« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »

2018年12月27日 (木)

難民問題を生々しく描いたドキュメンタリー映画

 映画「ヒューマン・フロー/大地漂流」を試写会で見た。難民問題というと、日本のメディアでは、中東・アフリカから船で地中海を渡ってギリシャなどに行き、そこからドイツ、フランス、イギリスなどの西欧諸国をめざすとか、ロヒンギャのバングラデシュへの逃避、また、メキシコから米国への国境越えなどとかが報じられてきた。だが、アジアでは難民問題は自らの国の問題と受け止められていない。したがって、私も、これほど多くの難民が存在し、深刻な事態になっているのを、この映画を見て初めて知った。

 パンフレットによれば、「貧困、戦争、宗教、政治的立場、環境問題など、さまざまな理由で増え続ける難民たち。その数は、2018年には過去最高の6850万人に上る」という。世界人口のおよそ1%にのぼる。そして、増える難民に対する先進国側の受け入れ拒否が目立ってきた。どこの先進国も、それぞれの言語、文化、生活様式などがあり、また、生活水準を保持しようとする国民が少なくないからである。

 一方、民族対立、宗教対立、戦争などで家財を失ったり、家族を失ったりして、生活基盤を喪失した人たちは、新たな生活拠点を求めて流浪の旅に出るしかない。それこそ命を懸けて、SNSなどで知った豊かな国を目指しているのである。だが、難民キャンプと国境封鎖は、そうした夢を打ち砕く。映画は、このような難民たちの苦悩する現実をありのままに映像化している。

 アイ・ウェイウェイ監督は2015年以降、中国を追われ祖国に帰れないという。中国はチベットやウイグル族を弾圧しているとされる。難民も発生していよう。そうした実態があったとしても、同監督は撮影を許されたかどうか。そんなことも想像する。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月24日 (月)

スポーツと災害が多い「2018年報道写真展」

 24日まで東京の百貨店で開催されていた東京写真記者協会主催の「2018年報道写真展」を見てきた。パンフレットの表の写真は、「羽生結弦、2連覇の舞い」と、「海岸を散策される天皇、皇后両陛下」および「シャンシャン、1歳に」であった。

 年末で、かつ祭日にあたる24日に見に行ったからだろう、おおぜいの人が見に来ていて、かなり混んでいた。目立ったのは、さまざまなスポーツの国際大会などで日本の選手がめざましい活躍をした写真である。いま一つ目立ったのは豪雨や地震などによる災害の写真である。

 災害もスポーツも、すぐれた写真一枚を見ただけで、瞬時に、なにが起きたかがわかる。そういう意味で、百貨店に来たお客は写真展を見て満足しただろう。

 しかし、ことしの報道写真展では、写真になりにくい出来事を写真にして新聞に掲載したり、テレビで放映するという意味でのすぐれた写真が少ないように思われる。政治や経済、社会といった分野での報道カメラマンの活躍が望まれる。

 また、今回の写真展では、激動する海外の出来事を知らせる写真がほとんどなかった。カメラマンを海外に派遣する財政的な余裕がないからかもしれないが、今の世界を広く、かつ深く取材し、写真や動画で報ずることはメディアの重要な責務ではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月22日 (土)

国の2019年度一般会計予算案が100兆円を超えた

 日本政府は12月21日、来年度の一般会計予算案を閣議決定した。歳出の総額は101兆円余(18年度比4兆円弱の増加)。歳入は税収が62兆円余で、新規国債発行は33兆円弱。基礎的財政収支は9兆円強の赤字を見込んでいる。19年10月の消費税2%ポイント引き上げによる景気低迷を懸念して、多様な歳出増大策を盛り込んだ。

 安倍内閣のこれまでを考慮すると、当初予算に加え、さらに来年度の途中、補正予算を組んで、歳出を増やす可能性すらある。これまでの放漫財政の結果、国債発行残高は1000兆円に及び、およそ財政健全化とは逆の財政危機深化が進行している。にもかかわらず、与党にも野党にも、現在、そして将来の財政のありようについて真剣な議論や審議を行おうとする気配がほとんどうかがえない。

 来年度一般会計予算の歳入では、消費税引き上げによる税収増が年2兆円ほどとされる。一方、国民生活や企業活動に及ぶ税負担増を抑えるための歳出は2兆円をはるかに上回るという。消費税増税で国庫に入る金額よりも、もっと沢山の歳出を消費税引き上げ実施にからんださまざまな名目でばらまくーーこれはクレージーとしか言いようがない。

 スエーデンなどの福祉国家を参考にすると、消費税が上がるのは、社会保障の充実などをもたらすといった、プラスの評価を国民に説くのが政府の役割だろう。あわせて、利益をためこんでいる企業への課税を強化するとかしていい。安倍政権は消費税に対する国民の受け止め方を真逆にさせようとしている。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月 9日 (日)

