるショックがあまりにも強烈で、かつ、これからどうなる、どうするという先のことばかりを心配してきたからではないかと思う。

●ことしになっていっそう感じるのは、グローバルに広がりを持つ暗い話が多いことだ。かつての東西冷戦とは異なるが、宗教、人種やイデオロギーなどの対立による内戦、国際紛争、テロといった人心を脅かす争いが世界のあちこちに起きている。財政破綻のギリシャなど、経済危機に苦しむ国も明るい展望を持てない。

 日本の新聞紙面で大きなスペースをとるのは、政治関係の記事だ。それも、安全保障政策をめぐる自民党と公明党の間で行われてきた自衛隊の活動の制約を取り払い、結果的に戦争の当事者になりやすくなるようにする話だ。中国の軍事力拡張などは日本にとっても脅威である。だが、国民の多くは、日本が国際社会の中で掲げてきた非戦、平和の旗印を下ろすことを理解し納得するところまでいっていないのではないか。

 また、自民・公明の与党間調整で日本の進路がほぼ決まってしまい、野党がほとんど何もできないという政治状況は異常である。若い世代が国の将来に期待が持てるように政治の仕組みを変えることができるか、否か。日本の大きな岐路である。政治的な決定は老人や中年がするにせよ、戦争に従事し、死ぬのは若い世代である。若い世代の奮起が求められる。

●40年以上の古い原子炉のうち、経済性に乏しい5基が廃炉になるという。その記事を見ていたら、日本原子力発電敦賀1号、関西電力美浜1号の2ヵ所が含まれている。かつて、これら2つの建設工事中、見学に行ったことを思い出した。格納容器の底から上を見上げ、その巨大さに驚いた。いまから40年以上も前のことで、新しい炉型である軽水炉の建設に乗り出した時期のことである。

 原発については、この時代から、危ないと指摘する声が一部にあったが、大きな声にはならなかった。しかし、福島など、何基も集中するようになると、私は「1基に事故が起きたら、立ち入り不能で他の原子炉も止まるおそれがある。立地可能な地点が限られるという理由で集中立地はまずい」と考えるようになった。しかし、現実に事故が起きてみて、はるかに想像を超える被害が生じると知った。

●東京電力福島原発の事故の後始末はまだ緒についたばかり。日本の原発は全部とまったままで、エネルギーの低廉安定供給のメドはついていない。地球温暖化対策も頓挫したままだ。また、デフレから脱却するためもあって、日本政府は財政拡大による景気刺激策をとり続けているが、自衛隊の活動拡大も軍事予算の拡充→財政支出の増大につながる。結果として、財政破綻を早める可能性が大きくなる。

 

 

 

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