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2016年1月31日 (日)

事業場内労働者代表制って知ってますか

 最近、厚生労働省のOBから労働者代表制とその改革案について話を聞いた。恥ずかしい話だが、企業内(事業場内)労働者代表制というものがあることを初めて知った。

 労働基準法では週40時間、1日8時間の法定労働時間を超えて労働者を働かせるには、労働基準法36条の「時間外・休日労働に関する協定」(36協定)を労使で締結する必要がある。その場合、会社は労働者の過半数が加入している労働組合と労使協定を結び、労働基準監督署長に届け出ておかねばならない。

 しかし、労働組合がない場合は、労働者の過半数を代表する者との間で労使協定を締結し、監督署長に届け出ておく必要がある。これが企業内(事業場内)労働者代表制といわれるものである。

 現在、労働組合の組織率は全体で10%に満たない。したがって、労組のない圧倒的多数の企業や事業場においては、労基法による就業規則、36協定、賃金控除協定などの制定や変更について労働者代表制が機能していることが不可欠である。

 また、労基法以外に、高年齢者雇用安定法、育児介護休業法、男女雇用機会均等法、労働者派遣法などで労働者代表が関与する建て前になっているほか、破産法、民事再生法などで従業員代表の当事者になっているという。

 しかし、労組がない企業・事業場において労働者代表が適切に選出されているかどうか。また、案件ごとに代表を選出するのは現実的でないなど、過半数代表制はうまく機能していない。

 このため上記の厚生労働省OBは、労働者代表委員会法の制定をとの提案をしている。

 確かに、ほとんど機能していない労働者代表制を改善するための法制化も一案である。しかし、厚生労働省がいまある労働者代表制を活かし、個々の企業・事業場に対し、詳しい運用報告を求め、問題があれば個々の企業・事業場に名前を挙げて勧告するなど行政指導に踏み切ったらどうか。

 それに、安倍内閣の1億総活躍の方針にそって、労組のない企業における労組設立を政府が支援したらどうか。かつて、厚労省は労政局が中心になって労組結成をサポートしていたと聞く。

 

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2016年1月29日 (金)

巨大企業と個人との闘い

 最近、翻訳書『WWF黒書』(ヴィルフリート・ヒュースマン著)を読んだ。副題は「世界自然保護基金の知られざる闇」である。WWFは自然保護の世界的なNPOとして知られているが、同書はWWFが自然破壊の先兵として、環境汚染や貴重な天然資源の乱開発に手を染めていると指摘。パートナーとして、BP(ブリティッシュ・ペトロリアム)、エクソン・モービル、シェルといった巨大石油資本や、化学のモンサント、非鉄のアルコア、マクドナルド、ウエアハウザーなどの巨大企業の名前を挙げている。

 コカコーラはWWFに2千万ドルを寄付し、その見返りに、かわいらしいWWFのパンダのマークを製品に付けることができたという。そうした自然保護や持続可能性などに名を借りたWWFの”商法”を世界各地で懸命に取材して書いたのが『WWF黒書』である。

 「解説と訳者あとがき」によると、原著(ドイツ語)の出版後、すぐにWWFドイツは弁護士を通じて書籍問屋やアマゾンに原著に多数の事実誤認があるとして取扱いをやめるよう圧力をかけたという。さらに発売禁止を求めて訴訟を起こした。和解に基づき、原著の修正・一部を削除した本が2012年9月に出版された。英語版は引き受ける出版社がなかったので、著者自ら出版社を立ち上げたのだそうだ。

 2月下旬に日本で公開されるスウェーデン映画「バナナの逆襲」。その第1話「ゲルテン監督、訴えられる」(2011年制作)を見た。第2話「敏腕?弁護士ドミングス、現る」(2009年制作)は見ていないが、この映画(第1話)も、ドール・フードのような巨大資本が映画(第2話)のロサンジェルス映画祭のプレミア上映を停止させるため法的な措置をとるという攻撃、脅迫など情報操作の実録である。

 映画製作者であり、ジャーナリストでもあるフレドリック・ゲルテンに対する脅しであると同時に、巨大資本対カネも乏しい個人という争いで言論の自由が脅かされているという実感を抱いた。

