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2015年12月14日 (月)

故・小林陽太郎氏「働くということは人間の基本的な尊厳にかかわる」

 最近の社会ニュースには、家族・家庭内での殺傷事件、ブラック企業と言われるような企業での人間軽視などが多い。人は働くことによって生活の糧を得るのだが、親の介護などで安定した暮らしができないとか、まともな仕事・職に就けず、勤め先があっても、労働時間、賃金、休暇などで劣悪な条件を受け入れざるをえない人が少なくないなど、働く者をめぐる経済社会環境の悪化が背景にある。

 グローバルな経済競争に伴い、日本の大企業においても、労働者・勤労者に対する企業経営者の考え方は変わってきた。人件費を減らし、生産性を上げることが優先課題となっている。そのため、パートなど非正規労働への依存を高め、正社員の賃上げを抑制する。新人や中堅社員などの研修も減らす。残業依存を変えない、などを行なっている。しかし、こうした日本社会のひずみを放置しておくことは好ましくない。

 日本の企業および経営者のありかたを自ら問うことを続けてきた経済同友会。1999年度から2002年度まで、その元代表幹事だった小林陽太郎氏(元、富士ゼロックス社長、会長。ことし9月5日逝去)が発言してきたさわりを載せた『経済同友』11月号の特集を読むと、いまの経済界に対して厳しく指摘している個所がある。

「働くということは、人間の基本的な尊厳にかかわる問題だと思う……(中略)……仕事に就いて働くということは、人間らしさを貫くということにつながっていくのだ……(中略)……場合によれば雇用というのは縮めなければいけないということがあると思います。けれども働くことが人間にとって基本的な尊厳に絡むのだということは、そのことよりもむしろはるかに重要なことなのではないか」

「だからといって不必要な雇用を組織の中に温存していることで、表向きの生産性が下がるとか、結果的に企業の株価が下がっても、それでいいのか、という話は出てくると思います。けれども僕はそこが大きなチャレンジで、……(中略)……もちろん生産性は非常に重要なコンセプトなのだけれども、短期ではなく、ある程度長いスパンでそれを考えることによって、不必要に、人間から働くことの楽しみや、別の言い方をすれば人間らしさを、短期であれ、奪ってしまうというようなことがあってはいけないんじゃないか」(以上、2012年インタビュー)

「企業の視点で社会を考えるのではなく、社会の視点で企業を考えるのである。そういう視点に立てば、”企業の社会的責任”などという、いい加減な言い方ではなく、”企業の社会に対する責任”ということになる。」(2010年、講演録)

「「より良い日本にしたい」という願いは誰しも同じと思う。……(中略)……”強い”だけでもなく、”美しい”だけでもない。「より良い国」をどのように作っていくかは、どの国にとっても最重要のテーマである。」(2013年、講演録)

 きれいごとと思うなかれ。企業経営者も、政治家も、官僚も、人間の尊厳を貴ぶべきだ。

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