「エコプロ2018」を見て回った

 毎年、いまごろになると、東京ビッグサイトでエコプロダクツ展(ことしは「エコプロ2018」という名称)が開催される。今年は12月6~8日にビッグサイトの東1ホールから6ホールまでと広く展示されていた。

 過去、十回以上、展示を見に訪れた。ことしは、産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑えるというパリ協定で定めた目標を実施するため、世界が具体的なルールづくりに取り組む年なので、エコプロ展もそれに対応して、目新しい展示があるかと期待した。しかし、環境経営の紹介のほかには、目立ったものはなかった。見落としたかもしれないが。

 ことしは「社会インフラテック」というくくり方で道路、橋梁などのインフラを維持するための技術に焦点を当てた展示が設けられた。これを”エコプロ”という範疇でとらえるのはどうか、とも思うが、目新しいので訪問者にはおもしろかったのではないか。

 エコプロが始まって間もない頃は、自動車、電子・電機、電力、石油、鉄鋼、製紙、化学などの大企業が競うように出展した。なじみのある製品が展示されていたので、見て回るのも楽しかった。しかし、今回は、もう何年も前からそうであったように、技術に特化した展示など、しろうとにはよくわからないものが多かった。

 本来、個人的に関心の高い技術、製品・サービスの展示を中心に見て回るのが楽しいし、勉強になる。とはいえ、そのためには会場を丹念に見て歩く必要がある。そして、知らないものに出会って新たな知識を得る。そういう点から、やはり、あっちこっちと細かく見て回る必要がある。結局は、足を棒にして見て回るしかない。今年も、そうだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アフロヘア、稲垣えみ子の著書『魂の退社』、『寂しい生活』の透徹

 アフロヘアの新聞記者として知られた稲垣えみ子さんが、福島原発の事故と節電を真正面から受け止め、電気の利用をはじめとして、皆が当たり前に思っている現代文明や消費生活など、暮らしの根本のありかたを問い続け、自ら、答を実践するーーその思索と行動のプロセスを書いた著作を2冊読んだ。

 仕事柄、文章はこなれ、自身の思考と実践の過程をわかりやすく読ませる。が、その突き詰める思索と実践の循環は、求道の宗教者の生き方のようにも思われる。混迷の世界を根底から理解するうえでも、2冊の本は少なからず示唆を与える。

 稲垣氏の文章を一カ所だけ紹介したい。

 家電を例に、「モノは結局のところ人を救うことはできないのではないでしょうか。消費社会とは、モノを売ったり買ったりすることができる健康で強い人たちのサークル活動です。それは一方で、本当に救いを求めている人たちをはじき出していく会員制クラブに成り果てている。だから、みんなはじき出されまいと必死です。いつまでも若く健康で老いることなくポックリ死にたいと切ないばかりに誰もが願っている。でもそんなこと無理ですよ。……だから誰もが恐怖の淵を怯えながら生きています。」

 「これが戦後、懸命に働いて経済成長を成し遂げた日本の姿だったのか。」

 著者は「私たちは便利になったと喜んでいる一方で、もしかすると、「生きる」ということを少しずつ手放しているんじゃないか?」と、現代を総括している。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月 7日 (金)

教員の長時間労働をどうやって減らすか

 政府の中央教育審議会では、教員の長時間労働解消などの対策について特別部会の答申素案が12月6日に示された(同日の朝日新聞夕刊による)。時間外労働の上限を原則、月に45時間、年に360時間以内にするガイドラインを設けるなど、教員の長時間労働を減らす方策をいくつか提示しているようだ。

 しかし、家族・親戚に小学校教員がいて、働いている実態を見聞きしている者からすると、少し違う観点から、長時間労働減らしを考えてほしいと思う。

 私の住む都内の近隣の小学校では、運動会、学芸会や授業参観などで、ちょくちょく学校に父母たちに来てもらう機会をつくっている。研究授業など、教員の研鑽に資する会合もある。また、地域の催しなどにも教員が関わることがある。それらにまじめに取り組むと、日々の授業の下準備を終えるのが遅くなる。また、毎学期末にかけて、生徒一人一人の通知表を書かねばならない。親からクレームがつき、家庭を訪問せざるをえないこともある。

 このように、教員は忙しすぎる。子どもと触れ合う教師の仕事を楽しんでいる人は、忙しさを苦痛と思わないが、人によっては、あれもこれもと追いまくられて、精神的にゆとりを持てないことはありうる。 

 ではどうすべきか。教員の数を増やすのは現実離れしている。少子化の流れを踏まえれば、一クラスの生徒数を増やし、それによって浮いた無担任の教員(ベテランが適切)がクラス担任の週一日なりの休みのピンチヒッター役を務める。そうしたやりくりが必要ではないか。

 また、教員でなくてもできる業務は、事務員やボランティアに任せることが望ましい。高齢化に伴い、地域で役に立ちたい高齢者は多いと思われる。学校を地域に開放するのと合わせて、ボランティアに学校関連の業務で手伝ってもらうことも考えていいのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »