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2017年2月21日 (火)

河野龍太郎氏の経済観に教わる

 ”トランプノミクス”や”アベノミクス”が米国経済や日本経済、そして世界経済にどのような影響、帰結をもたらすか。日本記者クラブでは21日、BNPパリバ証券のチーフエコノミスト、河野龍太郎氏の話を聞いた。内容は多岐にわたり、新鮮、かつ鋭い指摘が一杯だったと思うが、肝心の当方の消化能力(理解力)が足りなくて、独断と偏見による断片的な紹介にとどまる(配布資料も含む)。

・ポピュリズムが広がっているのは、グローバル化の反動というよりも、世界的に経済成長率のトレンドが低下して、失業など人々の不安が高まっているからだ。ポピュリズム政治は大規模財政を招き、インフレ高進と金利上昇につながるおそれがある。

・トランプノミクスの賞味期限は1年半ないし2年程度か。米国の移民規制や保護貿易はトレンド成長率を低下させる。政権との近さがものを言うようになるとイノベーションは停滞する。金融資本を野に放つカジノ資本主義の色彩が強まるだろう。

・プリンストン大学のシムズ教授が唱えたインフレ醸成政策は、インフレによる返済を前提に追加財政支出を行なうべしというもの。シムズ理論と”アベノミクス”は親和性が高い。同理論は、財政健全化目標の棚上げや、消費増税の完全先送りに正当性を与えることにならないか。

・量的・質的緩和の開始段階から(河野氏が)実施に強く反対した最大の理由は、それが財政規律を大きく損なうと予想したから。他人のカネを使う政府部門の支出は、利払費さえ抑え込めば、返済を先送りできるから、議会制民主主義のもとでは際限なく膨らむ。

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2017年2月15日 (水)

東芝――落ちた偶像

 日本の誇る総合電機メーカー、東芝が経営危機に直面している。主力の原子力発電事業で、米子会社のウエスチングハウス(WH)などが底なしの赤字を抱え、その穴埋めのために、昨年、医療機器事業を泣く泣くキャノンに譲渡し、さらに、最後の砦とも言うべき虎の子のフラッシュメモリー事業までも分社化して、その株式の大半を売却する可能性が大きくなってきた。

 収益の柱を失えば、東芝という会社の総合力・競争力や将来展望は失われる。希望の失われた会社からは、次々と人材が去っていくことになる。情報機器やエレベーターなどの事業の競争力を保つのも容易なことではあるまい。

 さりとて、3.11で起きた東電福島原発の事故の後始末は、やめるわけにはいかない。フクシマの後始末にあたって、東京電力は汚染除去費用を負担せず、国が税金で肩代わりするという非常措置をとった。フクシマの原子炉のデブリなどを何十年とかけて始末するうえで、原発機器の建設に関わった東芝の責務も大きいので、政府としては、東芝を倒産させずに存続させようとするだろう。事故を起こした原発を安全に処理するには、相当の技術力および技術者を温存する必要があるからだ。

 目下のところは、窮迫する東芝の資金繰りを三井住友銀行、みずほ銀行などの主力金融機関が担うことになるが、長期的には、それだけでは無理かもしれない。東電の国家管理と同じく、東芝も国家管理で生き延びる道を歩むことになるかもしれない。

 ところで、どうして、ここまで深刻な状況に追い込まれたのだろうか。昭和40年不況で経営が悪化し、外部から土光敏夫氏が東芝の社長に就任したころからを振り返ると、同社の社長はある時期から「オレが、オレが」のタイプが増えたように思う。ひとたび社長に就任すると、前任者にろくに口もきかない。独断専行のリスクがあった。社長といっても、出身分野が違うという事情もあるし、全体を見る総合的な視点が概して弱かったように思う。その点は、日立製作所のほうが、社長室をうまく使っていたようにみえる。

 WHの買収は、ねらいは悪くなかったが、フクシマ以後、原発の建設コストが上がるなど、状況が大きく変化したのを軽視した。また、外資の買収にあたっては、相手の内部事情に疎いので、よほど慎重に財務データなどをチェックする必要があるが、東芝はのめりこみすぎた。買収はタイミングも大事だが、会社の命運を左右する巨大外資の買収ならば、もっと本社内で多面的に検討すべきだった。

