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2016年10月31日 (月)

加害者の刑罰は軽過ぎるのでは

 最近、横浜市内で、後期高齢者の運転する軽トラックが小学生を轢き殺した。原因などは解明されていないが、高齢化/少子化という我が国社会の重い課題が一段と重く感じられる事故だった。子供を産みやすく、そして育てやすい社会にすることが日本の最大の課題なのに、その大命題に反するような子供や若者を殺害する事件が新聞紙面をにぎわしている。

 また、運転中、スマホの「ポケモンGO」に気をとられ、道路を横断中の女性2人をはねて死傷させた39歳の男に対し、徳島地裁が1年2か月の禁固刑を科す判決を下したという。ゲームをしながら、自動車を運転していて他人の命を奪ったのに、1年ちょっとの禁固刑に服すれば、社会に復帰できるというのは、被害者の側からどう見えるだろうか。自動車の利便性が向上し、自動運転車の開発・実用化が進みつつあるが、目下のところ、ドライバーの安全運転を促す仕組みは足りない。

 ところで、「ポケモンGO」を販売した企業は相当の収益をあげたはずだが、こうした”ながらスマホ”による轢き殺し事故の発生に対して、いささかも心の痛みを感じないのであろうか。最近はほとんど見かけないが、チューインガムが路上に吐き捨てられ、道路が汚された時期があった。ガム会社はポイ捨てしないよう注意書きをするようにしたが、捨てる人が多かった。そうした環境汚染を思い出す。

 40年余り前に刊行された『自動車の社会的費用』(宇沢弘文著)は、自動車の便益だけを見るのではなく、騒音、排ガスによる大気汚染、道路建設、交通事故による死傷などの外部不経済を考慮するよう求めた。基本的には、いまもこの考え方を踏襲すべきだが、”ながらスマホ”などの現実を踏まえ、いまや、人命を尊重し、日本の人口減少を止めるための政策や法制を確立することが必要ではないかと思う。

 

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2016年10月29日 (土)

映画「抗い 記録作家 林えいだい」を見る

 ドキュメンタリー映画「抗い 記録作家 林えいだい」を試写会で見た。戦前の日本は朝鮮人を本土に強制連行して筑豊の炭鉱などで働かせた。そのため、沢山の朝鮮人が故郷に帰ることもできず、悲惨な労働・暮らしを余儀なくされ、日本で死んでいった。しかし、戦争の時代を通じて日本が犯したこの罪を日本の国家は、また国民はきちんと償っていないのではないか。

 そうした過去の過ちを正面から取り上げ、追及する記録作家、林えいだい氏を映像で追った映画が『抗い 記録作家 林えいだい』である。この映画の中で、林氏が追っているテーマの一つは、1945年の敗戦の少し前、重爆特攻機「さくら弾機」が放火で燃えたとき、特攻隊員の1人が放火犯とみなされ、銃殺された事件である。林氏は、特高が、被疑者を朝鮮出身だからということで無理やり犯人に仕立てあげたのではないか、とみて、生存する当時の関係者を訪ね歩く。そして、真相に迫る。

 戦争が終わってから71年。戦時日本の国家権力、それを構成していた軍人、官僚、国策会社などの社員などが、日本の国策で犯した罪はほとんど忘れ去られた。これに対し、林氏は「歴史の教訓に学ばない民族は、結局は自滅の道を歩むしかない」と言って、権力の前に沈黙を余儀なくされていた民衆を訪ね、隠されていた真実を聞き出そうとしてきた。その基本的な姿勢には頭が下がる。

 映画の中で語っているのによれば、彼の父親は神主で、脱走する朝鮮人炭鉱労働者をかくまったため、国賊扱いされ、警察の激しい拷問のあと、帰宅して死んだ。戦争が終わったが、国家権力は、これについて何ら責任をとることはなかった。林氏が弱い者、名もない人たちの側に立って、ペンを振るい、カメラを向けるその執念には、この父の死が大きく影響しているように思う。

 80歳を超えて、病気と闘いつつ取材・執筆を続ける林氏の”抗い”には、戦前も今も日本の国家、経済社会を支配する権力に対する深い深い怒りが横たわっている。林えいだい氏のあとを受け継ぐ若手が出てくるのを切に望む。

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2016年10月27日 (木)

自民党総裁任期の延長

 自民党総裁の任期は連続で2期6年が限度となっているが、それを3期9年に延ばすことが確定的となった。憲法改定を念願とする安倍首相は、いまのルールだと、2018年9月に首相の任期が切れてしまう。そこで3期9年に延ばそうというもの。いまから、それを明確にし、来年初めに自民党として正式に決定することになるようだ。

 10年ぐらい前までは、日本の総理大臣は1年前後でくるくる替わっていた。それと比べれば、公明党との連立とはいえ、安定政権のほうが内政、外交いずれの面でもプラスが大きいことは確かだ。しかし、来年のことを言うと鬼が笑う、と言われるこの国で、現在のルールによる再来年の任期切れのさらに先を想定しての今回のルール変更にはいささか違和感がある。

