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2017年8月29日 (火)

中国の腐敗はどこまで? 遠藤誉氏の説に学ぶ

 北朝鮮の軍事行動の報道の陰に隠れているが、中国の第19回中国共産党大会が近付いている。中国の権力抗争に詳しい遠藤誉氏(東京福祉大学国際交流センター長)はネットで「中国の腐敗はどこまでいくのか? 腐敗を取り締まる中紀委の財政トップが取り調べを受ける」と題して、中国の腐敗の実態と言論弾圧の背景を明快に指摘している。

 2017年前半に、20万人が中国共産党の規律検査委員会で取り調べ、立件されたという。また、第18回党大会以降、ことし1月9日までに立件され、行政処分にいたったのは119.9万人だったという。高級幹部の規律検査処分は223人だったという。汚職などの腐敗は、それを取り締まる立場の規律検査委員会の幹部にまで及んでおり、「腐敗の深さと広さは、とどまるところを知らない」というわけだ。

 胡錦濤時代、指導部に、腐敗の総本山である江沢民の派閥がいたので、反腐敗運動は多数決で否決され、実行できなかった、と遠藤氏は指摘する。そこで、胡錦濤は習近平に全権を渡し、習が思い切り反腐敗運動ができるようにした。腐敗は底なしで、腐敗問題を解決しなければ、党が滅び、国が滅ぶという危機意識からだという。

 習が人民に人気のある毛沢東の真似をして、自らを「第二の毛沢東」に位置づけようとするのも、一党支配体制を腐敗で消滅させないようにするという危機意識にもとづくと説明する。また、日中戦争で毛沢東が勇猛果敢に戦ったという「神話」をつくりあげ、その嘘をつき通すだろうという。それを否定するような言論は絶対に許さない。腐敗と言論弾圧という二つの軸を正視しないかぎり習政権の真相は見えないと遠藤氏は言う。

 日本の主要メディアの論調とは異なる遠藤氏の指摘は、とても参考になる。

 

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2017年8月17日 (木)

沢田教一写真展の含意

 東京の百貨店で、ベトナム戦争の写真報道でピューリッツアー賞を得た故・沢田教一の写真展が開かれている。受賞の対象となった写真「安全への逃避」は、6年ほど前、ベトナムの戦争博物館で見たことがあるが、今回、写真展で改めて見ると、戦争のむごさと、その中でも人は必死に生きようとする、その対比とともに、人間へのやさしいまなざしを感じた。

 ベトナム戦争といっても、いまの社会の中核である30歳代、40歳代にはピンと来ないだろうが、あの戦争で米国は莫大な戦費を投じ、多くの若者の人生を狂わせた。社会も荒れた。もちろん、攻撃されたベトナムの国民にしてみれば、その被害は甚大だったし、いまも爪痕は残っている。

 それはさておき、いまの時点で振り返れば、米国にとって、あの戦争はどうしても戦わねばならないものだったか。戦争に注ぎ込んだ兵士らの命、国家財政の赤字などなど、もしもベトナム戦争に踏み切らなければ、そして、イラク懲罰の戦いに乗り出さなければ、米国の国力は、いまとは違って、もっともっと強大だったのではないか。

 米国にとって、ベトナム戦争の教訓の1つは、戦争はこりごり、というものだったはず。それが喉元過ぎれば熱さ忘れるのたとえの通り、中東戦争が起きた。そして、いま、北朝鮮がICBMと核兵器で米国に戦争へと挑発しきりである。イラン、トルコ、中国なども核兵器開発、宗教対立、人種問題などで国内外において紛争のタネをまいている。世界的に、武力衝突による戦乱や内乱が多発し、それが増える情勢にある。

 従軍記者が自由に写真報道に活躍できたベトナム戦争の時代は、米国の民主主義、言論の自由などが機能していた。しかし、いまでは、各地の戦乱において、米国のような社会的条件は存在しない。それに、軍事技術の革新(恐ろしいことだ)などで沢田のような従軍写真報道が存在する余地はなくなっているのではないか。

 写真展を見て、そんなあれこれを思った。

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2017年8月12日 (土)

国債&借入金の現在高は1079兆円

 財務省の発表した国債および借入金の残高は、ことし6月末現在で1078兆9664億円にのぼる。さらに、政府保証債務の現在高は6月末現在、40兆2736億円である。

 天文学的な数値なので、ピンと来ないだろうが、5年前は国債および借入金残高が976兆1853億円だった。これは、過去5年間に102兆円余の増加、平均すると、毎年20兆円余ずつ増えている勘定である。

 10年前は国債および借入金の現在高が836兆5213億円だった。ことし6月末までの10年間に242兆円余増えたわけである。平均すると、国債および借入金だけで、毎年、24兆円余も政府の債務が増え続けたというわけだ。これを人口数で割れば、毎年1人あたり20万円近い。

 政府の予算編成において、財政再建が建前として挙げられるが、この国債および借入金現在高の数値の推移は、およそ、財政再建なぞどこ吹く風、という実態を示している。景気の良し悪しにかかわらず、国債の発行で財政の相当部分を賄うことに政府も、議会も、経済界も危機感を抱かないことが危機の深刻さを表している。

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2017年8月 3日 (木)

2015年度社会保障費用の統計データを読む

 年金、医療、失業などの社会保障費用の統計が国立社会保障・人口問題研究所から発表された。それによると、ILO基準社会保障給付費という統計と、OECD基準社会支出の統計と、似た統計があることがわかった。2つの違いは発表文に説明があるので、ここでは省略するが、2015年度の社会保障費用は、ILO基準が114兆8596億円(前年比2.4%増)、OECD基準が119兆2254億円(同2.3%増)だった。

 社会保障費用を国民1人あたりにすると、ILO基準90.37万円(前年比2.5%増)、OECD基準93.81万円(同2.4%増)だった。

 発表には1980年度から2015年度までの、我が国の社会支出全体およびその分野別支出の棒グラフが示されている。それを見ると、社会支出全体は35年間、増え続けたことが読み取れる。それも4倍以上に増えたことがわかる。また、増えた理由が断トツに「高齢」、次いで「保健」にあることが読み取れる。データを見ていると、社会保障費用が増えることはずっと前からわかっていたことであり、政治はそれにろくに備えようとしなかったことに気付く。

 ところで、2015年度の社会保障財源は総額123兆2383億円で、前年度より14兆84億円減った。主な理由は、公的年金制度などの資産運用がマイナス19兆6623億円に達したこと。株式市場の下落が響いたとはいえ、長期に安定的に運用すべき基本がおろそかにされていたとしか思えない。

 海外に目を向けると、スウェーデンなど先進諸国との国際比較(2013年度)では、社会支出の構成が、日本は「高齢」向けが47.2%と断トツに大きい。これに対し、フランスは39.7%、次いでスウェーデン34.4%、ドイツ30.4%、など。一方、「保健」向けは、アメリカ42.7%、日本33.7%、ドイツ30.4%、フランス27.1%などとなっている。スウェーデンの場合、「障害、業務、災害、傷病」への支出割合が16.8%と高い。他方、「住宅」向けの社会支出が日本だけ極端に少ない。「住宅」に日本政府がカネを出さなかったことが浮き彫りになっている。

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