 第2話は、ニカラグアのプランテーション農園で、ドールが禁止されている有害農薬を散布し、それで、12人の労働者が不妊被害で会社を訴えたロサンジェルスの裁判のドキュメンタリーである。

 ドールが監督を名誉棄損で訴えたりもしたが、監督たちはスウェーデンやそのほかの国から支援が得られるようになり、ドールは提訴を取り下げた。その結果、どこでも上映できるようになったという。

 日本においても、メディアを見ていると、言論の自由が徐々に抑圧されてきているように思える。いろいろな事情があろうが、1つには、自主独立を支える健全な経営が少しずつ崩れているからではないか。

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2016年1月27日 (水)

福島原発廃炉の難しさと川内、高浜原発などの運開と

 東日本大震災以来、すべて停止していた国内の原子力発電所が動き始めた。昨年、九州電力川内原発1号、2号機が稼働したのが始まりで、関西電力高浜原発の運転再開があとに続く。

 原発は大手電力会社の電力供給の基幹とされ、これが稼働すれば、供給力に余裕ができ、収益の大幅改善につながる。つれて電力の料金が下がることも期待できる。地球温暖化対策の面から、化石燃料よりも、原発がのぞましいとみられてきた。

 しかし、原発は放射能の管理が厳しく求められる。ひとたび原発に大きな事故が起きて、放射能が外部に漏れたら、東電福島第一原子力発電所のように安全第一に廃炉作業を進めなければならない。しかし、福島原発では、炉心溶融という最悪の事態に対して40年かけて廃炉を達成する計画だが、実現は極めて難しい。

 大量に湧き出る地下水が放射能で汚染され、それを完全に無害化する処理方法はいまだに見出せない。汚染水をためるタンクは増え続け、いずれ、東電福島原発の敷地一杯になるだろう。

 廃炉作業で一番困難とされるのは、デブリとよばれる溶けた核燃料の取り出しである。最近の報道によれば、東電福島原発1号機で、ロボットを使って格納容器の中を調べたが、デブリを見つけることもできなかったという。放射能が強力で、人が近づくことはできないので、すべて遠隔作業によるしかない。そこで、高度のロボットなどを開発しながら、廃炉作業を一歩一歩進めようとしているわけだ。カネに糸目をつけず、内外の最新技術を採り入れて、試行錯誤する状態が期限なく続く。

 このように、日本における原発は、ひとたび炉心溶融のような重大な事故が発生したら、それを早期に抑え込んで安全を確保するという保障がない。

 にもかかわらず、既存の原発を安全面を強化したり、避難対策を強化したうえでと言いながらも、運転を始めるのは、果たして適切な選択だろうか。東電福島原発の事故では、大量な放射能の拡散で、人が住めない地域がたくさん生じた。最悪の場合、首都圏の住人も退避を求められるほどの巨大事故になったかもしれないのに。

 軽水炉のような原発には、こうした恐ろしい事故の可能性が潜んでいる。それなのに、炉心溶融のような最悪の事故に対する適切な対策を確保できていないタイプの原発を海外に売り込むプラントメーカーや、それを支援する安倍政権には疑念を抱かざるをえない。

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2016年1月22日 (金)

名目GDP成長率を長期金利が2020年に上回る

 内閣府は21日の経済財政諮問会議で「中長期の経済財政に関する試算」を示した。会議に提出されたいくつかの資料を見ていて、興味深い数字に出くわした。名目GDP成長率と名目長期金利とを比べると、2019年度までは毎年度の名目GDP成長率のほうが名目長期金利より高かった。それが、2020年度以降は、名目長期金利の数字のほうが名目GDP成長率よりも高くなっている。

 即ち、2019年度には名目成長率3.5%に対し、長期金利3.2%となるが、2020年度は名目成長率3.6%、長期金利3.9%と逆転。21年度は3.7%対4.2%、22年度3.7%対4.4%……となっている。金利が成長率を上回り続けると、”借金残高”が急速に膨らみ、いずれ国の債務返済が困難になる。バラマキ財政の行き着く先がこれでなければいいが。