 自民党の歴史を振り返れば、派閥間の権力抗争がずっと続いてきた。自民党の中に、右から左までの思想の違いがあり、それが自民党の活力の源泉でもあった。しかし、選挙制度の変更で首相ら執行部の支配力が増した結果、党内野党としての対抗勢力が育ちにくくなっている。

 野党第一党の民進党は国政改革を提起するだけの力を持っていない。それが、数を頼んだ与党の強引な国会運営を許してしまっている。いまや、世界が動乱の渦に巻き込まれる危険が増しているこの時に、安倍政権の強引な内外政策が続くようだと、日本国は戦争、テロなどの危機に直面しかねない。

 お隣の国、中国でも、最高権力者、習近平国家主席は2017年秋の党大会で決まる自らを含む最高指導部の人事で、安倍首相と似た党則改定を画策しているようだ。中国共産党の最高指導部にいる人は68歳になったら、新たな最高指導部の人事を決めるとき、メンバーに入らず、引退する。それに従えば、習主席は引退せざるをえない。

 国家主席のポストは憲法で2期10年と決められている。これは変えにくい。したがって、党則の年齢制限を変えてしまえば、国家主席の座に居続けることができる。

 このように、日、中の政治体制が異なるとはいえ、いずれのトップももっと長く最高権力の座にいたいという心情は似ている。それが独裁的な政治体制へと歩むリスクをはらんでいることは否定しがたい。世界には、大統領、首相などといった最高権力者で、自由主義、民主主義などと異なる政治運営を行なっている国々が少なからずある。そういう時代背景を踏まえて日本の安倍”独裁”を見つめることが必要だろう。

 

 

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2016年10月19日 (水)

違法な長時間労働を許容する労働組合

 もう半世紀近く前の話だが、三洋電機(のち、パナソニックに吸収された)の経営トップは「管理職は24時間、いつも、寝ている時も、会社のことを考えよ」と公言していた。高度成長の時代だが、当時は、問題発言だとは受けとられることはなかった。

 もし、いま、そんな調子で社員にゲキを飛ばしたら、社会から指弾されるだろう。時代は変わった。

 半世紀も前の時代の労働密度は今日よりはるかに薄かった。本社にはおおぜいの社員がいて、忙しいときもあれば、ひまで喫茶店に行くこともあった。大型コンピュータが使われ始めたころで、グローバル化の前だった。仕事の成否が人間関係で左右されることが少なくなかった。また、新入社員をじっくり育てるゆとりがあった。

 電通の長時間労働が労働基準法に違反しているとの疑いで、全国の労働局が同社および主要子会社に立ち入り調査している。東京労働局に設けられた「過重労働撲滅特別対策班」などが抜き打ち調査をしている。長時間労働で新入社員が自殺したり、サービス残業が恒常化しているなど、電通および子会社がブラック企業化しているからとみられる。

 電通の労働組合などが加盟する広告労協は「働く側の立場に立ち、各社の労働組合と連携しながら、賃金、労働条件の改善や、独自の福利厚生活動などに取り組んでいます」、「広告業界の健全な発展とそこで働く社員の幸福のために、活動を展開しています」とミッションを掲げている。電通の労働組合も、産別の広告労協も、会社側に寄り添い、労働組合としての使命をおろそかにしていたのではないか。

 知的労働のウエートが大きくなり、必ずしも単純に労働時間の長短などで成果を計れない時代になった。このため、労働時間、賃金、休暇などは労働実態を踏まえ、公正にきめこまかく決めることが労組の任務になるとみられる。ともすれば、日本の労組は企業別労組のため、経営側に立ちがちであるが、それでは、働く人々の利益を損なう。

 

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2016年10月12日 (水)

世界的な経済停滞のデータに驚く

 日銀の金融政策転換を機に、日本記者クラブでは、金融庁のトップや、日銀理事OBのエコノミストから、日本経済の現況および問題点について話を聞いた。

 専門的な話が多いので、正直、よくわからないが、いただいた資料を見たら、面白いページがある。まず、ヨーロッパ、米国、カナダ、日本の各国の国債の利回りである。1年物~40年物といろいろあるが、スイスの国債の利回りは1年物から20年物までマイナスである。30年物と40年物だけが0.03%と0.04%と利回りがプラスである。いずれも10月11日時点である。

 ほかにもマイナス利回りは日本(1年物~11年物)、ドイツ(1年物~9年物)、デンマーク(1年物~9年物)、フィンランド(1年物~9年物)、オーストリア(1年物~8年物)……と並ぶ。マイナス利回りが全くない国は米、カナダ、イギリス、ノルウェー、ポルトガル、それに経済危機のギリシャだけである。

 それに、マイナス金利の国は無論のこと、そのほかの国も、ギリシャおよびポルトガルを除き、国債利回りがきわめて低い。

 第二に、世界経済は米国はじめ、先進各国の経済成長が低くなっている。みずほ総研の見通しだと、2016年の経済成長率は、米国1.4%、ユーロ圏1.5%、日本0.5%である。2017年も米国2.2%、ユーロ圏1.1%、日本0.7%にとどまる。ちなみに、2016年のブラジルはマイナス3.2%、ロシアもマイナス1.2%である。

