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2018年5月31日 (木)

石牟礼道子『魂の秘境から』を読んで

 水俣病で知られる熊本県水俣市に昨年、行ったことがある。不知火海に面し、海の幸、山の幸に恵まれた地域なのに、公害の水俣病に苦しんできたところだ。その水俣が広く知られるようになった一つの要因が石牟礼道子さんの著書『苦海浄土』である。

 石牟礼さんはことしの二月に亡くなったが、四月に『魂の秘境から』が出版された。また、三月には、米本浩二著『評伝 石牟礼道子――渚に立つひと』が出版された。米本さんは新聞記者で、石牟礼さんがどんな人だったかをインタビューを積み重ねて浮き彫りにしようと試みてきた。

 このうち、5月中に読み終えたのが『魂の秘境から』だ。どの文も、水俣の自然環境である海と人々の暮らしなどの今昔を描いていて、巧みな表現に引き込まれる。その中で、特に一カ所だけ、ここに引用したいところがある。「原初の渚」からだ。

 『海が汚染されるということは、環境問題にとどまるものではない。それは太古からの命が  連なるところ、数限りない生類と同化したご先祖さまの魂のよりどころが破壊されるということであり、わたしたちの魂が還りゆくところを失うということである。

  水俣病の患者さんたちはそのことを身をもって、言葉を尽くして訴えた。だが、「言葉と文字とは、生命を売買する契約のためにある」と言わんばかりの近代企業とは、絶望的にすれ違ったのである。』

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