 内閣府の試算では、国・地方の基礎的財政収支(PB)が2015年度に16.6兆円の赤字、対名目GDP比マイナス3.3%という。これがPB黒字化の目標年度の2020年度には、6.5兆円の赤字、対名目GDP比1.1%になるとしている。この試算の通りなら、PBの黒字転換は先送りされることになる。また、この試算によれば、2024年度にPBが2.6兆円の黒字に転換するという。

 同じ会議に提出された「アベノミクスの3年間の成果」は1.デフレ脱却、経済再生、2.倒産、失業、賃金、3.財政健全化……など6つの項目に整理されている。そして、3.財政健全化の項目では、「国・地方のPB赤字対GDP比半減目標(ー3.3%)を達成見込み。2020年度の財政健全化目標達成に向けて「経済財政再生計画」をとりまとめ」と記してある。

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2016年1月21日 (木)

福島原発近くにある私立病院の悲痛な訴え

 作家、村上龍氏が運営するネット「JMM(Japan Mail Media)」のNo.881 Extra-Editionは、福島県双葉郡広野町にある私立の高野病院の事務長が投稿した高野病院奮戦記である。

 これを読むと、22km北にある東京電力福島第一原子力発電所の事故によって広野町のコミュニティが崩壊し、いまは原発の後始末のために外部から工事関係者などが大勢来て住んでいること、それに伴って救急搬送が激増し、死体検案(半数は自殺)も増加したとか、除染作業員のモラルハザードなどがひどいという。

 また、高野病院では、医師や看護師などの医療従事者が恒常的に不足し、常勤医は院長ただ1人。全国から善意で手を貸してくれる人が来ているものの、人員確保が困難な状態は続いているという。

 同病院は双葉郡にある唯一の病院で、昼夜わかたず、土日休日も患者の受け入れ、医療を行なわねばならない。しかし、高野病院が郡で唯一の私立病院であることから、行政は弾力的な運用を認めてくれないと事務長はなげいている。

 投稿は「原発被災地の医療は今~」、「地域医療はだれのもの?」と2回にわたっており、まだ続くようだ。こうした被災地の実態はほとんど全国に伝わらない。全国紙などのメディアも、こうした問題をえぐろうとしない。その意味で、このJMMは貴重である。

 福島県に住む知人によれば、除染作業員などで、救急医療で病院にかつぎこまれる人が急増し、最近では亡くなる人が多いという。そうした人たちは本名も定かでない場合もあり、また医療保険に入っておらず、死んでも、遺体の引き取り手がいないとか。したがって遺骨も同様とのこと。除染作業員などを業者が全国から掻き集める際に、浮浪者や半病人のような者も連れてくるのだからという話だった。

 また、福島市のような都市部では、多額の補償金を手にした住民と、そうでない住民との感情的対立などが起きているという。

 東電福島第一原発の事故に対し、政府は除染や原発の解体などに巨額の国費をどんどん出している。その結果、福島県などの被災自治体も、阪神淡路大震災のときとは違って、国にさまざまな名目でカネをせびっているようにみえる。

 これらを総合すると、カネが人心を荒廃させているのではないか、と思う。安倍内閣のバラマキはそれらと軌を一にする。

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2016年1月17日 (日)

大型バス事故の背景

 軽井沢町で20歳前後の若者が10人以上も亡くなった大型バスの事故。少子高齢化の中で、日本の将来を担う若者をこんな形で失うのは痛ましいし、残念至極だ。どうして、こんなことが起きたのか。真相は定かではないが、17日の日本経済新聞朝刊の記事は「長距離バス板挟み」、「運転手不足でコストアップ」、「続く過当競争 安値受注」、「安全管理の徹底課題に」という見出しが示すように、事故が起こるべくして起こったのではないかと思わせる。

 この記事によると、長距離バス事業者は新幹線や航空機との競争やバス事業者間の競争にさらされており、繁忙期の昨年8月でも、東京ー大阪間は一番高い料金が1人1万1000円、最低は2500円だったという。