 世界は①経済成長率(生産性上昇率)の低下、②GDPの2倍をはるかに超える高水準の債務、③乏しい政策余地という共通の悩みを抱えている。なかでも先進国は低成長、低インフレ、低金利の3lowの常態化に直面して、各国がジャパナイゼーション(日本化)しているという。それは、先進各国とも、既存の政策、理論では突破できない壁にぶつかっているということだろう。

 ではどうしたらいいのか。答えはわからない。ただ、上記の講師の話を踏まえると、構造改革で突破口を見出すとか、経済成長がなくても人々が満足する新たな社会(定常経済とか)を築くことが考えられよう。もっとも、言うは易いが……。

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2016年10月 5日 (水)

働き方改革にひそむファシズム

 安倍政権が”アベノミクス”の構造改革としてぶちあげている働き方改革。「一億総活躍プラン」では同一労働同一賃金の実現や長時間労働の解消などをめざしている。その中には、育児介護休業をとりやすくし、女性が働き続けることが容易になるように法制度や施設の整備などを進めている。

 安倍内閣の支持率が上がってきているのは、こうした身近で、かつ切実な問題の解決に取り組んでいることが評価されているのではないかという印象を持つ。

 しかし、同一労働同一賃金を例にとれば、これまで、労働者ないし労働組合が会社との賃金交渉・闘争でかち取ってきた賃上げを、政府が法制度までつくって支援し、実現させるというのには違和感を抱く。

 ことしの7月に刊行された佐藤優著『現代の地政学』(晶文社)を読んでいたら、「国家権力が力を利用して労働者への分配を増やすというのは、ファシズムの思想なんです」というくだりがあった。

 「労働者が食えないような、文化的な生活ができないような賃金体系はおかしいから、それに対しては政府が介入して、企業の内部留保を吐き出させて賃上げする。その代わり、労働者には絶対にストライキをやらせない。働かざる者食うべからず。経済問題はすべて政労資の三者委員会によって調整する。これがイタリアファシズムの考え方です」。

 そして「第三者的に見たら、共産党と安倍さんはファシズムの賃金論を採用しているわけです。両方ともそう言ったら激怒すると思うけど。でも、こういう形でファシズムって入ってくるんです」という。

 日本の労働組合は圧倒的に企業別組合であり、労使の間の協力、友好の関係が、会社対労働組合の利害対立よりも強い。このため、賃上げ要求は会社の収益、競争力を踏まえたレベルになりがちだ。そうした実態を無視した高い賃上げを政府が経営側にのませるというのが安倍政権である。そして、労働組合のほうは、連合系の場合、政府の助けを借りて高い賃上げを達成するのをよしとするようにみえる。

 それで問題はないと考えるか、労働運動のありかたを根本から見直すのか。大きな岐路にさしかかっているような気がする。

 

 

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プロジェクトをやめる決断ができない霞が関の人たち

 高速増殖炉というと思い出す場面がある。1966~7年ごろのこと、電力中央研究所理事長の松永安左衛門氏が珍しく記者会見をしたことがある。そのとき、エネルギー資源の乏しい日本は高速増殖炉の実用化に取り組むべしと松永氏は力説した。

 それに対し、米国駐在から帰ったばかりのある全国紙記者が高速増殖炉って何か、英語で何と言うのかと尋ねた。そして、「ファスト・ブリーダー」と聞いて、「なるほど、そのほうがよくわかりますね」と言った。当時、一度しか、松永氏の記者会見がなかったので、このときのことを妙に覚えている。

 その後、電力業界で軽水炉の実用化が進んだため、高速増殖炉への注目度は薄れたが、電力業界と政府は、夢の原子炉とも言うべき高速増殖炉の開発、実用化に取り組んできた。しかし、いまだに日暮れて道遠しだ。ビッグ・プロジェクトとして、巨額の資金を投じてきたにもかかわらず、高速増殖炉”もんじゅ”はトラブル続きでほとんど運転していない。

 このため、日本原子力研究開発機構(JAEA)が進めてきた”もんじゅ”について、政府は廃炉に向けて抜本的な見直しをするという。ただし、高速増殖炉の研究は続けるという方向になりそうだという。気になるのは、見かけはプロジェクトを廃止するとして、実質は形を変えて従来の組織や人を引きずることになりはしないかだ。

 官僚の世界では、先輩のやったことを否定するのは嫌がられる。また、一度つくられた制度や仕組みは予算や人が付いているので、何とかして続けようとする。高速増殖炉と同じころに始まった八ッ場ダムのプロジェクトが必要性が乏しくなったにもかかわらず、いまだに続いているのを思い起こす。高速増殖炉プロジェクトについても、責任をあいまいにし、何とか継続しようとする可能性が大きい。財政危機を踏まえ、監視の目を厳しくする必要がある。

 

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