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2015年7月 6日 (月)

お経を日本語で、という僧侶の活動

 親戚の13回忌法要が愛知県岡崎市の家で行われ、それに参加した。真宗大谷派の中年の僧侶が来たが、法要の進め方などが、従来、私が経験したのと異なっていて、とても興味深かった。宗教界には”フクシマ”以後、革新の動きがみられるが、今回、経験したのも、そうした流れの一つだろうか。

 この法要が始まったとき、僧侶は、「無理して正座しなくて結構です。好きにして座ってください。あぐらをかいてもかまいません」と言った。「親鸞以来、正座しなくてはならないという教えはどこにもありません。整形外科医によると、正座は足腰に一番悪いそうです」と付け加えた。

 彼によると、家庭で執り行う法要でも、どこかから員数分の椅子を借りてきて、全員が椅子に座るケースもあるそうだ。お寺によっては、お堂に、キリスト教の教会のように、椅子がずらりと据え付けられているとのこと。私個人の体験では、四十九日の法要で、お堂に出席者の数だけ、椅子が並べられていたことがある。

 また、この日の僧侶は「お経はもともとインドの言語だったのが、中国で中国語に翻訳された。しかし、日本はお経(経典)を昔から、中国語のまま、しかも下手な中国語で読んでいる。信者など聴く人は、お経が何を言っているのか全くわからないまま、ありがたいものと思っている。これはおかしなこと」と述べ、お経を日本語に翻訳すべきだという運動を永年行なってきたが、上の連中はアタマが固くて、全然聞かない、などと語った。

 私の経験だと、真宗大谷派の僧侶は葬儀などの際、薄い冊子を持ってきて、参加者に一緒に正信偈を読ませたりする。この日も、冊子を持ってきたが、内容は、大阪教区の、改革を志向する若手(?)僧侶たちが独自に編集したものだった。

 この日、僧侶は私たちに正信偈を一緒に読ませたりもしたが、冊子に載っている経典が何を言っているのか、限られた時間の中で、該当ページを示しながら、ポイントを解説してくれた。もっとも、どれだけ正しく理解したか、あやしいものだが…。

 僧侶の話などを聞いて、私の誤解かもしれないが、真宗大谷派の経典は、死者に手向けるものではなく、生者に対し、どう生きるべきか、を説いたものだということを教わった。仏教の経典への興味がちょっぴりわいた。

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