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2016年7月 7日 (木)

葬儀・法要から見る世の移り変わり

 父親の二十三回忌の法要で名古屋に行ってきた。父母の葬儀や法要はずっと同じ東本願寺系の僧侶にお願いしてきたが、休憩時にこの方から聞いた話がとても興味深かった。

 人が亡くなると、自宅や病院から火葬場に遺体を運ぶ。それに先立って、遺族が自宅や寺で通夜・葬儀を執り行う。日本の仏教の伝統によれば、坊さんにお経をあげてもらい、遺族や友人などがお線香をあげる。そうした儀式を経て、火葬場で遺体が焼却される。そして、遺族は遺骨の一部を”お骨”として骨壺に納める。その後、遺族は初七日、一周忌、三回忌などの法要を行なう。

 しかし、今回もお世話になった僧侶によると、最近は、葬儀などをしないまま、病院や自宅から火葬場に遺体を直送するケースがある。そして、火葬したあとのお骨拾いもしないで帰ってしまうとか。お骨を拾っても、邪魔になるだけという理由らしい。また、遺族が、火葬場で拾ったお骨を一方的に郷里のお寺に宅配便で送りつけてくるというケースもあるという。

 この僧侶によると、最近は法事に来ても、数珠を持っていない参列者が多くなっているという。

 また、仏教では、初七日から二七日忌、三七日忌……七七日忌、一〇〇箇日忌と法要があり、さらに年回忌法要として、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌……三十七回忌、五十回忌とある。死んでから五十年間は法要が求められる。しかし、こうした法要を全く営まないか、ほとんど行わない家族、家庭が多いという。

 そして、樹木葬だとか、家族葬といった変化も、仏教界、”お寺業界”にとっては好ましくないと受け止めているように感じた。そこは私の意見は違う。

 最近、我が国では、見知らぬ人を衝動的に殺傷するなど、他人の命を軽く扱う犯罪が続発している。将来の日本を受け継ぐ少年少女をいとも簡単に死なせてしまう事故も頻発している。上記の、死と仏教をめぐる問題と、これらの事件とは、直接のかかわりはないようにみえるが、現代日本人の家族の変容(核家族化)、都市化の進行(地方の過疎化)、長寿化(リタイヤ後の長生き)、科学技術信仰などが背景にあって起きているのではないか.。

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