 貸切バス事業者だけで約4400社(2014年度)あり、長距離運転に運転手2人が義務付けられたこともあって運転手不足は深刻化している。また、お客によって、長距離バスに対して安心感重視、豪華な設備重視、安さ重視というように分かれてきており、中小のバス事業者は安さを競うしかなくなっている。車両や運転手を遊ばせるよりはと、ツアー会社に法定額を下回る運賃を提示するようなことも起きる。

 バスやトラックの運送事業は、車両を持てば、個人で起業できる。したがって、中小事業者が多い。それ自体は問題がないが、コストを下げるため、安全に関する法規や労働基準法などの従業員を護る法規制をきちんと守っていない事業者が存在する。そうした事業者の中に、法定運賃を無視するところが出てくるのだろう。

 では、どうすべきか。事故の原因が解明されていないうちに対策を云々するのは早計だが、企業社会においても、基本的人権や民主主義をないがしろにしてはならないという常識を定着させる努力をすることがまず必要ではないか。

 

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2016年1月11日 (月)

7千年も前に立派な金製品ができていたとは驚き

 東京・上野の国立西洋美術館で開催されていた「黄金伝説展」の最終日(1月11日)に行ってきた。副題が「古代地中海世界の秘宝」とあるように、ブルガリア、ギリシャ、イタリアといった地中海諸国で発掘された金細工が展示の大半を占めており、関連の絵画なども展示されていた。

 いまも昔も、金(ゴールド)は富、権力、そして美を象徴するものである。ブルガリア北東部のヴァルナで発見された紀元前5千年の墓には、美術館で展示されていたように、金の装飾品が沢山埋まっていたという。

 いまから7千年も前というのはどんな頃?と思い、家に帰って、山川出版社の『世界史総合図録』などを見てみた。それによると、史的年代では「先史時代」というだけで、ほかに記述はない。エジプト、メソポタミア、黄河の文明は5千年前あたりから出現したとされる。したがって、それよりもはるか以前に、純度の高い金をつくる精錬技術、そして、できた金を薄く延ばしたりして腕輪などをつくる細工の技術、などが地中海世界の一角でできあがっていたということになる。その歴史的な事実に驚嘆する。

 この展覧会は、ヴァルナの墓地の金製品のほか、紀元前15世紀(いまから3500年ほど前)以降の古代ギリシャでつくられた金の装飾品、100年ほど前にブルガリアのトラキアで発掘された3000年以上前の金製品、それに、イタリア中部のエトルリアで発見された紀元前7世紀ごろの金細工製品なども展示。いずれも、技術の高さで展覧会の入場者を感心させていた。

 人類は1万年前から農業を始めた。そして、7千年前には、地中海世界の一部において、金の精錬や細工ですぐれた技術を確立した。金というものが、すでにそのころまでに特別な存在になっていたということだろう。

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2016年1月 4日 (月)

水道管の水漏れ頻発は料金上げを避けてきたからでは

 「水道管老朽 漏れ頻発」――4日付け朝日新聞朝刊は、老朽化した上水道の水道管の更新が追い付かず、水漏れがが20%超と極めて高い上水道事業体が、全事業体の16%にあたる236にのぼると報じている。

 同紙によれば、「地方を中心に人口減によって料金収入が減り、予算不足で更新費用を捻出できずにいる背景がある」という。

 上水道水が配管から漏れる割合(無効率)は2013年度に7.1%。13年度に20%を超し、かつ10年前より悪化したのは182事業体だという。無効率が30%超の事業体は56に達するそうだ。ひどい状況である。

 しかし、かつて私が1990年代の終わり頃、厚生労働省や日本水道協会などから取材したとき、今日のこのひどい状況はすでに予測されていた。要するに、関係者は今日の事態になることがわかっていた。そして、打つ手もわかっていたのだが、21世紀になってからの十数年、ほとんど問題は放置されたままだったのだと思われる。

 上水道事業はほとんどが地方自治体の一般会計と切り離した地方公営企業の形で運営されている。独立した安定的な経営が行なえるからである。経済成長時にはそれでよかった。

 ところが、長期経済低迷や人口減などのため、水道水の需要が増えず、減る自治体も現れた。それに加えて、水道管を含む設備の老朽化に対する更新投資が必要になってきている。しかし、それには水道料金の値上げが必要であるが、水道水のユーザーである住民や自治体議会は反対の意向が強い。このため、独立採算の公営企業としては、職員を減らしたり、水道管の取り替えや修復を先延ばしにしてきているわけだ。