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2017年2月 7日 (火)

山崎種二氏は美術館で名を残す

 2月初に東京・恵比寿にある山種美術館に行った。「日本画の教科書 京都編――栖鳳、松園から竹喬、平八郎へ――」を観るためだ。入ってすぐのところに竹内栖鳳の「班猫」があり、さらに村上華岳の「裸婦図」と、重要文化財が2点もあった。展示された50数点の日本画は、昭和の50年代までのおおよそ100年間に描かれたものだった。

 じっくり観て回ったが、絵画の世界に疎い素人から見ても、感動する作品がたくさんあった。2月半ばに始まる「日本画の教科書 東京編――大観、春草から土牛、魁夷へ――」が楽しみだ。

 ところで、この山種美術館は、確か、開館当初は、東京・日本橋茅場町の山種証券新本社ビルの地階にあった。そこで開館してから50年経ったので、50周年記念特別展として今回の展示を行なっているわけだ。

 私の記憶に強く残っているのは、この新本社ビルに移る前、同じ茅場町のビルに山種証券本社があり、山崎種二会長に会いに行ったときのことである。50年以上も前のことである。穏やかな話っぷりで、往年、米相場などで鳴らした相場師という印象は受けなかった。同じフロアに茶室がしつらえてあり、温厚な人柄という印象とよく合っていた。

 少し脱線するが、2年ぐらいあと、出光興産の店主の出光佐三氏に会ったときも、やはり、茶室があった。

 そして脱線ついでだが、山崎種二氏も、出光佐三氏も、美術品の収集に力を入れ、それらを展示する美術館がそれぞれつくられた。茶室と美術館の不思議な取り合わせだ。

 山崎種二氏の山種証券は、証券不況・再編成の嵐に遭い、現在、三井住友フィナンシャルグループのSMBCフレンド証券になっている。山種の名前は証券界から消えた。また、自主独立路線を歩んできた出光興産は、国内の石油精製販売事業再編の嵐の中、外資系の昭和シェル石油との合併をめざし、創業家と対立している。合併後の新しい社名に出光の名前が残るか、が注目点の1つだ。

 社名に創業者などの名前が残ることは、ビジネスの世界では、ますます難しくなるのだろう。代わって、社会貢献の形で名前を残す人が増えるのかもしれない。

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ドル箱ビジネスを切り売りする東芝

 2月7日の日本経済新聞電子版に西條都夫編集委員が『「ドル箱」売却、衰退への早道選んだ東芝』という読み物を書いている。半導体メモリー事業を分社化し、外部から資本を入れると発表した東芝に対し、「ドル箱ビジネスの切り売り」であり、「強いデジャビュ(既視感)を覚える」と指摘している。

 経営危機に陥ったコングロマリット(ないしは経営を事実上支配する金融機関)は2つの行動を取りがちだという。即ち、①売りやすい優良企業から切り売りする、②社内基盤の弱い新しい事業から売る。だが、それだと主力事業が抜け、本格的な事業再建がますます遠のくと指摘する。そして、生き残るにはしがらみを捨てよと言う。

 東芝については、すでに機を逸しつつある感もするが、「延命」や「破綻回避」をゴールにするのでなく、各事業がどうすれば強くなるのか、しがらみを排して勇気ある決断をするしかないだろうと、西條編集委員は述べている。

 確かに、日本の企業は長期雇用を基本としてきたから、心情的に、昔からの事業を祖業として存続させようとする。そのため、経営が苦しくなったとき、成長性のある比較的新しい事業のほうが売りやすいこともあり、そこから先に切り出して売ってしまうことがある。だが、それでは会社はじり貧になりがちだ。この読み物は、そうした日本の企業の弱点を突いていて興味深い。

 ところで、各事業部門で働く従業員の立場からみると、企業売買によって株式の所有者が変わろうと、労働条件が悪化せず、当該事業の成長発展につながる経営が行われれば結構だ。もちろん、買われた側の従業員は「出世」という点で多少、不利になるだろうが、仕事の能力さえ十分あれば、十分な待遇を得られよう。日本では愛社心などといった情緒的なとらえかたもあるが、仕事を中心に考えると、それは、働く者にとって大きな問題ではないだろう。

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