 いま必要なのは、地方公営企業の経営をもっと効率化し、ユーザーである住民に、必要な料金値上げを受け入れてもらうことである。そのために住民や議会議員の多数が納得するまで説得することが不可欠である。

 負担と受益とのバランスがとれた政策について、国民や住民が理解し、受け入れるようになることが国政にとっても地方政治にとっても大きな意味を持つ。

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2016年1月 2日 (土)

混迷の時代における新聞の役割

 元旦の新聞をざっと読んだ。全国紙6紙を読んでの感想を言うと、新聞よ、しっかりしてくれの一言に尽きる。

 新聞を精彩あるものにするのは特ダネ(特報)である。アッと驚くニュースは一面トップを飾り、読者も記者も活気づける。ことしの元旦は、産経新聞の「マイナンバー 運営システムに欠陥」が目立った。

 また、東京新聞の「中古武器輸出を検討 防衛施設庁」は、日本の安全保障政策の転換に伴う新たな動きをとらえている。毎日新聞も「改憲へ緊急事態条項」と報じている。読売新聞は「数研出版も教科書謝礼」を載せた。

 特ダネの代わりに連載記事の第一回を一面に大きく載せる形で紙面をつくったのは、日本経済新聞の「アジア  ひと未来 目覚める40億人の力」、朝日新聞の「18歳をあるく」である。毎日新聞の「チャイナセンセーション」は一面の真ん中に掲載、中国の一帯一路の行方を追っている。

 これとは別に、元旦の新聞でいい記事だと思ったのは、朝日の「新発想で挑む 地方の現場から」。水田にトウモロコシを植えているのが農の救世主になるという。東京の「がん患者が安心して暮らせる、英国発祥のマギーズセンターが今夏、東京にオープン」 、読売の第6部「日本の魅力の再発見」も興味深く読んだ。

 しかし、元旦の6紙を通読して感ずるのは、いまの時代をどうとらえ、それにどう日本は、国民は取り組まねばならないのか、といった緊迫した問題意識が乏しいのではないか、という点だ。

 東日本大震災で危機に瀕した原発の後始末はほとんど進んでいない。政治的には問題にもされない。消費税率の軽減問題が大きな争点になったが、バラマキ政治の広がりもあり、深刻な財政危機をどうやって解決するかが与党で真剣に論議されない。国民が高い関心を抱く安全保障政策と憲法との関わりもきちんと国会で論議されないままだ。また、議会制民主主義の政治を支える選挙制度の歪みの是正は遅々として進まない。沖縄における基地移転問題も地元の意向を無視して埋め立てが行なわれている。それらに関する記事はほとんど見なかった。

 また、グローバル資本主義のもと、企業を取り巻く競争環境は厳しくなり、貧富の格差は大きくなっている。先進国、途上国を問わず、雇用条件などで沢山の人が人間らしく生きることは難しくなる一方だ。技術革新は人間を幸福にすると同時に、失業を生み出し、それが社会保障などの充実を要求する。地球温暖化も人間の生存環境を破壊しつつある。そうした観点の記事も目につかなかった。

 昨年からフランスなど先進国でテロが起き、常時、警戒態勢が敷かれるようになった。民族、宗教などで異なる人々が平和的に共存する社会を再構築しなければならない。また、中国のように独裁強権国家が軍事力強化をバックに支配地域を広げようとしているのにも、平和共存を働きかけねばならない。

 世界も日本も、こうしたきわめて不安定、かつ危機的な状況に直面している。したがって、グローバル資本主義や世界の政治体制などをトータルにとらえ、世界と日本の平和と繁栄とをいかに確立していくか。そうした認識と処方箋とを念頭においた新聞づくりが求められていると思う。正月は明るい話の新聞を、というような社内的な都合はナンセンスだろう。

 欲張りかもしれないが、新聞の使命と紙面は時代の先端と切り結ぶ、厳しくかつ高邁なものであってほしい。

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